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冴子より

 水萌が明るくなった。


 暗い子だった、という訳じゃなかったけど、いつも自信なさげで頼りない、そんな感じの子だった。


 それは別に悪いことじゃない。けれど、水萌はどこか無理しているようにも私には見えるのだ。


 そういえば、積極性も増したように思う。あれこれとやりたがるのだけれど、それがなんだか生き急いでいるようにしか感じない。


 一度「何かあったの?」と、聞いてみたけれど、水萌は笑いながら「なんにもないよ」と答えた。


 本当はもっと深く追求するべきだったんだろうけど、私にはそれができなかった。今の水萌はガラス細工みたいで、簡単に壊れてしまいそうだったから。私は壊してしまうのが怖くて触れることもできずにいた。


「それで?」


 ぶっきらぼうに加奈は問いかけてくる。


 彼女との付き合いは長い。相談することも、されることも何回もあった。こんなことを相談できるのは山崎加奈やまさきかなしかいない。


「なんとかして水萌から本当のことを聞きたいの」


「ふぅん、それを聞き出してどうするの?」


「どうするって……」


 返答に困った。


「はぁ……、私は水無月さんのこと、サエほど知らないけど、本人が話さないことを無理に聞いたところで、傷つけるだけじゃないの? …上野さん?」


 加奈はふざけているときと、真面目に話しているとき、私のことを名字で呼ぶ。今のは後者であることは、加奈の表情を見れば簡単にわかる。


「……そうよね。水萌が黙ってるんじゃね……」


 だけどこのまま放っておくのも心配だし。


「それとなく聞けないかな?」


「難しいんじゃない? 水無月さんが何を悩んでるか見当もついてないんでしょ? 関連することが何かあればいいんだけと」


 水萌が変わったのは最近だ。だから原因も近くにあるはず。最近何かあったか?


 何か。


 何か。


 なにか。


「あ…」


 あった。


 水萌に何があったかは特定できないけど、きっとそれに繋がるキーワード。






『うん、冴子が部活に行った後、違う子が来て話してたんだけど』







 それに私はなんて返した?






