誘いの朝
「ニア、ここにいたんだ。」
暗い部屋の中に声をかける。
「レイ、」
二人の父親の部屋だった場所。
「楓は?」
「お風呂に入って落ち着いたみたい。
今は私の部屋で寝てる。」
「そっか、」
レイは障子を背に廊下に腰を下ろす。
床に置いたランプの光がレイの顔に影を作る。
「なぁ、父さんはいつ、」
障子越しに聞こえるニアの声は少し沈んで聞こえる。
「冬の初めの頃、ちょうど一年たったぐらいに。」
僅かな間があって部屋の中から声が返って来る。
「そっか、」
夜の静寂が辺りを満たす。
レイは立ち上がるとそっと障子を引き開ける。
開けられた障子の隙間からランプの光が部屋の中を細く照らした。
その光に照らされて俯くニアの背中が見える。
「風邪、ひくよ。」
その背中に声をかける。
「あぁ。」
短い答えだけでニアは動こうとしない。
レイはランプを手に部屋の中に入る。
明かりが部屋の中の闇を隅へと追いやっていく。
「ニア、後悔してる?」
動かない背中にたずねる。
ランプの明かりが作るニアの影が部屋の中をゆらゆらと揺れ動く。
「父さんの最後に会えなかったことは、」
「出て行ったことは?」
レイの声にニアはゆっくりと振り向く。
「能力者になったことは後悔していない。」
「そっか、」
レイもニアと背中合わせに腰を下ろす。
ランプの小さな明かりに照らされた部屋の中にはいくつもの思い出が詰まっている。
視線を落とし、そっと畳の表面をなでる。
レイが父親の最期を看取り、ニアへの最期の言葉を預かった場所。
「父さんは後悔してた。」
レイの言葉にニアが緊張するのが背中越しに伝わってくる。
「ニアを引き留めたことを。」
「引き留めたことを?」
ニアの言葉に頷く。
「もっと応援してやればよかったって。」
ニアが出て行ってすぐ、まだ健康だったころの父親の言葉を思い出す。
「ニアは自分のやるべきことを見つけたんだ、
その覚悟があるならちゃんと応援してやるべきだった、って。」
背中合わせのニアの体から力が抜ける。
「けどね、」
口をついて出た言葉にレイ自身戸惑う。
だが、一度流れ出た言葉は止まらなかった。
「私はニアに行ってほしくなかった。
世界中の人を守る力なんて無くてもいいじゃない。
何で、そばにいてくれないの。」
言葉の最期は震えていた。
俯いた頬から畳に雫が落ちる。
「ごめん。」
ニアの小さな声が部屋の静寂に吸い込まれるように消えていく。
家鳴りの小さな音がやけに大きく二人の耳に聞こえる。
「奥の戸棚、」
静寂を破ったのはレイの声だった。
怪訝そうに振り返ろうとするニアの体を背で押しとどめ続ける。
「父さんがニアにって。」
それだけ言ってレイは立ち上がる。
「何が?」
慌てて振り返るニアに背を向けたまま
「私は中を見てない。」
そう言ってレイは部屋を出る。
ニアが部屋から出て来る気配は無かった。
足は自然と台所に向いていた。
土間の横に作られた小さな部屋。
そこに腰掛け細い柱に体を預ける。
数少ない母親の記憶のある場所。
宇宙人が来る前、家族が4人そろっていた頃、
この場所でニアと二人、父親の膝の上から料理する母親の背中を見ていた。
「どうしてみんな居なくなっちゃうのかな、」
誰も応える者の無い問いは台所の静寂に吸い込まれていく。
大きなため息が一つ。
そのまま畳の上に寝転がる。
さっきまでよりかかっていた柱には低い位置に横線が何本かついている。
レイとニアが背比べをした跡。
「あの頃に、か。」
自分の言葉に苦笑を浮かべる。
柱から目を逸らし天井に目を向ける。
明かりが無く、暗く沈む天井。
手を伸ばしても闇の向こう側には手が届かない。
