第6話・まずい、父の元奥様がやってきてしまった
メルリアが五歳になった頃、見慣れない人たちが屋敷を訪れてきた。
それはメルリアの父の前夫人だった。
さすがにメルリアは彼女の名前を忘れてしまった。
とても常識人だった気がする。
父が没落し、前夫人がこの土地を買っていたらしい。こんなに時間が経つなんて、よっぽど来たくなかったのだろう。
五年の歳月を経て、ようやくその気持ちは少しずつ溶けたようだ。
メルリアは大きく肩を落とした。
彼女以外なら誰でも良かったとさえ思うくらいだ
(父の元奥様だなんて、運が悪いわ。これじゃあ同情は買えないもの。むしろ追い出されてしまう⋯⋯)
会いたくないはずのメルリアの父と、もっと会いたくない踊り子の母から生まれたメルリア。
どんな方程式を使っても夫人に好印象とは思えなかった。
メルリアはすぐに前夫人の前に立つと、自分が知りうる中でも一番丁寧なお辞儀をした。
「私はクアココット前男爵の娘のメルリアと申します。五年前の騒動を起こした私の父と母が多大なご迷惑をおかけいたしまして、大変申し訳ございませんでした。
不躾なお願いで誠に申し訳ありませんが、私の乳母と使用人たちには冷遇せぬようお願いいたします」
頭を下げたままなので反応は分からない。
メルリアの不安を加速させる。
心の中でただ願うしかなかった。
(私の両親と違って皆は無害そうでしょ。だからシエルたちだけでも救って⋯⋯どうか⋯⋯お願い⋯⋯)
メルリアの前に誰かが来る気配を感じた。
その声を聞いて、カイルだと分かる。
「いえ、メルリア様への待遇をご考慮いただきますよう、何卒よろしくお願いいたします。私はメルリア様の乳母・シエルの息子です」
しっかりとしたカイルの声音にメルリアは思わず顔を上げた。
五歳になったカイルはあどけなさは残るが、堂々とした物言いにカイルの成長をメルリアは肌で感じていた。
メルリアより背が伸びたカイルはメルリアを守ろうとしてくれる。
(すごい、お兄ちゃん)
そう感動していると、前夫人の隣にいた髭が生えた大柄の男性が舌を巻いていた。
「なんだ、とても礼儀正しい子どもたちじゃないか」
もしかすると前夫人の夫なのかもしれない。
そんなことが頭によぎると、前夫人がメルリアの前にやってきて、腰を落とした。
顔が近い。
たぶんもう逃げられない。
「私はマーラよ。こっちは私のお兄様」
(そうだ、マーラさんだ。すっかり忘れていたわ)
「いつもみたいにお兄ちゃんって呼んでくれよ。俺はアーノルドだ」
かなり砕けた言葉遣いをするアーノルドをメルリアは見ている。
すると彼ははメルリアをじっと見た。
メルリアは驚いて目を見開く。
「お嬢さんはどうなってもいいのかい? この怖いおじさんに食べられちゃうよ?」
メルリアの心の中では、不安が渦巻いていた。
カイルはメルリアの前に立ち、自分の影にメルリアを隠した。
この二年の間に急に成長したカイルはとても頼もしく見えて、メルリアは感動していた。
(性格が格好いいのよね。カイルには良い人と出会ってほしいわ)
「お兄ちゃん、変な脅しはしないの!」
マーラに一喝されたアーノルドは大きく肩を竦めてみせた。
メルリアはどこから話すべきか迷っていた。
「屋敷の中は何も残っておりません。父が応接室の扉まで持っていってしまいましたから」
それを聞いて愉快そうにアーノルドは声を上げた。
「応接室の扉ってかなりお金をかけたってお前が嘆いていたやつだろう?」
「あの人、そういうところは変に見栄っ張りだったから」
マーラはアーノルドに聞こえるように、わざと大きなため息をついた。
メルリアは二人に見せるものが何もなくて困っていた。
「庭も野菜畑と鶏小屋があるくらいで、これと言ったものはございません」
「いいじゃないか、見てみよう」
楽しそうな表情のアーノルド。
マーラとアーノルドは屋敷に沿って歩くと、整然と植えられた野菜園を見て感嘆の声を上げる。
「すごい、野菜が整然と植えられているのね。お兄ちゃん、それより見て」
庭にぽつんと置かれた鶏小屋。
寝るためだけに戻ってくるその小屋の周りには柵はない。
鶏は飼うのが当たり前だが、ここの鶏は野生だ。
野生の鶏に寝床を準備しているのだ。
これにはどんな説明をするべきか困った。
「これは野生の鶏のために作った小屋でして、夜になると勝手に帰ってくるのです」
メルリアの言葉通り、夕方になると鶏たちはどこかから帰ってきた。
そして自分の家だと言わんばかりに、勝手に入っていく。
それを楽しそうに見ているアーノルドは鶏小屋の隙間から頭を突っ込んで見ている。
鶏が頼まれてもいないのに勝手に小屋に入っていくのが面白くてたまらないようだ。アーノルドはゲラゲラと大笑いする。
メルリアはわけが分からず、その様子を静かに見ている。
「気に入った! この土地は俺が買う」
アーノルドは言い切った。
本当だったら、マーラが売り払う予定だったようだ。
変な人が住み着いているといけないので、今回、マーラの兄と使用人たちがやってきたということらしい。
それでも、メルリアの不安は大きくなっていた。
次回の二角的イチオシシーンは
楽しそうなアーノルドと反対にマーラは腕を組んで怒っているような素振りだ。
(やっぱり私たちは追い出されるんだわ。前夫人もあんなに怒っているし)
メルリアはアーノルドが土地を買った暁には追い出されることをじわじわと実感し始めていた。
マーラの怒気を含んだ目はメルリアへと向けられる。
その瞬間、メルリアは息を呑んだ。




