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ひげがゆれるとき  作者: ねこちぁん
第一幕~序章

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ep.6 猫の気配と町の声

「……猫って、どこにでもいて、どこにもいないんだよね」


ミナがそう言って、空を見上げた。 雲はゆっくり流れていて、町の屋根の上を、猫の足音みたいに静かに渡っていく。


俺たちは、札を手に町を歩いていた。 黒猫“クロノ”の捜索。 依頼内容はそれだけ。 でも、猫を探すって、思ってたよりずっと“町を歩く”ことだった。


最初に立ち寄ったのは、干物屋の店先だった。 魚の匂いが通りにまで漂っていて、猫が好きそうな場所だった。


「黒猫? ああ、昨日の夕方、魚の骨くわえて逃げたやつがいたな」 店主は笑いながら、干からびたアジを指差した。 「そこの箱、ひっくり返してな。あいつ、毎回うまいことやるんだよ」


足元には、小さな足跡が残っていた。 でも、もう乾いていて、どっちへ行ったのかはわからなかった。


次に向かったのは、薬草屋の裏庭。 店の奥さんが、鉢植えに水をやっていた。


「クロノちゃん? あの子、たまにここで寝てるのよ」 そう言って、軒下の影を指差す。 そこには、丸く押しつぶされた草の跡があった。 「薬草の匂いが好きみたいでね。とくに、甘露草の葉っぱの上」


でも、今はもういない。 風が吹いて、草の匂いだけが残っていた。


三つ目は、屋台の団子屋。 甘じょっぱい香りが漂っていて、俺の腹が鳴った。


「黒猫? ああ、団子の串が一本だけなくなってたな」 屋台の親父さんが、串の束を数えながら言った。 「昨日の夕方、誰もいないのに、串だけスッと消えててさ。ま、猫の仕業だろ」


団子の香りが、どこか懐かしくて、俺は思わず深呼吸した。 その香りの中に、ほんの少しだけ、あの“響き”が混ざっていた気がした。


四つ目は、武者宿の縁側。 昼下がりの光が差し込んでいて、宿の主が袴を干していた。


「黒猫? ああ、昼寝してたら足の上に乗ってきたぞ」 そう言って笑いながら、袴の裾を見せてくれた。 そこには、黒い毛が一本、ふわりと残っていた。


「気づいたらいなくなってたけどな。あいつ、気配が薄いんだよ」


五つ目は、猫神社の境内。 小さな鳥居と、風に揺れる鈴の音。 誰もいないのに、空気がやわらかくて、どこか甘い。


「クロノは、よくここで昼寝してた」 ミナがそう言って、石段の端を指差す。 そこには、猫の丸まった跡が、うっすらと残っていた。


風が吹いて、鈴が鳴った。 その音は、どこかで聞いたような――いや、胸の奥で感じたような音だった。


【素養《Oralis理解》が微かに反応しました】


俺は、そっと目を閉じた。 言葉じゃない“響き”が、また少しだけ強くなった気がした。


最後に戻ってきたのは、猫影茶屋。 依頼主は、団子を食べながら縁側に座っていた。


「あの子は、団子の香りが好きでね」 そう言って、串を一本、空にかざす。 「昨日の夕方、西の方へ歩いていったよ。しっぽをぴんと立てて、まるで何かに呼ばれたみたいに」


俺は、修徒帳を胸に抱えた。 帳の爪痕が、ほんのり温かくなっていた。


クロノは、どこにでもいて、どこにもいない。 でも、町のあちこちに“気配”が残っていた。 それは、猫神様がそっと通り過ぎたあとの、静かな余韻みたいだった。

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