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ひげがゆれるとき  作者: ねこちぁん
2章~冒険者たち~

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ep.149 風が動き出す

朝靄の中、東門の石畳がうっすらと白く濡れていた。 まだ陽は低く、街の屋根の向こうから、かすかな光が差し始めている。


「交代だ。おつかれさん、ミヤ」


カインが肩を回しながら門へ近づくと、ミヤが軽く手を挙げて応えた。 その顔には、夜通しの警備を終えた疲れと、どこか満足げな安堵が混じっていた。


「おはよう、カイン。今夜は静かだったよ。猫が三匹、門の前で喧嘩してたくらい」


「そりゃ平和で何よりだな。……アベルは?」


「もうすぐ来るって。あの人、朝の鐘より正確だから」


カインは門の外を見やった。 遠く、まだ霞む街道の先に、荷車の影がひとつ、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。


「……さて、今日も風が動き出すか」



カインは門の前に立ち、背筋を伸ばした。 陽が昇るにつれて、石畳の影が少しずつ短くなっていく。 街の中からは、パン屋の窯が火を入れる音、井戸の水を汲む音、子どもの笑い声がかすかに聞こえてくる。


「おはよう、カイン。ミヤ、交代ごくろう」


低く落ち着いた声とともに、アベルが現れた。 背中に大剣を背負い、鎧の継ぎ目から朝露がきらりと光る。


「おはようございます、アベルさん」 ミヤが軽く頭を下げると、アベルは無言でうなずいた。


「今日の予定は?」カインが尋ねる。


「午前は門番、午後は訓練。夜は……休番だな」 アベルは門の外を見やりながら、ぽつりと続けた。 「……あの村から、誰か来るかもしれん」


「村って、あの……水路の北側の?」ミヤが首をかしげる。


「そうだ。昨夜、旅商人が言ってた。焚き火の夜に、街の噂をしたってな。 “誰でも受け入れてくれる街”――そう言ったらしい」


カインはふっと笑った。 「また、夢みたいな話をしてきたな。だが、そういう風が吹くのも悪くない」


ミヤは門の外を見つめた。 朝の光の中、荷車の影が少しずつ近づいてくる。


「……来るかもしれませんね。新しい風が」



荷車が門の前にたどり着いたとき、朝の光はようやく街の屋根を照らし始めていた。 荷車を引いていたのは、年季の入ったロバと、くたびれた旅装の女だった。


「おはようございます。……ここが、エルシンポリアですか?」


ミヤが一歩前に出て、やわらかく微笑んだ。 「はい、ようこそ。ご用件をお聞かせいただけますか?」


女は少し戸惑いながらも、胸元から一枚の札を取り出した。 「……紹介状です。南の宿場町で、旅商人の方から預かりました。 “この札を見せれば、話が早い”って……」


アベルが札を受け取り、目を細める。 「……確かに、あの隊商の印だ。通していい」


カインが門を開きながら、ぽつりとつぶやいた。 「風が、またひとつ吹き込んだな」



門をくぐった瞬間、雨音は思わず足を止めた。 石畳の感触が、これまで歩いてきた土の道とはまるで違っていた。 硬く、冷たく、でも確かに“整えられた”感触。 それはまるで、「ここからは別の世界ですよ」と告げられているようだった。


街の中は、朝の光に包まれていた。 屋根の上に干された布が風に揺れ、パン屋の煙突からは白い煙が立ちのぼっている。 どこかで鐘の音が鳴り、子どもたちの笑い声が響いた。


「……にぎやか、ですね」 思わずこぼれた言葉に、自分でも驚いた。


荷車の横で歩いていた美空が、そっと笑った。 「うん。でも、なんだか……あったかい」


ドンは無言のまま、街の奥を見つめていた。 その背中に、ほんの少しだけ、力が入ったように見えた。


門の内側で見送っていたミヤが、ふとつぶやいた。 「……あの人たち、きっとこの街に風を連れてくる」


アベルは静かにうなずいた。 「そして、何かが始まる」

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