『じゃあ、また機会があったらその子紹介してよ』






「こ、これだぁっ!!」


 私が急に立ち上がったもんだから、加奈がビックリして椅子ごと後ろに跳ね、その挙げ句大きな音をたてて倒れてしまった。


 鉄パイプの甲高い音と、木の鈍い音が短く響く。教室内の視線が私たちに集まっていた。


「あ、ごめんごめん、なんにもないから」


 私がそう言うと、静まり返っていた教室にうるさいくらいの喧騒が戻ってきた。


「っもう、ビックリしたじゃないさ。イタタ……」


 加奈は背中をさすりながら椅子を起こした。


「それで、何か方法でも思い浮かんだの?」


 加奈は再び椅子に座りながら聞いてくる。


「うん、ちょうど良い話題があったわ」


「あとは水無月さんに切り出すタイミ―――」


「私がどうかしたの?」


 今度は私も一緒に跳び跳ねた。


「な、なんだ水萌かぁ…、びっくりした…」


 ばくばくと鼓動が早くなっている。心臓が飛び出すとはよく言ったものだ。漫画とかみたいに飛び出すならまだしも、正直口から裏返って出てくるかと思った。


「ねぇ私がどうかしたの?」


 小首を傾げながら水萌は追求してくる。


 ワザとか天然かは判らないが、可愛らしい仕草だった。


「うん、水無月さん、最近明るくなった、というか前向きになったねって話してたの。ね、サエ?」


「え?」


 加奈がウィンクする。


 あー、話を合わせろと。


「あ、うん、そうそう。水萌が明るくなったって話してたんだ」


「そ、そうかな…」


 照れているのか、水萌はポリポリと頭を掻いた。


「あ、そうだ水萌。この間、体力測定でスッ転んで保健室に行ったときさ、誰か紹介してくれるって言ってなかった? 誰なの?」


「ん……」


 水萌の顔が強張った。


「えっと、うん。まぁ、どうかな……」


 言葉を濁らせて水萌は俯く。


 まずいことを聞いてしまったのだろうか。


 しばらくして水萌はこう言った。


「やっぱりあれ、幽霊だったのかな……」


「え? マジ?」


「とっても綺麗な女の子だったんだ。空みたいに澄んだ青の髪の毛に、炎みたいに凛とした赤い瞳、それから雪みたいに透き通った白い肌。そんな子だったんだけど、そんな子がこの学校に居るわけないよね。そんな子だったら、噂にならないはずがないもん。聞いたことある?」


 そんな格好ならまず日本人じゃないだろうけど、少なくともこの学校に留学生は居ない。教師も含め、全員日本人だ。あ…、TAティーチングアシスタントのボブ先生は外国人だっけ。でも、あの人はアメリカ人だし黒人だ。それ以前に男性だから水萌の言う人物とは似ても似つかない。


「幽霊とか水萌見たことあるの?」


「多分これがはじめて」


「しょっちゅう見てたら堪んないわよ。…で、結局幽霊なの?」


「わかんない。あれ以来会ってないんだもん」


 幽霊だの宇宙人だの、そういったオカルトめいたものを私は信じていない。確かにそういった謎めいていて、不思議でミステリアスな事象はあってもいいと思う。だけど私は見えないものより、見えているものを大事にしたいんだ。だから、友達…、ううん。親友の水萌のことは、絶対に大切にしたい。


「幽霊か…。やっぱり学校にそういう噂の一つや二つ、つきものだよね」


 うーん、話題的にはストライクだと思ったんだけど、風に煽られてボールか。なら、もう少し攻めてアプローチしようかな。


「…調べてみよっか?」


「え?」


「その子のこと。人間なのか幽霊なのか」


「いいんじゃない? 私はそうゆーの好きだよ?」


 加奈は私の話に乗ってくれた。


 でも水萌は。


「いいよいいよそんなの。私、幽霊とか怖いの苦手だし…」


 まぁ、予想通りの反応だ。もう少し追い詰めてみようかな。


「だからじゃない。調べてみて人間ならよし。幽霊ならお祓いしてもらわなくちゃ。絶対そうした方がいいって」


「で、でも……」


 やはりまだ渋るか。


 でも流れは完全にこっちにある。逃がさないよ水萌。これもあんたのためなんだよ。


「ま、やばそうだったらやめるから、ちょっとだけね? 水萌も気になるでしょ? その子の正体」


「別に、そんなには……」


「少しは気になるんだね。それじゃあ決まり!」


「私も混ぜてもらおうかな。面白そうだし」


 加奈からの意外な申し出。


 これは私の問題だから、加奈にそこまでしてもらおうとは思ってなかった。


「えー、加奈もー?」


 だが憎まれ口を叩いてしまう。


「なに? 私はお邪魔?」


 ムッとした表情で加奈が言い返す。


「お邪魔もなにも、大邪魔だわ。怖がる水萌を見ながらニヤニヤするのは私だけで十分!」


「……あんた、絶対いい死に方しないよ?」


 加奈のむくれ顔からすぅっと熱が引いて呆れ顔になった。見ていて面白い。


「ぬふふ。それじゃあ水萌、明日から捜査開始ね!」


「わ、私はまだやるとは……」


「んじゃちょっとワールドカップに行ってくる!」


「あ、ちょっ! 冴子っ! 私はやるなんて一言も……!」


 水萌の声を振り切って私は教室を出ていく。何だかんだで水萌は強情なところがあるから、少し強引なくらいがちょうどいいんだ。


 まぁ、本当のところ、水萌の言う子の正体なんかはどうでもよくて、…監視っていう言い方は嫌だけど、今より水萌の傍に居て見ていてあげないとダメな気がする。そんな風に思ったんだ。


 私に何ができるか分からないけどね。

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