第十七話 カルバラーの脅威(第一部完)
鎌を振り上げた試作FOサンバルテルミは逆関節の脚部を屈伸させ、獲物に襲い掛かる。
カデシュType・Nはスラスターを吹かして後退しようとしたが、サンバルテルミの攻撃によって受けたコンピューターウイルスの影響で機体はメインパイロット・北条翔の操縦を受けつけず、全身から火花を上げて崩れ落ちた。
「ウ・・・ハアハア・・!?父さん!?母さん!?やめてくれ!!」
目がかすむ。
インフルエンザに罹った様に体が熱く関節が痛い。
ヘルメットを通してカデシュと同調している翔は機体のコンディションが戦闘継続など不可能な状態を悟るがどうする事も出来ない。しかも4つの切れ味の悪い大鎌が機体を打ち据える度に状態はさらに悪化していくのだ。
「うわっ!?」
「キャアアア!」
コンソールがスパークし、黒煙がコクピット内に充満する。後ろで悲鳴が聞こえるがそれが誰のものかも翔には判断が出来ない。
「だ、ダメ・・・!?全然反応しない?」
牧野琴音はこの状況でも比較的冷静だった。彼女は翔の様子がおかしいのを見てコントロールを代わろうとしたが、シートはウンともスンともしない。
(ハアハアア・・・母さん、母さんが助けてくれる・・・!)
翔の母、真奈『だった脳』の操るサンバルテルミが鎌を広げて近づく。熱による幻覚で翔にはその様が両腕を広げて自分を抱きしめてようとする母の姿に重なって見えた。
数秒後にコクピットが大きく揺れるがその振動も彼には心地良く感じられるものだった。
実際にはカデシュは両脇腹を敵の鎌で挟みこまれ、刃先が徐々に内部に食い込む。刃に塗られた分解溶液がカデシュの装甲と内部部品を溶かしていく。
『いいぞ!そのまま胸部を貫き、もう1機で頭部を叩き割るのだ!』
ナールライトの指令を受けた母のサンバルテルミは胸部のショックアンカーを撃ち込み、拘束を逃れようともがき苦しむ敵機を引き寄せる。
「ウグウァ!?く・・・母さん!?俺だよ翔だよ!?正気に戻ってくれ!?」
カデシュの『痛み』をダイレクトに受けた事で我に返った翔は再び両親に叫ぶ。だが返答と代わりに背部のアシッドランチャーが首と顔面を焼き、背後からもう1機の、『父』の操るサンバルテルミの鎌が振り下ろされる。
「父さん!?」
翔とカデシュ両方の生存本能がウイルスに勝ったか、首を曲げてアシッドサイスの直撃を躱す。刃は首元に突き刺さり正面モニター上面をかき切った。
『サンバルテルミ01、コクピットを狙え!それで全てが終わる』
あっけないものだ。
カルバラーのコクピット内でナールライトは自分が落胆している事に気が付いた。
(俺は同格の敵と戦う事をそんなに心待ちにしていたのか・・・!?難敵が消えるのは我々にとって喜ばしい事ではないか。さらにカデシュが体内でワクチンを生み出し機能を完全に回復させる前に回収できる。予定を超える戦果だ・・・)
トドメの一撃を見舞うべくサンバルテルミが鎌を振り上げる。
「父さん!!」
サンバルテルミの動きが止まった。2体とも彫像の様に固まったまま動かない。
「カ・・・ケ・・・・・ル?」
2機のサンバルテルミから両親の声を翔も3人の少女たちも聞いた。
「!?2人共今助けるよ!!」
カデシュは胸に撃ち込まれたワイヤーを引き千切る。機体構造の脆いサンバルテルミはワイヤーごと胸部装甲が外れた反動で機体が転倒するのを鎌を地面に突き刺して押しとどめた。
『馬鹿な!?改造の段階で人格は消したはず!?しかもワクチン生成が予定よりも早い!?』
予想外の出来事に緑の長髪をした美青年の皮を被ったナールライトの青い瞳に残酷な炎が灯る。
『02自爆せよ!!』
手を伸ばしたカデシュの目の前で閃光と爆発が起きた。飛び散った装甲分解溶液を全身に浴びて全身から白煙を噴き上げるカデシュは、いや翔は残された右腕の鎌を震えながら見つめていた。
「そ・・・・ンな‥‥かあ……さん!?」
「カケル、敵が来るよ!」
「敵じゃない!!あれは」
レンは基地方面からの噴射炎から新手の機体が来たことを伝えたつもりだったが、母を目の前で失った翔はその言葉を別の意味に捉えて激昂する。
「翔違うよ!?見たことないロボット!?」
「もしかしてあれが・・・・カルバラー!?」
黒煙を割って降り立つ黒い機体
サメかシャチのような頭部には深紅のツインアイが光る。
肩先に長い角のような金色の突起
大型のクローが装備した両腕
背中にはカデシュType・Nと同じ翼が1対生えている。
主人の到着にサンバルテルミは機体をひれ伏す。その機体から発する威容はまさしくカデシュと同種のものだ。
「カデシュのパイロット諸君、私はナールライト。カルバラーに選ばれし者。そして君達を殺すヘーレムの戦士だ」
カルバラーの右手のコネクタから光が溢れるとトライデントの形に収束、翼を広げて襲い掛かった。
「剣は・・・使えるな!」
カデシュの部位の中で最も早くに損傷を受けていた翼は既に修復を終えていた。出遅れたカデシュは翼からプラズマソードを引き抜くと三叉槍の突きを受けるべく構える。
「最初から全力で行かせてもらう!!」
「なっ!?腕が?」
「伸びた!?」
