ep.25 札場の風、団子の香り
札場の門をくぐった瞬間、 ふわっと甘い香りが鼻をくすぐった。 団子の湯気と、札の気配。 風が通るたび、誰かの問いがすれ違っていく。
ここは、記憶と依頼が交差する場所。 魔士も修士も、風読みも記録係も、 札場に来る人たちは、みんな彼女に癒されて帰っていく。
「ふーちゃーん!依頼、来たのです?!」
咲姫の声が、受付の奥まで響いた。 その声に応えるように、やわらかな笑顔が現れる。
「いらっしゃい、咲姫ちゃん。今日も元気ね」
風花さん。 札場の受付を一手に担う、笑顔の魔法使い。 年齢は誰も知らないけど、 この札場で一番、風の流れを読める人。
「今日はどんな札が来てるです?」 咲姫が身を乗り出すと、風花さんは札帳を開いた。
「今日はね、札依が三件。 一つは“風の通らなくなった祠の調査”、 一つは“迷い猫の記憶の回収”、 もう一つは“団子屋の看板の修復”よ」
「……団子屋?それは重要ね」 果林が、目を細めてつぶやいた。
「えっ!?祠じゃなくて!? 団子屋が一番なのですか!?」 咲姫が目をまんまるにして、果林を見上げる。
「団子がなきゃ、札場は回らないでしょ」 果林は当然のように言って、 すでに団子の香りに意識を向けていた。
「……それは、否定できませんね」 紗綾が小さくうなずいた。
「札依って、誰でも受けられるんですか?」 主人公が尋ねると、風花さんはうなずいた。
「ええ。札依は、札場の基本依頼。 誰でも受けられるし、札場の運営にも欠かせないの。 団子三串分の報酬でも、積もれば山となるからね」
「じゃあ、名札依ってのは?」 果林が興味なさそうに聞きながら、 団子の湯気に目を細める。
「名札依は、実績や名声がある魔士にだけ届く依頼よ。 依頼人からの“指名”が入るの。報酬も、それなりに期待できるわよ」
「うわぁ…!咲姫も早く名札依、受けたいのです!」 咲姫が両手を広げて跳ねる。
「ふふ、咲姫ちゃんにはそのうち来るわよ。 猫神様のご加護、強いもの」
「じゃあ、札帳に記録されない札って…?」 主人公がふと口にすると、 風花さんは少しだけ目を細めた。
「それは……風が拾う札ね。 “影札依”って呼ばれてるけど、 受けられるかどうかは、風が決めるの」
「団子で呼べるなら、もう一串持ってくる」 果林がぼそっとつぶやくと、 咲姫が「それはずるいのです!」と笑った。
風花さんが、祠の札を手渡してくれる。 札は、薄い灰色の紙に、風の紋が浮かんでいた。 問いの形は曖昧で、 「風が通らない理由を探ること」とだけ書かれている。
「この札、少し風が重いわ」 風花さんがぽつりとつぶやく。
「重い…って、どういうことですか?」 主人公が尋ねると、 風花さんは札を指先でなぞりながら答えた。
「問いが、まだ言葉になっていないの。 誰かの記憶が、祠に残っているのかもしれない。 でも、それが“何か”は、風もまだ教えてくれないの」
「それって…影札に近いのですか?」 咲姫がそっと聞く。
「近いけれど、まだ札帳に記録されているから、札依よ。 でも、風が裂けたら――その時は、札の裏側が動き出すかもしれないわね」
札を受け取った四人は、 札場の食堂で軽く団子をつまみながら、 祠への準備を整えた。
「団子、もう一串いけそうね」 果林がつぶやくと、 咲姫が「それは依頼後なのです!」と笑う。
「祠の風、少し乱れているようです」 紗綾が札を見つめながら言った。
「しっぽの揺れ方、見たことある気がするんだ」 主人公が、ふと口にしたその言葉に、 風花さんが静かに微笑んだ。
「風は、問いを運ぶの。 でも時々、答えじゃなくて―― “動き”を連れてくることもあるのよ」
団子の香りが、少しだけ遠のいた。 風の奥に、まだ見ぬ気配が揺れていた。
札場の風が、問いの重さを運びはじめていた。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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ゆるやかな歩みではございますが、これからも見守っていただけましたら幸いです。




