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ひげがゆれるとき  作者: ねこちぁん
2章~冒険者たち~

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ep.152 初依頼

ギルド庁舎の中は、朝のざわめきに包まれていた。 依頼掲示板の前には、すでに何人かの冒険者たちが集まり、 札を吟味したり、仲間と相談したりしている。


「うわぁ……いっぱいあるね」 セシルが目を丸くする。


「どれがいいんだろうな。いきなり魔物退治とかは、さすがに無理だよな」 ルークが掲示板を見上げながらつぶやく。


「うん。まずは地道なやつから始めよう」 ラディが真剣な表情で札を一枚ずつ見ていく。


「これとか、どう?」 セシルが指差したのは、木貨5NkQの依頼札。


【依頼名】湖畔の小道の清掃

【内容】南の湖畔沿いの小道に、倒木と落石があり通行に支障が出ています。 清掃と簡単な整備をお願いします。

【報酬】木貨5NkQ(1人あたり)

【備考】初級者向け。道具は貸与可。


「お、いいじゃん。俺たちにぴったりだ」 ルークがうなずく。


「うん、まずはこういうのから慣れていかないとね」 リンダが札を見つめながら言う。


「記録官としても、最初の依頼は穏やかな方がありがたい」 ジョナサンが頷き、ノートに依頼番号を書き留めた。


「じゃあ、これに決まりだな」 ラディが札を手に取り、受付へと向かう。


カウンターの奥には、若い受付官の女性が座っていた。 名前札には「カナリア」と書かれている。


「はいはーい、いらっしゃいませ! お、初々しい顔ぶれだね~」 カナリアがにこっと笑う。


「えっと……この依頼、受けたいんですけど」 ラディが札を差し出す。


「湖畔の小道の清掃ね。うん、ちょうどいい初仕事だと思うよ。 道具は現地にあるから、手ぶらで大丈夫。気をつけて行ってきてね~」


「はいっ!」 五人が声をそろえる。


「……記録官ジョナサン、初依頼、受注完了」 ジョナサンが小さくつぶやき、ノートに記す。


こうして、彼らの冒険者としての第一歩が、正式に始まった。


「ラディ隊、いっきまーすっ!! 記録もよろしくな、ジョナサン!」


ラディの声がギルド庁舎に響き渡る。 一瞬、周囲の冒険者たちが振り返ったが、すぐに笑い声が広がった。


「元気があってよろしい!」 「おーい、初々しいのが出てったぞー!」


「うるさいってば……!」 セシルが顔を赤くしながら、ラディの背中を小突く。


「でも、ちょっとカッコよかったよ」 リンダがくすっと笑う。


「記録官、出動準備完了。 ……って、ああもう、ページが風でめくれた!」 ジョナサンが慌ててノートを押さえる。


「ほらほら、置いてくぞー!」 ルークが軽やかに門をくぐり、朝の光の中へと駆け出した。


こうして、セルナティアの街に新たな風が吹いた。 まだ何者でもない彼らが、“冒険者”として歩き出した朝だった。


セルナティアの南門を抜けると、 広がるのは、朝露に濡れた田畑と、ゆるやかな丘の連なりだった。 遠くには、湖の水面がきらきらと光を跳ね返している。


「うわぁ……」 セシルが思わず声を漏らす。 「街の外って、こんなに広いんだね」


「な? 俺が言った通りだろ。空気もうまいしさ」 ルークが胸いっぱいに深呼吸をする。


「……うまいのは、朝のパンの匂いだったけどね」 ジョナサンがぼそりと呟き、ノートに何かを書き込んだ。


「記録してるの? 何て書いたの?」 セシルが興味津々で覗き込む。


「“南門を出てすぐ、セシルが『うわぁ』と感嘆。空気がうまいとの発言あり”」 「ちょっと! それ書かなくていいからっ!」


「ふふ……」 リンダが小さく笑った。


ラディは、その笑顔に気づいて、 ほんの一瞬だけ、歩く速度を緩めた。


「……あ、リンダ。荷物、重くない?」 「ううん、大丈夫。ありがとう」 「そっか……うん、ならいいんだけどさ」 ラディは少し照れたように、前を向き直った。


そのとき、リンダの視線がふと遠くをとらえた。 湖畔の向こう、まだ誰もいないはずの小道の先。 そこに、誰かの影が見えたような気がした。


「……あれ、誰かいる?」


「えっ、どこ?」 セシルが振り返る。


「……ううん、気のせいかも」 リンダは首を振った。 でも、その目はまだ、遠くを見つめていた。


湖畔の小道は、思ったよりも荒れていた。 昨夜の雨でぬかるんだ地面に、倒れかけた木の枝が散らばっている。 小さな落石も、ところどころに転がっていた。


「よし、まずはこの倒木から片づけよう!」 ラディが声を上げる。


「待って、枝の向き考えないと、引っかかって余計に動かなくなるよ」 セシルがしゃがみ込み、枝の絡まりをほどき始めた。


