ep.18 西の路地と猫の残り香
倉庫を出ると、風が少しだけ強くなっていた。 さっきまでの静けさとは違って、 どこか、急かすような風。
「……風の向きが変わったのです」
咲姫が髪を押さえながら言う。 猫耳飾りが、風に揺れていた。
「西の方から吹いてるね。さっきまでは南だったのに」
紗綾が地図を広げる。 倉庫の位置、札所、そして西の路地。 風の通り道が、少しずつ見えてくる。
「猫神様は、まだ近くにいるのです。 でも、今は“見えない”だけなのです」
「見えないけど、残り香はあるかも」
果林が団子の串をくるくる回しながら言う。 もう食べ終わっているのに、まだ名残惜しそうに持っている。
「……団子の匂いと混ざってたら、気づけないかも」
「それは、気配じゃなくて食欲なのです!」
「うん。だいたい同じくらい大事」
三人は、倉庫の前の石畳を歩き出す。 風が、背中を押すように吹いていた。
西の路地は、町の中心から少し外れた場所にある。 人通りは少なく、石畳も少し古びている。 壁には蔦が絡まり、風がその葉を揺らしていた。
「……静かだね」
紗綾がつぶやく。 咲姫は前を歩きながら、時々振り返る。
「猫神様の気配、濃くなってるのです」
「でも、姿は見えない」
「気配だけで十分なのです。 猫神様は、そういう方なのです」
果林は、壁の蔦に手を伸ばす。 その指先に、風がふわりと触れた。
「……焙じ茶の匂い、まだ残ってる」
「それは猫神様の残り香なのです!」
「でも、団子屋の裏通りでもあるよね、ここ」
「それは……混ざってるのです!」
紗綾は札帳を開き、筆を構える。 風の向き、匂い、気配―― 全部を、静かに記録していく。
「……次の札、ここにあるかも」
「札所じゃなくて、気配で探すのです」
「でも、札帳は札所でしか反応しないよ」
「それは、まだ“人間の札帳”なのです!」
果林は、くすっと笑って、串をポケットにしまった。
「じゃあ、猫神様の札帳ってあるの?」
「あるのです!きっと!」
「見たことある?」
「ないのです!」
「……じゃあ、想像?」
「想像なのです!」
紗綾は笑いながら、筆を下ろした。 石畳の隙間に、小さな足跡が残っていた。
「……猫の足跡?」
「たぶん。新しい」
「猫神様が、ここを通ったのです!」
咲姫がしゃがみ込んで、そっと指でなぞる。 その指先に、風がふわりと触れた。
「……風が、応えてくれたのです」
「じゃあ、ここが次の札の場所?」
「ううん。ここは“通過点”なのです。 猫神様は、もっと先へ向かったのです」
果林は、壁の蔦を見上げる。 その先には、小さな路地が続いていた。
「じゃあ、行こっか。団子屋の裏、抜けて」
「団子屋……?」
「うん。次の札、団子の匂いに混ざってるかも」
「それは気配じゃなくて食欲なのです!」
「でも、猫神様も団子好きかもよ?」
「それは……あるのです!」
三人は、路地を抜けて、次の風を探しに歩き出す。 猫神様の姿は、まだ見えない。 けれど、風の中に、確かに“残り香”があった。
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