第十一話 迫りくる罠
ラッダイト級攻撃空母3番艦『ガラン』は輪状の居住ブロックを後部から引き出して木星方向へ航路をとっていた。ガランはその巨体の割に格納庫内は閑散としていた。理由は大きさの割にタラス(最初期型)が4機しかいないせいもあったかな、と北条翔は司令室へ案内される道すがら考えていた。そうでなくとも人員が少ないのではないかと思えるほどだ。エイジア号や難民を受け容れる前のカルブンクルスすら通路では誰かしらとすれ違って挨拶など交わしていたが、格納庫を抜けて彼らはいくつかのドアのある円状の通路を歩いているが、この艦ではまだこの案内の兵士以外に誰とも出会わなかった。
「あの、皆さんどこにいらっしゃるんですか?全然人が見えませんけど」
相羽優歌は無言の空気に耐えられなくなり、案内役の兵士(見た目は地球人の白人男性に似ていた)に尋ねる。
「警戒態勢をまだ解いていないんです」
恐ろしく事務的な、感情のない声音で兵士は返す。警戒されている、と感じた優歌は前を歩いていたレンを小突くと耳打ちする。
(この船っていつもこうなの?)
(そうだよ。ここ以外のどこでもピリピリしてるか気落ちしてるかのどっちかだよ)
(あんた達も危険な任務から帰って来たのにあの兵士さん、あまり喜んでないみたいね)
(アタシ達ははみだし者だったからね。それにパイロット枠がもう1人しか残ってないってのもあるだろうね)
「着いたぞ。レン、レガス司令官に無礼の無いようにな。そちらの異星人たちも同様だ」
案内役の兵士が初めて感情を見せた。だがそれは3人にとって好ましい感情ではなかった。
(俺達を品定めしているのか?・・・無理もない事ではあるけど)
翔はここに来る間の通路やこれ見よがしに司令室前に置かれている監視カメラを見てむかっ腹が立ったが、すぐに自分達が逆の立場だったらどうしたかを考えると怒りの感情は不思議と収まった。レンを始めエイジア号のクルーらと自然と打ち解けられたのは成り行き上ではあったが死線を潜り抜ける内に、そして彼女らの人柄によるところも大きかったと改めて実感したのだ。レガスという男はそのクルーから蛇蝎の如く嫌われている。
(そいつとこれから会うのか)
一際大きな部屋のインターフォン越しに話していた兵士の入れ、という声に翔は肩に力が入るのを止められなかった。
レガスと言う男の外見は翔と優歌の想像をいい意味で裏切った。見た目はオリエンタルな貴族風の服装を纏った優男地球の白人に近い。だが少し耳が尖っている。その特徴はオールバックの髪型で余計に目立っていた。
「そこに居るレンやエイジア号のクルーから余りいい噂は聞いていないようだな?それとも私が君達と見た目がそんなに変わらない事に驚いているのかね?」
彼は薄く笑うとそう言った。
「はい。失礼ながらそう考えていました」
翔はレガスの細い、ヘビのような目を見据えて返事を返した。
「はっきり言う・・・だが辺境の他星との物理的接触もなかった君達には無理からぬことだ。覚えておきたまえ。この部屋のタイプは人類種で多数派を占める。故にヘーレム共もその姿に擬態しているのだ」
「でも艦内にはアタシ達が居ない間にスッカラカンになっているみたいだけどね?エイジア号と同じ形の艦が後3つあったはず。どこへ偵察に出しているのよ?」
レンの指摘にレガスの頬が引きつる。
「アニマ級2艦にはこの艦の『養分』になってもらった。最後の1つは10日前に補給要請に出して以来音沙汰無しだ」
「な・・・!?アニマ級1隻で他星系に行くなんて無謀だ!他のアニマ級のクルー達はどこにいったのよ!」
