ep.199 風の供物 ――三つの風が通りすぎるまでの話――
咲姫は、風を待っているのです。
町の北端、風の通り道にある小さな祠。
咲姫は、今日も団子を三本、そっと供えていた。
「今日は、ちょっとだけ塩を足してみたのです」
そう言って、にこにこと笑う咲姫。
「風が、しょっぱいのも好きかもしれないのです」
団子の湯気が、ふわりと空へと昇っていく。
その香りに誘われて、どこからともなく、ふわりと白い耳が現れた。
「うさちぁん!」
「やっほ~、咲姫ちゃん。今日の団子、なんか……お酒の香りがする~!」
「えっ、ばれたのです!? ちょっとだけ、果林さんの梅酒を……」
「やっぱり~!風も酔っぱらっちゃうかもね~」
ふたりはくすくす笑いながら、団子を囲んで座った。
風が、またひとつ、木の葉を揺らしていく。
うさちぁんは、風の音を聴いている。
その日、町には朝から不思議な風が吹いていた。
くるくる、ふわふわ、まるで誰かが笑っているような音。
「うさちぁん、今日はどこに行ってたの?」
咲姫が尋ねると、うさちぁんは耳をぴょこぴょこ揺らして答えた。
「風の道を、ちょっとだけ逆走してたの~。
そしたらね、昔の“ありがとう”が、まだ空に残ってたの」
「ありがとう、なのですか?」
「うん。誰かが誰かを思って、でも言えなかった“ありがとう”。
風って、そういうの、ちゃんと覚えてるんだよ~」
咲姫は、そっと空を見上げた。
「じゃあ、私の“ありがとう”も、いつか誰かに届くのですか?」
「もちろんっ。風はね、忘れないの。
だから、咲姫ちゃんの団子も、ちゃんと届いてるよ~」
果林とうさちぁんは、風の宴をひらく。
夜。町の灯りがぽつぽつと灯り、祠の前に小さな卓が置かれた。
その上には、果林が持ってきた酒と、咲姫がこっそり作った“風団子”。
「……で、咲姫ちゃんは?」
「おうちで寝ちゃった~。風の音、子守唄にしてたよ~」
「ふふ、あの子らしいな」
果林は、杯を傾けながら、うさちぁんに目を向ける。
「……あんた、風の正体って、ほんとは何だと思う?」
「うーん……“誰かの気持ち”かなぁ。
言葉にならなかった想いとか、忘れたくない記憶とか。
そういうのが、風になって、町をまわってるの」
「……なるほどね。じゃあ、これはどう?」
果林が酒を注ぎながら、そっと言った。
「“ありがとう”って、言えなかった人に、乾杯」
「うん、かんぱーいっ!」
うさちぁんが耳を揺らしながら、杯を合わせる。
その瞬間、風がふわりと吹いた。
団子の香りが空へと舞い、どこか遠くへと届いていく。
そして、祠の奥から、またひとつ、風の札が現れた。
『祝・402の風通し。
風は今日も、誰かの想いを運びました。
次の宴も、風まかせ。』
夜空に、鈴の音がひとつ。
それは、未来へと続く風のはじまりだった。




