表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひげがゆれるとき  作者: ねこちぁん
第一幕~序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/77

ep.14 団子と焙じ茶と猫耳と

焙じ茶の香りが、湯気と一緒に立ちのぼる。 湯呑を手にしたミナが、縁側に腰を下ろした。 朝の空気はまだ冷たく、石畳の隙間から風がすり抜けていく。


「……今日は風が動きそうだな」


ぽつりとつぶやく声に、団子をかじりながらうなずく。 札所はまだ静かで、猫の姿も見えない。


「札、混むかな」


「どうだろうな。猫の札が出ると、妙に人が集まる」


「猫神様の札って、そんなに人気あるのか?」


「人気っていうか……気配が濃いと、みんな落ち着かなくなるんだよ。  札を取らないと、何かが始まらない気がして」


ミナは湯呑を持ち直し、そっと口をつけた。 焙じ茶の香りが、ふわりと広がる。


「……団子、持ってくのか?」


「うん。途中で食べる」


「……まあ、いいけどな」


串を持ったまま立ち上がる。 ミナも湯呑を置いて、軽く背伸びをした。


「今日の札、どんなのが出ると思う?」


「猫の気配がある札が一枚。  風の鈴が鳴らない札が一枚。  あと……水辺の影が映らない札が一枚」


「……それ、予想じゃなくて、もう見えてるだろ」


「ふふ、まあな」


ミナは笑って、縁側から降りた。 その後に続く。


「今日も、誰かが歩き出す日になるといいな」


「……俺も、歩けるかな」


「歩いてるさ。団子持ってるし」


「それ、関係あるか?」


「あるよ。団子は、旅の始まりの味だから」


焙じ茶の香りが、まだ空気に残っていた。 風が、少しだけ揺れた。


「紗綾、髪、曲がってるのです!」


「えっ……あ、ほんとだ。ありがとう、咲姫ちゃん」


「ふふん、任せてほしいのです!」


栗色の髪に猫耳飾りの咲姫が、鏡の前でぴょんぴょん跳ねている。 紗綾は静かに髪を整えながら、咲姫の動きに目を細める。


「……本当に、猫の札を選ぶつもりですか?」


「もちろんです!猫神様の札は、わくわくするのです!」


「……私は、団子屋に寄ってからでもいいと思うのですが」


果林が、窓の外を見ながらぼそりとつぶやいた。 その声は落ち着いていて、どこか諦めも混じっている。


「果林さん、それ毎回言ってますよ」


「ええ、毎回言ってます。毎回、却下されてます」


「だって、札が先なのです!団子はそのあと!」


「……団子が先でも、札は逃げませんよ」


「でも、猫神様は気まぐれなのです。  札が消えちゃうかもしれないのです!」


紗綾は小さく笑って、荷物をまとめる。 果林は肩をすくめて、静かに立ち上がった。


「では、今日も“猫の札”を目指して」


「はいっ!今日こそ、猫神様の気配を見つけるのです!」


「……団子屋の気配も、見つけたいところですが」


三人の足音が、石畳に重なる。 朝の光が、屋根の上で跳ねる。


「紗綾、準備は万端なのですか?」


「はい。地図も、札帳も、予備の筆も持ちました」


「果林さんは?」


「団子代だけ、持ってきました」


「……それ、札所で使えないのです!」


「ええ、知ってます」


三人のやりとりは、いつもこんな調子だ。 でも、歩き出すときは、ちゃんと足並みがそろう。


札所の前で、今日も何かが始まる。 猫耳と団子と、少しだけ風の匂い。


札所の前は、まだ誰もいない。 石畳の上に、朝の光が斜めに差し込んでいる。 掲示板の紙は昨日のまま、少しだけ端がめくれていた。


風が一度止まり、空気が張りつく。 その静けさの中、修徒士の一人が現れる。 無言で三枚の札を取り出し、掲示板に貼りつける。


一枚目。 「西の丘の祠にて、風の鈴が鳴らぬ」


二枚目。 「市場裏の倉庫にて、猫の気配あり」


三枚目。 「町外れの水辺にて、影が映らぬ」


紙がぴたりと張りついた瞬間、 屋根の上を、猫の影がすっと走った。


修徒士は何も言わずに立ち去る。 札所は再び、静けさに包まれる。


けれど、空気はもう変わっていた。 札が貼られたことで、何かが始まる。 誰かが動き出す。 誰かが、札を選ぶ。


石畳の向こうから、足音が近づいてくる。 三人の少女の声。 団子をかじる音。 焙じ茶の香りを残した気配。


札所は、ただそこにある。 でも、今日の札は少しだけ違う。 猫神様の気配が濃い。 風の鈴が鳴らない。 水辺に、影が映らない。


誰が選ぶのか。 誰が歩き出すのか。 それは、もうすぐわかる。


札が揺れる。 風が、少しだけ吹いた。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました! 感想やアドバイスなど、いただけたらとても励みになります。 これからも、のんびり続けていきますので、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