「止せ‼レン!」
激昂して乗艦につかみ掛かったレンを翔が押し止める。
「放せ!コイツは自分と取り巻きの事しか考えない奴なんだ!」
「それのどこが悪い?貴様らエイジア星を含めてヘーレムに科学技術も政治体制も数段劣る異星人共が今日まで生き永らえてきたのは偏に我らダルコフ人の尽力あってこそ!ならば我らの決定に従うは必然!非戦闘員並びに能力の足りない戦闘要員は冷凍睡眠に入っている。資源節約の為にな!!」
「なんて奴!?レンあたしも加勢するわ!」
「優歌も止めろ!!冷凍睡眠の人達はまだ生きているんだ!行っちまった人もまだ死んだと決まった訳じゃない!・・・・たとえどんなに絶望的な確率でも、俺達が信じないでどうする!」
「翔・・・」
「冷凍睡眠に入ったら100年単位で出られないんだよ。地球人の寿命がどの位か知らないけど、エイジア人の残された人は、アタシはもう親友に会えないかもしれないんだ・・・!」
レンの声は震えていた。
「そうだったのか・・・ごめんよ、レン」
「いいよ。知らなかったんだから」
「フン、無知はいいな。それが免罪符になるのだからな」
6つの目がレガスを睨む。だが彼は鼻を鳴らして口を開く。だが言葉が出てくるより先に通信が入る。
「何だ?」
『前方に謎の球状体が接近!』
「映像を出せ」
「ハッ!」
室内の奥の壁のモニターが点く。後方のアステロイドベルトの隕石群を押しのけながら紅い巨大球状ポッド、カルブンクルスが映し出される。
「カルブンクルスだ」
「なるほど、君達の仲間か・・・」
レガスは机の通信機を再び取り上げブリッジを呼び出す。
「前方の球体は友軍だ。通信を送れ。今後の事を話し合いたいとな」
土星近海
グログ率いるヘーレム艦隊はルオゾ・シリーズのマンジケルト隊を見捨てる形で早々にアステロイドベルトから撤退した。彼らが交戦している間も人類連盟の艦を探索していたが相手はいかなる方法を使っているのか各種レーダーに引っかからなかった上に新形態を獲得したカデシュへの対抗策を考える時間が欲しかったからだ。だが皮肉な事にこの慎重さが無ければ彼らはカデシュを鹵獲もしくは撃破出来ていたのだ。ヘーレムの、人間の頭脳と同等の能力を持つ頭脳ユニットの弊害である。
そして土星近海までスペースジャンプしてきた彼らは3度の敗北を味わった相手への復讐戦、それも大規模攻勢をかける最後の調整を行っていた。
疲労や不平などとは無縁のヘーレム軍によって2日の間に土星の両極にリング状の物体が設置され、土星近海には1km四方の鏡のような長方形の物体が人型起動兵器タラスの手によっていくつも並べられていた。
『本作戦でカデシュとその母艦を鹵獲し有機生命体共を根絶やしする。まず、惑星周辺に設置したスペースジャンプ誘導装置でこの地に連中をおびき出した後、誘電加熱装置起動と同時にFO部隊は敵をミラ=ゴ星へ誘導せよ。もちろんその過程で連中を倒してしまっても良い。だがその可能性は殆ど無いであろう事を保証せざるを得ないと付け加えておく。連中を惑星へ近づけたら総員安全圏まで退避せよ。作戦の締めはこの私がやる。10分後に星は超高熱で自壊するのを確認したら再び指定ポイントへ戻ってカデシュと母艦を回収せよ。以上だ』
グログは、正確には彼の頭脳ユニットはヘーレム軍最新鋭機である一つ目のサイクロプス然としたFOタラス・ダンのコクピットに収まっている。そこからの脳波通信は瞬く間に全軍に伝わり、誘導装置に次々と火が入る。黄色い帯状の光。それは機械帝国ヘーレムを悩ます害虫をおびき寄せる誘蛾灯、今や遅しと手ぐすね引いて待ち伏せる地獄の口が放つ光だった。