伸ばした腕を顔の上に降ろす。
天井の遠い影が消え、目の前の闇は腕の影に代わる。
「全部夢ならいいのに。」
闇の下で、目を閉じる。
レイはゆっくりと目を開ける。
まず見えたのは見慣れた自分の部屋の天井だった。
「夢、だったのかな?」
布団に入ったまま視線を巡らせると横で眠る楓の姿が見えた。
「夢じゃない、か。」
視線を窓の方に向ける。
まだ薄暗い時間、カーテンを透かす光は弱い。
そっと布団を抜け出す。
服は昨日のままだった。
「どうやってここまで来たんだろ。」
首をかしげるが、台所の小部屋で横になってからの記憶は無い。
それでも、朝することは一緒だ。
楓を起こさないように注意しながらそっと部屋を出る。
隣のニアの部屋の前を通るときに少し開いた隙間から中の様子をうかがう。
ニアの姿は部屋の中に無く、布団も使われた形跡がなかった。
嫌な予感がして慌てて階下に降りる。
玄関を確認するとニアの靴はちゃんとそこにあった。
「どこにいったのよ?」
家の中を見回すように視線をめぐらせる。
昨日の夜、ニアを探した時と状況がよく似ていた。
「まさか、」
呟き、父親の部屋に向かう。
そっと、障子を開けると、どこから持ち出してきたのか布団にくるまるニアの姿が目に入る。
「ずっとここにいたんだ。」
ニアの様子に一人になったばかりの頃の自分の様子が重なる。
「私はこの部屋に入れなかったんだけどね。」
呟きそっと障子を閉じる。
「さて、朝ごはんの準備だね。」
ニアがいたことに少しほっとしながらレイは台所へ向かう。
台所は土間から上がる冷気で一段と寒い。
手をこすり合わせながら土間に降りるとまずかまどの火を起こす。
オレンジの明かりと暖気がゆっくりと冷えた空間に染みていく。
「さて、どうしよっか。」
食糧棚の中を見回し、いくつかの野菜と魚の干物を取り出す。
「後は卵で何とかなるかな、」
食材を確認しながら誰にともなく呟く。
料理の下準備を済ませると上着をはおり、
籠と鍵を手に勝手口から外に出る。
まだ日は山の上に出ておらず辺りは薄暗い。
「寒、」
思わず口にして体を震わせる。
吐く息は白く、地面にはうっすらと霜が降りている。
白い息を一つ大きく吐き出し、空を見上げる。
まだ夜の領域の残る薄暗い空には星が幾つか瞬いている。
空から山をたどり視線を降ろす。
山の影の中にまだ沈んでいる村の様子はいつもと変わらない。
まるで昨日の夜の事が嘘のように思える。
見渡した視線に林が入る、昨日その向こう側で怪物に襲われた。
それ自体が現実感のない夢のように思える光景だった。
「おはよう、レイ。」
かけられた声に思考に沈みかかっていた意識が呼び戻される。
「おはようございます、アメリアさん」
振り返り、レイと同じように勝手口から出てきたアメリアに挨拶を返す。
「いつもこんな時間から起きてるのかい?」
アメリアは寒そうに首をすくめたが、そのまま庭に出て来る。
「そうですね、いつもこのくらいには。
アメリアさんも早いですね。」
レイも足を止めたままアメリアを待つ。
「私もいつも通りだよ。」
レイの横に並ぶと、アメリアは大きく伸びを一つする。
「良い眺めだね。」
アメリアの言葉にレイも頷く。
「日が射し始めるともっと良いんですけどね。」
そう言って、山をふり仰ぐが、まだ太陽が山影から出て来る気配は無い。
「まだ時間がありそうだな。」
アメリアも山を見上げ応える。
「ところで、どこに行くんだい?」
山から視線を戻しアメリアがレイにたずねる。
「鶏小屋の掃除に、ついでに朝食の卵をもらいにです。」
そう言ってレイは手にした籠を見せる。
「面白そうだな、ついて行っていいかい?」
アメリアの言葉にレイは苦笑する。
