【短編小説】仲間はずれ集め
【夕方】
停止線から始まる信号レース。
横断歩道が点滅して赤く光り、バイク乗り達がギアを蹴り下げてローに入れる。
そして青。
一斉に飛び出す鉄の猫たち。
おれのヤマハSDRは自慢の2ストロークで躍り出たが、すぐにギア抜けをして酷く間抜けた甲高い声で鳴いた。
ミラーの中でシミや汚れたほどのサイズになっていた鉄の猫たちがおれを追い抜く。
おれはSDRがエンストする前にクラッチを繋げたままペダルを蹴り上げる。
ガチャリとギアの噛み合った重たい金属音が足に響く。
SDRは再び雄々しい声で唸ると力強く駆け出した。
【夜】
おれは幾つかの短い息を吐いて、女の上にあった身体をベッドに転がした。
暖気の足りないバイクの排気に似ていた。
「どうして私はあのバイクに乗れないの?」
女が声だけでおれに訊いた。
「あれはシングルシートだからな」
おれは女を向く。
上下する胸に手を伸ばす。
「でも速いんでしょ?私もそれに乗ってみたいな」
女がおれと視線を絡めた。
「中免取ったら貸してやるよ」
免許とか資格とかって言うのは目安でしか無い。
【夜中】
女はおれの咳で目を覚ます。または自分うなされる声。
おれは女の寝言で目を覚ます。それは悪夢を振り払う叫び。
死とは程遠い浅い眠り。
「すまんな、うるさくて」
「いいえ、わたしは平気」
またはその逆。
だけどおれたちは眠りまでなら、どうにかたどり着けた。
ひとは他人と一緒にいるのが難しい存在だ。
社会的生物。
それは文明ができてしまった以上の仕方なしに施される訓練の産物だ。つまり保育園からスタートする集団に馴染む訓練。
その果てが社会だ。
その社会で運命と妥協のマーブル模様を描きながら、おれやお前はお前やおれと出くわす。
「きみに会えてよかったよ」
「どうしたの?急に」
「おやすみ」
「おやすみ」
【引き続き夜中】
お前の寝息を数える。
お前の呼吸にリズムを合わせる。しかしそれはすぐにズレていく。
「おれは自分勝手だな」
二人暮らしの部屋。
シングルシートのバイク。
ひとは他人と暮らすのが難しい存在だ。
【眠り】
過去を集めて雑にまとめる。
その夢と呼ばれる空間には色んな存在が無理やりに押し込められている。
存在たちが夢の中で立食パーティーを始める。
そして比較的に不愉快さの少ない少数集団を形成する。
サロンのはじまり。
薄ぼんやりとした知識や自意識の背骨、またはその背景がどことなく共通する言語でタグ付けされた存在たち。
でも現実だって大差無い。
ある程度のルールを共有できる存在だけが生きていける。
おれもそうやって誰かを仲間はずれにしたし、たぶんそうやって仲間はずれにされてきた。
社会はそうやってできている。
でも社会は巨大過ぎるが故にルールを細分化したり、さらに曖昧なマナーなんてものを発明して、躍起になって他人を排除したりする。
快適さは血の滲むような努力で作られている。
「それは誰の血ですか?」
妻の寝言が侵入する。
おれはそれを許す。
関係性は結局、サロンだとか長屋に還っていく。
他人と一緒にいると言うのは難しい。
【何年か前】
酒もツマミも切れたが、追加を買いに行く気力も切れている。
「次回のテーマは決まったのか」
終わりそうな宴を無理やり延命する。
「もう合評会をやるかも分からない」
だが次第にそれも眠りの色に染まる。
「やる意味が見出せないと言うやつか」
このサロンもそろそろ終わりだろう。
サロンは寿命が短い。
【路上】
SDRが飛び出す。
獣のような咆哮で新型のバイクがおれを抜き去る。
信号待ちの停止線にギア抜けするような間抜け達がコンタミしてしまうのは仕方ない。
愚劣さや愚昧さと言う権利がある。
合理化の足を引っ張りたい訳じゃないが、努力とか向上心なんて言葉は好きじゃない。
だが弛緩していけ待っているのは死だ。
【ヘルメット】
「だから爆走るしかない」
「それは暴走族とどう違うんだ?」
「もしかしたら大差無いのかも知れない」
「俺たちも特攻服を作ろうか」
「それを同人誌と呼ぶんだよ」
その通りだ。
そしておれたちはまた別のサロンを形成する。
社会。長屋。サロン。
どこまでいっても他人と居られない。
おれはひとりだ。
【夢 路上】
赤信号が見える。クラッチを切る。
ヤマハSDRのギアを下げる。
衝撃が走りヤマハSDRが身を震わせる。
車列をすり抜けて停止線へ。
隣にホンダCBF400が並ぶ。社外マフラーから甲高い声が響く。
隣にカワサキNINJA400が並ぶ。純正マフラーから煙が昇る。
無意味に空吹かしをしたライダーを射殺する。
信号が青に変わる。
おれとヤマハSDRは走り出す。
後続の車がライダーの死体を轢いていく。
夕陽が綺麗だった。
週末はカブに乗ってレストランに行こう。
タンデムシートにはお前を乗せてやる。
それまでお前と一緒にいられたらの話だがな。




