ep.198 風の交差点
町の北端、風の通り道にひっそりと佇む小さな祠。 木々の間を抜けてきた風が、そこに集まり、 団子の湯気をくすぐっては、ふわりと空へと舞い上がる。
その祠の前に、今日も団子が三本、そっと供えられていた。 まだほんのり温かく、やさしい甘さが香っている。
「あっ、今日の団子、ちょっとだけ甘い……!」 ふわりと現れたうさちぁんが、目をきらきらさせながら言った。 「もしかして、咲姫ちゃんが味見したでしょ~?」
「えっ、えへへ……ちょっとだけ、です!」 咲姫は口元に手を当てて笑い、 その隣で果林が、やれやれと肩をすくめた。
「……供物を食べるのは、神様の役目なんだけど」 「でも、咲姫ちゃんが食べたら、それはそれで、ちゃんと届くのっ」 うさちぁんは、にこにこと笑って、団子の串をくるりと回した。
「だって、風ってそういうものだもん。 まわって、まわって、ちゃんと帰ってくるの」
「……風の供物、か」 果林がつぶやく。 「紗綾さん、今朝も早くから作ってたよ。 “今日は風が集まる日だから”って」
「うん、わかるよ。風がざわざわしてたもん」 咲姫が空を見上げる。 「なんかこう……“誰かが誰かを思い出す日”って感じ?」
「それ、たぶん当たりだよ」 果林が、そっと懐から一枚の札を取り出す。 それは、昨日の朝、ギルド庁舎に貼られていた“風の札”だった。
『祝・400の風通し。 町の風が、今日も誰かに届きました。 小さな祭りを、静かに始めましょう。』
「……これ、誰が書いたのか、わからないんだけどね」 「でも、なんか、うれしくなっちゃったのです」 咲姫が、団子をもう一本つまみながら笑う。
「うさちぁん、これって……」 果林が問いかけると、うさちぁんはふわりと耳を揺らして、 祠の奥に目を向けた。
「風は、誰のものでもないけど、 誰かが“ありがとう”って思ったとき、 こうして、ちゃんと返ってくるんだよ」
そのとき、祠の奥から、かすかな音がした。 鈴のような、風のような、祈りのような―― それは、誰かの記憶を呼び覚ます音だった。