「卵を取りに行くだけですよ。」
「L・Hにいると、なかなかそういうのを見る機会も無いからね。」
そう言ってアメリアは好奇心に満ちた笑顔を見せる。
「そうなんですか?」
先に立って歩き始めながらレイがたずねる。
「L・Hは元々は要塞として作られたからな、
生産施設はそれ程大きくないんだ。」
アメリアが応える。
「そうなんですか。」
まだよく理解できない様子のレイにアメリアは苦笑する。
「こことは全く違うからな、
うちの子達にここの事を話しても、きっと同じ顔をするよ。」
「お子さん、いるんですか?」
レイが驚きの声を上げる。
「ああ、息子と娘がね。
今は旦那が見てるはずだよ。」
「そうなんですか、」
驚きの表情を隠せないレイの様子にアメリアはまたも苦笑する。
「子供がいるように見えないかい?」
レイは改めてアメリアの様子を見る。
確かに子供がいてもおかしくない年には見えるが、
「いえ、けど何だか想像できなくって。」
申し訳なさそうに言うレイに
「まぁ、こんな仕事してるからね、
どこに行っても驚かれるんだよ。」
そう言って、アメリアは笑顔を見せる。
話をしているうちに小さな小屋に到着する
「これが鶏小屋かい?」
小屋の中では人の近づく気配に起きだした鶏達が騒いでいる。
「そうですよ、今は全部で八羽います。」
網張りになった側面からアメリアが中を覗き込むと、
鶏達も見慣れない人影に興味を引かれたようで集まって来る。
互いに物珍しげに見つめあう様子にレイは笑顔になる。
「そんなに珍しいですか?」
笑いを含んだレイの声にアメリアは鶏から目を離す。
「あぁ、資料や偽物は見たことがあるけど本物は初めてだね。」
鶏達は鍵の開く音にアメリアの事など忘れたかのように外に飛び出していく。
「元気だねぇ」
アメリアは感心したように呟く。
「元気でいてもらわないと困るんですよ、
大切な食糧源ですから。」
まだ残っていた鶏を小屋から追い出しながらレイが応える。
「食糧源、か。」
庭を元気に走り回り食べられるものを探している鶏達を見回してアメリアは苦笑する。
アメリアが視線を小屋の方に戻すと、レイは小屋の中を掃除しながら籠に卵を拾っていた。
「まだあったかいな。」
アメリアも小屋に入り卵を手にする。
「生きてますからね。」
そう言いながらレイの差し出す籠に、アメリアは手にした卵を入れる。
「そうだよな、生きてるんだよな。」
感慨深げに言うアメリアの様子に、レイは不思議そうに視線を向ける。
「いや、町とかにいると、そういう感覚って忘れてしまうものなんだよね。」
「そうなんですか?」
レイの言葉に頷きアメリアは続ける。
「生きた食物に触れる機会がなかなか無いからね。」
言いながら、もう一度鶏達に視線を向ける。
「なぁ、また機会があれば子供たちを連れてきてもいいか?」
「何もない田舎ですよ。」
驚くレイの声にアメリアは笑顔で応える。
「何もないことは無いさ、どんな場所にも何かあるもんだよ。
ここには生きた食料があるだろ。」
「そうですね、鶏も野菜もありますね。」
レイもアメリアの言葉に納得したように頷く。
「とりあえずは、これを頂きましょう。」
そう言って、レイは手にした籠を掲げて見せると、アメリアを促し小屋を出る。
「手際が良いもんだな、」
五人分の朝ごはんを作り終えたレイにアメリアが声をかける。
アメリアも手伝いを申し出たのだが、
普段ガスを使い慣れたアメリアには竈の火の扱いが難しく
結局レイが一人で準備をしてしまった。
「毎日してますからね。」
アメリアの言葉にレイは照れたような笑顔を見せる。
「けど、運ぶのは手伝ってもらえますか?
