第一話 宇宙からの侵略者
2099年4月1日
地球と人類の決定的な破滅の日。
日本の首都圏郊外N市に住む鳶色の目と髪を持つごく普通の高校1年生、北条翔はいつも通りの日常を過ごしていた。その日の朝までは。
「おい、遅刻するぞ。いつまで寝ているんだ」
翔は隣に住む相羽優歌の部屋の扉を乱暴にノックし、彼女を起こす。ややあって中から欠伸と衣擦れの音が聞こえてきた。
(普通逆じゃないのか?)
翔は小さくため息をつく。
『幼馴染の少女が毎朝起こしに来てくれる』そんな日本男児の夢は北条翔の人生には全く逆の関係で実現した。
とはいえ数年前までは部屋の中に入って頬をひっぱたかなければ起きなかったのだから大した進歩ではある。
ようやく着替えて出てきた赤髪のツインテールの少女―優歌が目を擦りながらおはようと言って出てきた。
「リボン曲がってるぞ。早く顔洗って来いよ」
「そーする」
彼女の身だしなみを整えるのも慣れたものだ。
「ごめんなさいね。いつまでも翔君離れが出来なくて」
「いいんですよ、おばさん。もうずっとやっている事ですし」
「ありがとうね。じゃあ朝ごはん、一緒に食べてって。あらいやだ、真奈さん達オーストラリアから戻ってらしたのよね?」
「親父もお袋も時差ボケって言って寝ています」
「そうなの?」
「はい、頂きます」
迷惑をかけているはずなのに友香の母親の美香がなぜ嬉しそうなのか、翔には理解できない。といって相羽家の朝食の代金代わりに優歌を起こすというのも10年以上続いている「日常」だった。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってきまーす」
7時50分。いつも通り相羽家を出る。何事も無ければ15分で学校に着く。他愛のない馬鹿話をしながら駅前の大通りの交差点に差し掛かると優歌は会話を止め、反対側にいる親友の牧野琴音に右手を大きく振る。琴音もその黒髪ロングの深窓のお嬢様然とした風貌に違わない、控えめに手を振って応えた。これも中学時代からいつも通りの風景だった。
運命の時。
日常を切り裂く轟音が空の彼方からやって来た。
最初は旅客機か何かだと誰も気にしなかった。だが音は先のジェット機のような轟音とは別のミシミシバリバリという破壊音の方が徐々に大きくなり、その「影」が人々を覆った時交差点にあった何もかもが空中に浮いていた。
「何あれ!?」
「きょ・・・・巨大ロボット!?」
アニメでしか見た事のない、ザ・量産機と言うべき人型ロボ。大きさはざっと18mくらいだろうか。だがその頭部は異様だった。翔から見て左側は丸く単眼で右側が四角く、その眼もモニターのような長方形という左右非対称。
優歌の悲鳴を聞くまで、その他者をすくみ上らせ、生理的嫌悪感を催す姿に翔は今自分の体が大量のアスファルトの破片や街路樹やビル、車と一緒に空高く舞い上がっている事に気が付かなかった。
「な!?うわァァ!?」
見れば交差点、いや町一帯の地面にあるはずの物が地上十数mまで浮かび上がっていた。
人型ロボがビルや街路樹に隠れて見えなくなった瞬間、翔の体は謎の浮遊感から解放された。途端恐怖の悲鳴が町中から溢れ出した。
「お・・・・落ちる!?」
必死に両手足をばたつかせ、柔らかい何かが両脚に触れると同時にそれを蹴って近くの街路樹の幹に掴まる。
「うえっ・・!?」
先程の物は何だったのかと振り返った翔はこの時ほど自分の好奇心を呪った事は後にも先にも無かった。それは頭を砕かれたサラリーマンの死体だったのだ。吐き気をこらえ周囲を見渡す。
「きゃああああ!翔!?」
「優歌!?掴まれ!!」
悲鳴と共に頭上から落ちてきた優歌の手を掴み、引き上げる。
「あ・・・ありがとう」
「しがみ付いてろ!」
翔の言葉と同時に辺り一面に轟音が響き渡る。