木星近海
ガラン司令室へ乗り込んで来たルツはレガス司令官と激論を交わしていた。翔達カデシュのパイロット3人は壁面の太陽系の『地図』の1点に目を凝らして耳だけは上官らの会話を拾っていた。
「正気か!?たったこれだけの戦力でディ=ウ星の前線基地を叩くつもりだと!!たった5機のFOでどうにかできると本当に思っているのか!?それに」
(ディ=ウ星・・・俺達の言葉で冥王星。そんな所に奴らの基地があるんだ・・・そこに父さんや相羽のおじさん達もきっと)
翔は攫われた友人知人そして家族がそこに囚われているのではないか、と漠然とした希望を持ちながら背後の会話に聞いていた。
ルツが渋面のまま地図を睨む。
「こっちが追ってきた艦隊はまだ健在だ。恐らくこの先のどこかにいるんだろうが・・・・こいつらと基地とで挟み撃ちにあったらいくらカデシュとカルブンクルスでもひとたまりもない」
「随分と慎重だな。だが私はそうは考えない。連中もルツ、君と同じ様に考えるだろう。そこが付け入る隙となるのだ。カデシュとこのガランでディ=ウ星に最接近し、カデシュが敵を近づけている間に地上部隊を送り込み制圧する。内部に入ってしまえば要塞は脆いというのはどんな星でも変わらん!たとえヘーレムでもな・・・」
「それで、この子らにこの要塞の責任者が誰か、肝心な話はしたのかい?」
ルツは相手がそんな話をしているとは全く思っていない。レガスは無言だ。それを答えと受け取ったルツは大きくため息をつくと3人の名を呼ぶ。
「カケル、ユーカ。レンには改めて説明する必要はないのだけどカデシュのパイロットとして確認の為に一応ね。君達の言う木星を超えるにあたって現実味を帯びてきたことがある。それは5柱同士、つまりカデシュと同格のFOと戦うって可能性だ」
「それが敵基地にいるんですか?」
「そうだ。その名はカルバラー。パイロットはヘーレムの体現者と言われるナールライトだ」
「体現者ってどういう・・・・?」
ルツはユーカを正面に見据える
「奴はヘーレムの支配者のお気に入り、つまりゴリゴリの機械至上主義者だ。そしてエースパイロットにして金の頭脳ユニットを持つ最高幹部の1人でもある。彼は一切の容赦なく君達を殺そうとするだろう」
「勝てるのか、と言いたいわけですね?」
「そうだ。カケル、君が恐らく考えている通り奴は絶対に機械人間が有機生命体に負ける事を許さない。だから基地が仮に制圧されようが爆破されようがその他の犠牲を顧みずにカデシュを鹵獲、あるいは完全破壊を完遂しようとするだろう。そういう奴と戦って生き残る自信があるかい?」
「カデシュは俺だけで動かすんじゃありません。相手は強大でも1人。なら俺達は3人で力を合わせればきっと・・・できます」
「頼もしいな。ルツ、パイロットがこう言っている以上は君の負けだな。君と私は同じ評議会議員として同格だが以降は私の指揮に従ってもらうぞ」
レガスの言葉は勝ち誇った者のそれだった。薄い笑みを浮かべた、底の読めない表情のままだったが。
『レガス様、補給要請に出していたアニマ級が帰還しました!!』
「益々こちらに運が向いてきたようだ!直ちに収容しろ!補給がどうなったかを聞き出す!」
レガスは笑みを浮かべたまま部屋を出て行く。レンは部屋主が居なくなるやいなや通信機に齧り付く。
「おい、そのアニマ級の中にラナって子はいない!?」
『分からん。気になるなら確かめに行けば良い』
オペレーターの言葉を最後まで聞かずレンは飛び出していった。翔達もその後追って格納庫へ向かうのだった。