私だけじゃあ持ち上がらないので。」
そう言うレイに笑顔で頷きアメリアも立ち上がり、
「重いものは任せときな。」
そう言って、味噌汁の入った鍋を持ち上げる。
レイは一度何を持つか迷ったが、卵焼きと焼いた干し魚の皿を載せたお盆を持ち上げる。
他のものよりも軽いとはいえ大きなお盆はレイには持ちにくそうに見える。
「そのままだと転ぶわよ。」
横合いから伸びてきた手がレイの手からお盆を取り上げる。
「楓、おはよう。」
「おはよう、レイ。」
楓にお盆を預け、レイは代わりにお茶の入ったやかんを持ち上げる。
「アメリアさん、でしたっけ、おはようございます。」
そばに立つアメリアにも楓が挨拶する。
「おはよう、確か楓さんだったね、
もう大丈夫かい?」
アメリアも挨拶を返したずねる。
「一晩寝て少し落ち着きました、」
話しながら三人揃って順に朝ごはんを運ぶ。
最後にアメリアがおひつに移したご飯を運んで配膳の準備が整う。
「まだ二人は寝てるのかな、」
楓の言葉にアメリアが手首の時計を確認する。
「まだ、寝てるだろうね。」
「それ、時計ですか?」
アメリアの仕草を見て楓がたずねる。
「ああ、そうだが?」
「見せてもらえます?」
興味津々という感じでいう楓の様子に苦笑しながら、アメリアは手首から時計を外して手渡す。
「数字がいっぱい…」
受け取った楓の横からレイが覗き込んで言う。
「時間とか日付とかの表示だよ。」
二人揃って興味深げに覗き込む様子にアメリアも笑顔になる。
「時計が、そんなに珍しいかい?」
アメリアの言葉に二人そろって頷く。
「これって、今何時なんですか?」
楓がアメリアに時計を返しながらたずねる。
「今は六時五十分、ってとこだな。」
「六時五十分は、まだ朝早いんですか?」
アメリアの答えにレイが重ねてたずねる。
「早くは無いな、人によってはそろそろ起きる時間だろうね。
それに、二人にはこの後の予定もあるし起きてもらわないとね。」
もう一度時計を確認してアメリアが応える
「何かあるんですか?」
楓の問いにアメリアは頷く。
「ちょっと、軍の人と相談がね。」
「昨日の事についてですか?」
楓が重ねてたずねる。
「それに関連する話だね、
あの二人にも関係する話だから起きるように言ってはあったんだがな。」
そう言ってアメリアは小さくため息をつく。
「それなら、起こしに行きましょうか。」
レイが提案する。
「そだね、ニア、起こさないと起きないよね。」
先ず楓が賛成する。
「そうだな、約束もあるし、いつまでも寝ていてもらうわけにもいかないか。」
アメリアも賛意を示す。
「それに、せっかくの温かい飯が冷めるのももったいないしな。」
アメリアの言葉に楓が頷く。
「じゃあ、ニアの方は私達で起こすから、
アメリアさんはリタさんをお願いします。」
楓の言葉にアメリアも頷く。
「そうだな、その方が早いだろうな。
じゃ、行くとするか。」
そう言ってアメリアが腰を上げ、レイと楓も一緒に部屋を出る。
アメリアはリタの寝ている客間に向かい、
レイと楓はニアの所へ向かう。
「ニア、おじさんのとこで寝たんだ。」
ニアの部屋と違う方向に向かうレイに楓が声をかける。
「みたいだね、朝見たらお父さんの部屋にいたから。」
「そっか、ニアなりのお通夜かな?」
楓の言葉にレイは朝見たニアの様子を思い出し苦笑する。
「どこからかお布団出してきて、寝てたけどね。」
レイの言葉に楓も苦笑する。
「ニアらしいね。」
「ホント、そういうところは昔から変わらないね。」
二人揃って笑いあう。
「けど、ニアも能力者なんだよねぇ、」
楓の言葉にレイも頷く。
「そだね。」
「能力者の人ってさ、もっとすごい人のイメージがあったんだけど、」
続く楓の言葉にレイも苦笑する。
「私もあった、けど」
「これだもんね。」
二人揃って顔を見合わせる。
部屋の中では布団にくるまって眠るニアの姿がある。
「ニアもそうだけど、アメリアさん達も何だかイメージと違うよね。」
「そだね、何だか普通の人よね。」
二人は話しながら廊下の雨戸を開けていく。
朝の光と一緒に外の冷気が家の中に入り込んでくる。
「まぁ、光ったりしてたけど、普通の人よね。」
「寝坊するし、」
部屋の中ではまだニアは眠ったままだ。
「なんかさ、能力者になると気配とかで起きないのかな?」
楓がニアの寝顔を覗き込みながらたずねる。
「起きないみたいね。」
レイはニアの頬をつつきながら応える。
ニアは寝入ったままでまだ起きる気配が無い。