「う、く!?」
「いやああああ!」
ガラスの割れる音。ビルの崩れる音。それらの音よりはるかに小さいはずの何か柔らかい物がひしゃげ、破裂する音を翔の耳が捉えたのは同じ人間だからだろうか。翔も優歌も眼を瞑り悪夢が去るのをひたすら待つ以外に方法は無かった。
「・・・・・・」
どの位時間が経っただろうか。起き上がった翔が目にしたものは瓦礫の山が幾重にも連なる想像もしなければかつて見た事もない、アスファルトが抉られ、茶色の土がむき出しになった荒れ果てた土地だった。
「は・・・・は・・・・!」
N市は跡形も無く壊滅した。
涙と共に乾いた笑いが口から零れる。目の端に呆然と座り込んだ優歌と自分が全身擦り傷だらけなのに気が付いたのは大分時間が経ってからだった。
どの位経っただろうか。10分かもしれないし、1時間かもしれない。翔は牧野琴音の名を呼び続ける優歌の声でようやく我に返った。そして幼馴染の友人を探すのを手伝わなければならないという使命感がこの異常な状況に対する2人の精神的な支えになっていた。
「翔!手伝って!!あの中から声が・・・!?」
「あ・・・ああ!牧野さん!?今助けるから!」
翔は瓦礫の山の中腹のアスファルトを取り除く。その山の内部はU字型の窪地になっていてそこから琴音のすすり泣きと優歌を呼ぶ声が聞こえる。幸いにもこの窪地に蓋をするようにトラックが被さる事で落下してくる瓦礫を押しとどめる形になっていたのだ。
「牧野さん、掴まって!掴まれるか!」
翔は足下の感触と窪地の中の『モノ』を極力意識しない様に大声で叫びながら右手を伸ばす。
「いや、いやあ・・・助けて優歌ちゃん・・・」
「琴音!助けに来たよ!もう大丈夫だから!」
怯える琴音を2人掛かりで引っ張り上げる。
「あ・・・ありがとう、優歌ちゃん、北条くんも・・・」
琴音の声はそこで悲鳴に変わる。彼女は周囲の死体から流れた血で全身血まみれだった。奇跡的に友人も自分も五体満足でたすかった。その安堵が皮肉にも琴音に自分についているのが何の血であるかを理解させ、日常の崩壊した事を告げたのだ。
2099年4月1日 日本時間午前8時
この日世界各地にN市に現れたのと同じ姿の謎の人型ロボットが突如現れ、各地を低空飛行し、N市同様の被害を出し続けながら地球上の各地を飛び回り続けていた。
これに各国の軍隊が出動した。
「あれか?宇宙からの侵略者ってのか?」
「た、隊長!機体が!?」
某国の戦闘機パイロットがその敵ロボットを視認した瞬間戦闘機の制御が利かなくなり突っ込んで来たロボットに激突、パイロットらは悲鳴を上げる間も無く機体と共に運命を共にした。
そのロボットは海上でその戦闘機を発艦させたと思しき空母とその護衛艦を認めると初めて進路を変更する。突如ロボットの右手が光ると銃が出現、空母に狙いを定めると左目がギラ、と発光すると同時に銃から緑の光弾を発射し一撃で空母を爆散させる。その射程距離は某国海軍の、いや某国の持つ通常兵器の射程を超えたものだった。護衛艦はその護衛対象を失っても果敢に砲撃を行ったが、傷一つ付ける事すらできずに護衛対象同じ運命を数秒後に辿ったのだった。
「敵ロボットは機体を中心に半径10kmに重力異常を引き起こしながら手持ちの光線銃を装備、その為我が国の、いや地球上の兵器では全く相手になりません!」
「そんな物が世界各地に100機以上も・・・・奴らはどこからやって来たのだ!要求は何なのだ!?」
生き残った各国の政治家達によって開かれた最後の緊急国連総会は『敵』が人知を超えた異常な存在であるという認識を共有するだけで終わった。正確には終わらざるを得なかったというべきだろう。彼らもまた『敵』の引き起こした重力異常で巻き上げられた建物ごと人生を絶たれてしまったのだから。




