ep.153 風の交わり
ギルド庁舎の夜は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。 灯りの落ちた掲示板の前を通り抜け、リンダは帳簿を返しにカウンターへ向かう。
「おつかれさま~」 カナリアが眠そうに手を振る。 「初依頼、ほんとにおつかれさま。みんな、もう帰った?」
「うん。私はちょっと、記録の確認だけ」 リンダは微笑んで帳簿を差し出す。
「まじめだねぇ。……あ、そうだ。カウンターの端に忘れ物があるから、ついでに見てきてくれる?」
「うん、わかった」
リンダがカウンターの端へ向かうと、 そこには一人の女性が座っていた。
年の頃は二十代半ば。 ゆるくまとめた髪に、旅人のような装束。 杯を片手に、ぼんやりと空を見上げている。
「……あれ? 忘れ物って……」
「ん? ああ、ごめんなさい。私のことじゃないわよ」 女性がくすっと笑った。 「でも、あなたが来てくれてよかった」
「え……?」
「今日、いい風が吹いてたわね」 女性は杯を傾けながら、ぽつりとつぶやいた。 「誰かが、ちゃんと歩き出した音がしたもの」
「……あなた、誰?」
「ただの旅の途中よ。ちょっと、寄り道してるだけ」 女性はそう言って、立ち上がった。 「でも、あなたたち――いい旅になるわ。きっと」
「……どうして、そんなことがわかるの?」
「風が教えてくれるのよ」 女性はそう言い残し、ふらりと夜の街へと消えていった。
リンダはしばらく、その背中を見つめていた。 どこか懐かしくて、でも確かに“今”の自分たちを見ていたような―― そんな、不思議な気配を残して。