「これで毎朝一人で起きられてるのかな?」
「どうなんだろね。
意外と一人じゃなかったりして。」
楓も反対側から頬をつつく。
ニアはむにゃむにゃと何か言いながら手を避けるが起きてくる気配は無い。
「一人じゃないって?」
楓の言葉にレイは顔を上げる
「ほら、リタさん。
アメリアさんはともかく、リタさんは何で一緒に来たんだと思う?」
楓もニアの頬をつつくのをやめて顔を上げる。
「言われてみればそうね、
ニアに恋人ね、」
レイは複雑な表情で再びニアの顔を覗き込む。
「私に出会いがないのに、ニアだけって何だか不公平ね。」
レイの言葉に楓は苦笑を浮かべる。
「出会いがない、ね。
まぁ、村の男どもはみんな子供だからね。」
楓の言葉にレイは頷く。
「かといって村の外に行くことは無いし。」
その様子に楓は苦笑したまま応える。
「まぁ、私は行かないわけじゃあないけど。」
「買い出しだけでしょ。」
レイの言葉に
「まぁ、ね。」
楓は少し歯切れ悪く返し、
「それにしても、起きないねニア。」
そう言って、ニアに視線を移す。
頭の上でこれだけ騒いでいるのにニアが起きる気配は無い。
「面倒だから、布団取っちゃおっか。」
レイの言葉に楓も頷く。
「そだね、リタさんももう起きてるだろうし。」
そう言うと、二人同時に布団の片側を引っ張る。
ニアが布団から放り出されて床に転がる。
さすがに目が覚めたようで、ニアがもぞもぞと起き上る。
「あれ、レイと楓?」
寝ぼけた様子でまだ状況が把握できていないニアに
「おはよう、ニア。」
レイと楓が声をかける。
「何か予定があるんでしょ。」
レイの言葉にニアは手首の時計を確認する。
「まだ時間あるじゃん。」
そう言って、布団に戻ろうとするのを楓が妨害する。
「ダメよ、レイのごはんが冷めちゃうじゃない。」
楓の言葉に、少し逡巡するが、
「いいや、朝ごはんは。」
そう言ってニアは何とか布団に戻ろうと試みるが、
布団はもう無くなっていた。
「これで起きなきゃよね。」
布団を片付けたレイの言葉にまだうなっていたが、
ニアは一つ息を吐き出し、外からの冷気に体を震わせる。
「これで起きないと、もっとひどいことになるもんな、」
「分かってるじゃない。」
嬉しそうに言う楓に苦い顔になるが、ニアは諦めたように起き上がる。
「レイ、ちょっといいかな?」
台所で一人朝の後片付けをしていたレイはニアの声に手を止め振り返る。
「ニア、アメリアさん達と出たんじゃなかったの?」
「少しレイに話があったから先に行ってもらった。」
応えるニアの様子に水を止め、レイは体ごと振り返る。
「何、話って、」
レイに促されてニアが口を開く。
「昨日のキメラの件でしばらくここに残ることになりそうなんだ、
その間、ここに泊めてもらっていいかな。」
何かをためらうように口にするニアの言葉にレイは苦笑して応える。
「何言ってるの、ここはニアの家なんだし別にいつまでいても問題ないって。」
「いや、リタ達の事もあるし。」
慌てて付け足すニアにレイは流しに向き直りながら応える。
「大丈夫だって、そんなに気にしなくても。」
「ああ、そうか。」
歯切れの悪いニアの言葉に手だけ止めてレイが振り返る。
「何か気になることでもあるの?」
「いや、」
そう言いながらもニアは立ち去ろうとしない。
「ニア?」
レイが不安げに問いかける。
あの日、ニアが出ていくことを切り出す前の様子とよく似ていた。
「たぶん、一週間ほどになると思う。」
言葉を選びながらニアが口を開く。
「ここにはもう父さんも母さんもいない、レイひとりだけだ。」
レイは手を止めて黙ってニアの言葉の先を待つ。
流しの水道の水音だけが二人の間に満ちている。
「なあ、」
ニアはためらうように口に出し一度言葉を切る。
「ニア」
レイが静かに先を促す。
「僕が帰るとき、一緒にL・Hに帰らないか?」
ニアが絞り出すように言葉にする。
レイはその問いを分かっていたようにゆっくりと首を振る。
ニアの顔に寂しさが浮かぶ。
「ここは、私たちの家だよ。
父さんも母さんも居なくっても、私のいる場所はここなの。」
「そうか、」
顔を伏せるニアにレイが声をかける。
「ニアがさ、戻ってきて一緒に暮らせばいいじゃない。」
その言葉にニアは俯いたま首を振る。
「だめだよ、僕はもう能力者なんだ。」
この長い文章をここまで読んでいただきありがとうございます。
おそらく、次話でレイの決心が描けるかと思います。
とはいえ、まだ悩んでるようには見えませんが…