敵のギミックに驚く翔と優歌。レンと琴音も同様だったが、次の行動を反射的に起こす。
「回避を!!」
「はい!!」
サブパイロット2名のおかげで左腰の装甲を貫かれるだけで済んだカデシュ。
「左も来る!!」
「分かって・・・ガアッ!?」
次の回避行動に移るより早くカルバラーの額中央からフォトンライフルが照射され胸部に直撃を受け、カルバラーは体勢を崩したカデシュの右翼と左足を自身の全長並みに伸長した自身の両腕のクローに捕えると無造作に両腕を広げて引き千切った。
濁った銀色の液体をまき散らしながら雪原に頭から落下するカデシュ。
「いくら本調子でないとはいえ、さんざ我々を苦戦させてきたとは思えんな!!」
機体の再生が始まるがそのスピードは明らかに遅い。本来ならものの数秒で回復するのだ。
「く・・そう・・!」
翔はカデシュの右前腕の装甲をライフルへ変形させ、目前の敵頭部目掛けて連射。が、敵機は首を僅かに傾けただけで光弾を躱すと頭部のビームを発射し相手のライフルを破壊する。
「あ・・・・・ああ」
カデシュは銃を構えたまま硬直した様に動かなくなる。
「分かったかね?いくら機体が良かろうが、パイロットが何人いようが、ヘーレムの最高幹部の頭脳1人の乗ったFOには敵わぬという事が」
ナールライトの口ぶりはデータ上でしか知らぬカデシュのパイロットとカデシュそのものを諭す父親のそれだった。
右腕のクローの間からアシミレイションユニットが飛び出すと同時に蛇の様に右腕がしなり再生途上の左足の切断部に食い込む。
「吸収される!?そんな事をすれば!?」
「カデシュに出来る事はこのカルバラーにも出来る!その毒のワクチンを早晩作り出す!」
アシミレイションシステムが作動した。
カルバラーがカデシュを自身の血肉へと変換していくかと思われたが、切断部から赤い膜のような物が広がった。
「何だ!?奴は・・・5柱にはアシミレイションシステムへの対抗策があるというのか!?」
ナールライトの驚愕は無理からぬことだった。そもそも5柱が同じ5柱を吸収分解するなど未だかつてなかった。今この瞬間を除いては。
「翔、今のうちに・・・!?」
「わかってる・・・!ぐわっ!?」
その場を離脱しようとするカデシュを逃すまいとカルバラーはトライデントで敵機の右肩を貫通、雪原に穂先が突き刺さる。なおも藻掻くカデシュ。黒板を引っ掻いたような耳障りな音と共に赤い膜が部品ごとカルバラーの右腕に吸い込まれていく。
「うわああああ!!」
「キャアアア!!」
上半身のみになったカデシュから少年達の悲鳴が雪原に木霊する。
翔は装甲の裂け目からサンバルテルミが動いた様に見えた。
「父さん!?」
「何!?」
信じられなかった。
父親が自我を取り戻してくれたことが
下等な頭脳が自分の支配を断ち切り動いたことが
だが目の前の現実はサンバルテルミがカルバラ―に飛び掛かり、カデシュを弾き飛ばして自身の『体』をアシミレイションシステムへ差し出した事を知能ある者全てに突き付けたのだった。
「いかん!?」
サンバルテルミがカルバラーの右腕に吸収分解されるのに2秒と掛からない。それはカルバラーがサンバルテルミの内部で生成されるコンピューターウイルスウイルス内蔵の装甲分解溶液を体内に全て取り込んだことを意味した。効果は瞬時に現れ、カルバラーは全身から白煙と共に装甲や内部機器だったモノがボタボタと垂れながしながら両膝をつく。
「今なら・・!」
父が創ったチャンスを無駄にしてはいけない。
翔はゲヘナバスターのチャージを開始。威力は下がっているが敵の上半身を吹き飛ばす位は出来る。
「父さんと母さんの仇!!!」
嗚咽と共にトリガーを引いた。
紅い光はしかし、カルバラーのではなく背後の基地の塔の1つを吹き飛ばしただけだった。
「う?」
翔は上空のスラスター光を見上げる。満身創痍のカデシュはタラス・ダンに抱えられたカルバラーがストラデゴス級戦艦に収容されていくのを黙って見ている他無かった。
「ご無事ですか?」
「ああ。だがこれからどうなるか分からんぞ?」
ナールライトはいくつもの火柱の上がる基地を見下ろしながらアームレイへ礼を述べる。
ストラデゴス級に続き次々と冥王星を去って行くヘーレム軍の艦船。黒煙と瓦礫と山と化した基地に生き残った地球人捕虜と人類連盟の歓声が響くのを4人のパイロットは他人事の様に聞いていた。
氷原に廃材で作った即席の十字架が並ぶ。その内の2つには『北条道雄』『北条真奈』の名が刻まれている。
供える物さえ満足にない墓の前で翔とその仲間達、優歌と琴音の両親は黙祷する。
「2時間後に出発する。それまでご両親の傍に居てやれ」
「でも・・・」
ルツは翔の両肩に手を置いて厳しい声で言った。
「いいか?ここを出たら皆お前を特別同情なんてしないぞ。全員親しい者を失っているからな。それでもこんな事を艦長の私が許可して誰も文句を言わないのは特に酷い別れ方をしたからだ。だから他の奴らに殴られん様に今泣き溜めをしておけ。良いな?」
「はい・・・・ありがとう・・・・ございます」
それだけ言ってルツは振り返らず墓地を後にする。
雪原の風に乗って翔の慟哭は許された時間一杯、途切れることは無かった。




