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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

残影

作者: 春野 椿
掲載日:2025/10/14

幼馴染の友情と、百合と、ほんのり狂気の物語です。


2025/10/15 一部の表現を加筆・修正しました。

      居酒屋のシーンを加筆しました。

2025/10/19 一部細かい部分を加筆・修正しました。

幼馴染の(かけい)朋子と再会したのは、

28歳の夏の夜、N市のオフィス街だった。


「あれ?しーちゃん?」


声を聞いてすぐにわかった。


今までの人生で、わたしのことを“しーちゃん“と呼ぶのは彼女だけだったから。


* * *


適当な居酒屋に入ると、

わたしたちはビール片手に旧交を温めた。


「それで、朋子は今どんな仕事してるの?」


「T社に勤めてるわよ、経理部なんだけど」


「経理って、会社のお金を管理するとこ?」


「そうそう、毎日毎日、堅苦しい書類やら、数字やらとにらめっこなんだから」


彼女は可愛く伸びをした。


「あはは、大変そうだね」


「そうなの。聞いてよ、しーちゃん。この前なんて営業部がさ……」


気づくとテーブルの上には冷めた唐揚げ。


話題はいつまでも尽きなかったが、

一方で、わたしの胸にはざらっと、

ささくれだった気持ちが芽生えていたーー


幼い頃の朋子は天才であった。


勉強は()()()()()できたし、

運動会のリレーでは常にアンカー、

写生会や書道コンクールでは大人顔負けの作品を披露し、

課題で制作した作文や詩は市の文集に取り上げられた。


中学、高校に入っても、試験は首位を譲らず、

大学も国立の最難関校に優良の成績で入学した。


彼女はわたしがどれだけ努力しても届かない、

絶望的ながらも、心強い指標であった。


だが、今の朋子の姿は記憶の彼女とは似ても似つかない。


T社も立派な大手企業だが、

彼女はもっと、世界を変えてしまうようなことに取り組んでいなければならないはずだ。


綺麗な顔を真っ赤にして、上司の愚痴だの、SNSだの、男だの、

猥雑な話題に夢中になる彼女を目の当たりにして、何とも言えない心地になった。


「わたしの家、ここから近いの。せっかくだから飲み直さない?」


だから、彼女がそう提案した時には、

よっぽど適当な理由をつけて帰ろうかと思ったほど。


わたしは今日が金曜日であることを恨んだ。


* * *


彼女の家は1LDKのこぢんまりとした

清潔なアパートだった。


32インチのテレビの横には

流行りのゲーム機が置かれていた。


「やる?」


視線に気づいた朋子は

コントローラーをわたしに手渡した。


* * *


「あちゃ、しーちゃん強いね」


たかがゲームとはいえ、

わたしはあっさりと彼女に勝ってしまった。


望んでいたはずの勝利は

しかし、これっぽっちも嬉しくなかった。


ただただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いてしまったよう。


朋子はそれからさらに2缶ほどチューハイを空けると、

ソファーで眠ってしまった。


部屋に充満する静寂とアルコールの臭いに、

すぅすぅと寝息が混じる。


途端にやりきれなくなって、涙が出た。


どうしたらこの虚しさを埋められるのだろう。


考えて、考えて、ようやくひとつの結論に達した。


わたしはすでに朋子の身体に馬乗りになっていた。


夢見心地の眼でわたしを見上げる彼女の、

白い首筋に指を這わせる。


頸動脈にドクンドクンと熱い血潮の息吹を感じた。


「しーちゃんってさ……ずるいわよね」


彼女の瞳には、(ほの)かに憤りの色。


こんな目は初めてだった。


思わず指の力を緩めてしまう。


「自分ばかり、被害者みたいな顔してさ――」


と、一呼吸おいて。


「しーちゃんの理想のために、わたしがどれだけ努力したと思ってるの?」


彼女の目じりには涙が浮かんでいた。


そこで、ようやく理解したのだ。


二人の間にあったのは友情などではなく、

呪い、呪われた、忌まわしき関係なのだと。


わたしはいつしか彼女に(おの)が理想を重ね合わせていた……その、無意識の期待が、彼女を追い詰めてしまっていた――


「なんてね」


朋子はむくりと起き上がり、

その勢いのまま、ソファの反対側にわたしの身体を押し倒してしまった。


そして、そっくりそのまま、今度は彼女がわたしの上に乗るかたちになった。


笑みを浮かべた朋子がわたしの頬に優しく触れる。


「別にしーちゃんになら、どうされたって構わないんだけど。

 でもせっかくだから――」


はだけたブラウスからチラリと見える、

白い素肌と黒の下着のコントラスト。


幼い頃の彼女を知っているだけ、

下から見上げる彼女の姿は、妙に生々しく、背徳的な感じがした。


「ね、こんなわたしは嫌?」


わたしは浅ましく期待に胸を躍らせ、

劣情の糸に絡めとられていった。


そして、未だアルコールの臭いのする接吻を浴びせられながら、

こう、思うのだった。


――ああ、やっぱり彼女には敵わない。


夜が更けてもわたしたちは

汗に(まみ)れた身体を触れ合わせていた。


カーテンの隙間からは、ためらいがちに月明かり。


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