「さすがだな、セシル。観察力あるじゃん」 ルークが感心したように言いながら、反対側から幹を持ち上げる。


「よいしょ……っと。うわ、重っ!」 「ふふ、言ったでしょ。雨で水吸ってるから」 「そっか、木も水飲むんだな……って、当たり前か」


「記録、記録……“ルーク、倒木の重さに驚愕”……っと」 ジョナサンがノートにさらさらと書き込む。


「やめてくれよ、そういうの残すの……!」 「事実を記録するのが、記録官の務めだからね」 「くっ……!」


「……この石、苔が滑るから気をつけて」 リンダがそっと声をかけ、ラディの手を取った。


「わっ、ありがと……」 ラディは一瞬、心臓が跳ねるのを感じた。 でも、リンダはすぐに手を離し、また黙々と作業に戻っていった。


「……よし、これで通れるようになったかな」 セシルが手を払って立ち上がる。


「うん、依頼内容は達成だね」 ジョナサンが札を確認しながらうなずく。


「じゃあ、帰る前にちょっと休憩しようぜ。湖、近いし」 ルークが笑顔で言った。


五人は湖畔に腰を下ろし、持参したパンをかじりながら、 静かな水面を眺めた。


「……なんか、ちゃんと“冒険者”になれた気がする」 ラディがぽつりとつぶやいた。


「まだまだこれから、だけどね」 セシルが笑う。


「でも、最初の一歩としては、悪くなかったと思う」 リンダが、湖に映る空を見上げながら言った。


その横顔を、ラディはそっと見つめた。 言葉にはしないけれど、胸の奥が少しだけ、あたたかくなる。


湖畔の作業を終えた五人は、ゆるやかな下り坂を歩いていた。 午後の陽射しが木々の間から差し込み、道にまだらな光を落としている。


「ふぅ、やっと終わったな」 ルークが背伸びをしながら言う。


「でも、無事に終わってよかったよね」 セシルが笑顔でうなずく。


「記録も完璧。初依頼、任務完了」 ジョナサンがノートを閉じた。


そのとき、前方の茂みがかさりと揺れた。


「……誰かいる?」 ラディが立ち止まる。


茂みの向こうから現れたのは、旅装束の青年だった。 肩に小さな荷を背負い、手には杖のような枝を持っている。 年の頃は、彼らより少し上――二十歳前後だろうか。


「……ああ、驚かせたかな。ごめん」 青年は穏やかな声で言った。 「道を探しててね。湖畔の村へは、この道で合ってるかな?」


「うん、合ってるよ。もうすぐだと思う」 セシルが答える。


「ありがとう。助かったよ」 青年は軽く頭を下げ、再び歩き出した。


その背中を、リンダがじっと見つめていた。


「……知り合い?」 ラディが小声で尋ねる。


「ううん、違う。でも……」 リンダは少しだけ首をかしげて、 「なんだか、懐かしい感じがしたの」


「ふーん……」 ラディは、なんとも言えない気持ちでその背中を見送った。


風が、木々の間をすり抜けていく。 その音にまぎれて、リンダの髪がふわりと揺れた。



夕暮れのセルナティアに、五人の影が伸びていた。 ギルド庁舎の扉を押し開けると、朝とは違う落ち着いた空気が迎えてくれる。


「おかえりなさーい!」 受付のカナリアが、手を振って出迎えた。 「どうだった? 初依頼!」


「無事、終わりました!」 ラディが胸を張って答える。


「おお、頼もしいじゃない。じゃあ、報告お願いね」 カナリアが手元の帳面を開く。


ジョナサンが一歩前に出て、ノートを開いた。 「倒木一本、落石三箇所、枝の除去多数。作業時間は約一時間半。 通行確認済み、依頼内容は完了と判断します」


「うん、完璧な報告だね。記録官さん、優秀~」 カナリアがにっこり笑って、報酬袋を五つ差し出した。


「これが……報酬……」 セシルがそっと袋を手に取る。 中には、木貨が数枚、ころんと音を立てていた。


「これで、パン……何個買えるかな」 「セシル、そればっかりだな」 ルークが笑う。


「でも、なんか……ちゃんと働いたって感じする」 ラディがぽつりとつぶやいた。


「うん。私も、ちょっとだけ自信ついたかも」 リンダが微笑む。


「次も、頑張ろうね」 セシルが言うと、みんながうなずいた。


「じゃあ、記録官として一言―― “ラディ隊、初依頼を完遂。全員、無事帰還。 報酬を手にし、少しだけ大人びた表情を見せる”……っと」 ジョナサンがノートに書き込みながら、ふと顔を上げた。


「……あれ? なんでみんな、こっち見てるの?」


「いや、なんか……いいこと言うなって思って」 ラディが照れくさそうに笑った。


「ふふ、ジョナサンって、やっぱり詩人だよね」 リンダが言うと、ジョナサンは耳まで赤くなった。


こうして、ラディ隊の最初の一日が終わった。 まだまだ未熟で、まだまだこれから。 でも確かに、彼らは“冒険者”として歩き出したのだった。

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