夢日記2025.10.24<どこへ向かっていたのか>
なにせずいぶん昔の夢であるためあまりおぼえていない。
タイトルには十月二十四日と書いているが、嘘だ。実際のところは一週間ほど前なのだろう。しかし、私情が忙しく、なかなかキーボードに手を置くことができなかったのだ。今はスマートフォンのメモ書きを頼りに話を思い出している。
雪景色の中を進む列車の中だった。明確な駅名があるわけではないが、ただ漠然した目的の駅をもって列車に乗っていた。列車の中に人は少なく、皆筒抜けた表情をしていた。窓の外には雪が淡々と落ちてゆき、それに反する列車の中の温かい暖気は私の意識まで遠くへと運んでしまったようだ。そのせいだといってしまえば楽なのだが、目的の駅を勘違いしてしまっていたようだ。次の駅が目的の駅だと思っていたが、実際にはついさっき通り過ぎた駅こそ私の降りなくてはいけない駅だったのだ。
自己嫌悪と一緒に隣の駅で降りると、窓の外だけにいたものが私の体を蝕んだ。それにあらがうこともできず。私の体は生まれたての芋虫のような無力さで縮まった。無機質な電光掲示板は自らの仕事をただただこなし、無表情に次の列車の時刻を表示していた。やり場のない気持ちを遠くに投げ出してみても、視界の先には雪に覆われた田んぼと山しかない。まるで世界に自分だけ取り残されてしまったのではないのだろうかと感じる。そんな無人駅で向こうから何者かがこちらにゆっくりと近づいてきた。
目が悪いからメガネをしているというのに、それでも見えないかの人の顔を目を凝らしてどうにか探る。それは母であった。記憶の中のあの人より何割か縮んでしまっただろうか、寒さの中で死んでしまうのではないだろうかと思ってしまうほどに弱弱しく見ているだけで何かを感じてしまう。
母と私の間がわずか人の身長ほどになったとき、はじめて母は私に口を開いた。
なんで犬を持ってきているのさ
気が付かなかった。なぜだろうか私の手には寒さに侵してはならない温もりが抱えられていた。私の体が芋虫のようになったのはこのためなのだろうか、私は私よりも大切なものを夢の中ですら手放すことを恐れているのか。
しわのよらないほどのしかめっ面を一体いつまで続けていたのだろうか、いつまで母と無言の時間を過ごしたのだろうか、気づいたら列車がけたたましい音をならして雪を追い払った。列車のドアが開くと不快な温もりが私の顔を覆う。求めていたものではないのかもしれない。しかしながらこの中に踏み込まなくては生きては行けぬ。私は列車に乗った。犬も母も消えていた。同時に自分の中のなにか大切なものまでその駅に置いてきてしまったような。そんな気がした。
気が付いたら一か月振りの更新となってしまいました。これでは夢日記とは名ばかりの生存報告ですね。最近急に寒くなってしまいエアコンをつけると自らの喉の脆弱性を身に染みて実感させられましたね。
加湿器を買いました




