恋慕と秘密
私の名前は鈴香。
・・私には婚約者がいた。
そう・・いたのだ。
それは私の家から申し込んだ話で
生まれたときから同年代だからという理由で縁組のための婚約をしていたのだ。
だが、それも、学園の高等部に入ったとき、破棄された。
十五、六年間、・・それはもったほうなのかもしれない。
私は彼が好きだった。婚約者である空兎様を。
言葉にはしなかったが愛しているのだ。
だが、彼は私をなんともおもってなかったようで、破棄したのだ。
私にとってそれはひどく残念なことだった。
破棄された今もその思いを断ち切れずにいる。
だが、私の秘密がバレる前でよかったかもしれない。
私は水神の民の末裔。
水の力を操ることができるが、翠玉を用いらなければ
多大の魔力と体力を使う。
そして、もっとも大きなリスクは、
水に濡れると、髪は水色に、瞳は翡翠に、色を変えるのだ。
だから、水泳の授業はできないし、雨の日は馬車で送り迎え。
家にとっても、水神の民だということはけしてばれてはいけないのだ。
ばれたら最後、忌み嫌われ、悪用される可能性もあるのだから。
彼の屋敷とは意外と近く、森と泉をはさんでほぼ広い範囲で隣にある。
森の中に泉があった。
ちょうど中央にあるのだ。
そこでは毎夜、
『スイリンスイリン!早く舞おうよ!!』
「うん、やろっか。泉の精霊ちゃんたち手伝ってね」
『当たり前だよ!スイリンのためなら、水源様のためならいくらでも!!』
泉の奥深くに封印されている水源の精霊を
解放するために、泉の精霊たちと水の舞をするのだった。
同じ学園に通う彼と同じクラスの上に席も隣・・、
寝不足なのに、学園では気が張って寝られない。
婚約を破棄されて関係は絶たれて気まずいのに
すごく近いところにいる。
破棄されても、ずっと彼をみていられるのだ。
ーーー
「あの、空兎様」
「何だ」
「今日の放課後までに委員会の書類書いてもらえますか?」
「何故俺が?」
「す、すいませんっっ
私、書類のほかに掲示や報告、委員会の御用聞きもあって書類にまで行き届かないのです。」
「わかった。やってやる」
ーーそう、話すことだって、きっかけがあればなんとでもなる。
だが、そんなときに、泉での舞いを見られてしまった。
「・・君は、誰だ?」
泉の中央に浮き、
水玉を用いて、水の精霊達と舞っているときに、
彼が森から姿を現した。
「え・・?」
空兎様・・!?
何故こんなところに・・。
彼も驚き、困惑しているようだった。
だが、彼は鈴香だと気づいていない。
一旦舞うのをやめて私は泉の中央に降り立った。
ユラリとひと円の波紋を描き、それが止むと、
夜の静寂が訪れた。
しかし、水の精霊達はざわざわとしていて、彼の様子を伺っている。
そして私の対応も伺っているのだ。
「・・俺は空兎。気晴らしに森に来たら、
水の魔力の気配がしたから来たんだ。そしたら
君が精霊と・・舞っていた。君の、・・君の名前を教えてはもらえないだろうか・・?」
普段の彼とは違う声色。
ただの鈴香であるときにはきけない優しい口調と戸惑い。
「・・えーと、その・・・」
私は迷った。
今は水色の髪に翡翠の瞳。
こんな水神の民の特徴を晒しだす私は、
鈴香と名乗ってもいいのだろうか。
・・答えは否。
鋭い彼なら、学園での、・・婚約者であった鈴香なのだと感づかれてしまう。
それだけは避けたい。
「ごめんなさい。
私には・・名乗ることができません。名乗れる勇気などありません。
どうぞ、お好きな呼び名でお呼び下さい、空兎様」
「・・そう、なのか。
だったらーーー」
彼はとある名前をいった。
そして・・泉の精霊達は激しくざわつき水面を揺らした。




