キリの思い
ミナヅキミナモは、特殊なイレギュラーだった。キリングエッジで消すことができず、感知にも引っ掛からない、『次』と呼ばれるイレギュラー。
彼らは裏山にある何かによって、『次』へと至ったようだ。それはイレギュラーを呼び寄せるものでもあった。後日、私は調査してみたが、そこからそれらしき物は何も見つけられなかった。
だが、イレギュラーはやって来る。ヒトにより近い『次』へ至るために。
しかし、それだけではヒトの社会には溶け込めない。
ミナヅキミナモは、自分に大きな特徴をつけることで、学校生活に溶け込んだ。
『学校一どんくさい』
本来、ミナヅキミナモという人物は存在しない。しかし、『学校一どんくさい少女=ミナヅキミナモ』。そういった大きな特徴と自分を関連付けることで、彼女は自分の存在を証明していたのだ。
最初は小さな噂だった。それは実際にミナヅキミナモがどんくさい行動をとる度に広がり、大きくなり、やがて学校で彼女を知らない者は居なくなった。まぁ、もともとは猫だった彼女が二足歩行で歩き、手を使うのだ。その不器用さは必至だったろう。私自身も噂のせいで、そんな人物が存在すると思い込み、彼女がイレギュラーであるという結論にたどり着くまで、多くの時間を要した。
私は彼女の異常性を見ることで初めて彼女をイレギュラーとして判断することができた。
彼女が屋上に出る際に使っていた裏技。彼女がその行為になんの疑問も持たなかったため、彼女がその異常さに気がつくことはなかった。
常に鍵の掛かっていた屋上の扉。その扉には小さな窓がついていた。といっても、ただの覗き窓で開く窓ではない。その窓は割れていた。だが、到底ヒトが通れるものではなかった。彼女は裏技と称し、その隙間をするりと、それこそ猫のようなしなやかさで潜り抜けていたのだ。これが彼女をイレギュラーと判断した一番の大きな理由。
彼女はイレギュラーだ。当然家族もないし、親戚もない。どこで寝泊まりしていたかは知らないが、下校してはどこかへ消え、朝にはまた学校へ登校してきた。そしてその度、衣服は綺麗になっていた。また、彼女は学生服以外は所持していなかったようである。サエコとヤマサキサンと遊びに出掛けたときも学生服のままだった。サエコとヤマサキサンがそのことに触れなかったのは、『学校一どんくさい』という設定のせいだと思われる。遊びにも学生服で来てしまうどんくささ。と考え、自然と納得していたのだろう。
故に彼女は、そのとき得たキーホルダーをポケットに所持したままとなった。
そんな彼女の消えた学校は、まるで何もなかったかのようにして日常を取り戻す。
しかし、ミナヅキミナモの消失は、この学校に少なからず小さな爪痕を残すことになってしまった。
「あれ? サエ、その携帯についてるストラップ。ケロどーの限定ストラップでしょ?」
「そうだけど……、加奈も持ってるじゃない?」
「違うわよ! 何で二つも持ってるの!」
「さぁ……?」
「ひとつちょうだい! 保管用にするから!」
「だめ」
「なんでよ! サエが持ってたってあんまり意味ないじゃない!」
「ごめん加奈。これ、本当にそういうのじゃないから……」
「な、なに、サエにしては珍しくシリアスじゃない。それになにかあるの?」
「うん……。わかんない」
「はぁ?」
「わかんないけど、これは大切なものなのよ」
「……ふーん。まぁ、そこまで言うなら無理にとは言わないけど」
ミナヅキミナモが灰になって消えたあと、サエコは目覚めた。
そのときの彼女からは既にミナヅキミナモの記憶は消え去っていた。私はミナモに頼まれた通り、サエコにストラップを渡すことにした。最初はわけが分からない様子だったサエコだったが、やがてそれをキュッと握り涙を流していた。
彼女が何を思い涙を流したのかは分からない。ミナヅキミナモに関連する出来事は、完全に記憶から消え去ったはずなのだが。
そしてもうひとつ。
これは後々問題になるかもしれない。
シノムラだ。
「なぁ、学校一どんくさいのって誰だろな?」
「はぁ? 知らねーよ。篠村じゃねぇの?」
「俺かいっ!」
ミナヅキミナモに関連する出来事はすべて消えていなければならないのだ。だからそんな話題が出てくるはずもない。
「いたらお前も知らないわけないって」
「……そう、だよな」
彼には以前の応急処置によって、中途半端な記憶の保持が起きた。それが何らかの影響を与えているのかもしれない。しかし、彼自身からはミナヅキミナモの記憶は消えているようである。……私の考えすぎだといいのだが。
最後に私。
今回の一件で私は、少しだけ考えが変わった。
ミナモのような、ヒトの心を持ったイレギュラー。そんな個体もあるのだと知り、イレギュラーのことを、もっと知らねばならないと思った。それと同時に、早くすべてを消し去ってやらなければとも。
これではあまりにも不憫だ。
最初のイレギュラーを早く探し出し、止めなければならない。
けれど、イレギュラーたちは着実に賢くなっていっている。いずれは完全なヒトの形、ヒトの心を持ったイレギュラーが現れるかもしれない。
そうなったら私はどうすればいい?
キリングエッジは効果がない。
次にミナモのようなイレギュラーが現れたら、私はそれを斬ることができるだろうか?
そんな考えを払拭するために、私は頭を強く振った。
もう、あんなことは起こさない。
もう、絶対に。
このお話は一度ここで完結となります。
この後はこの続きに書くか、別で書くかはまだ決めていません。
でも近いうちにさわりくらいは投稿できるかと思います。
ここまで読んでくださった方々に感謝です。
お付き合いありがとうございました。
もしご縁があれば、今後ともよろしくお願いいたします。