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二ツ目落語家小噺 化けて会いたい

 本日も猛暑が続く中、ご足労いただきまして誠にありがとうございます。


 こう暑い日が続きますと、寝苦しいったらなんのでこっちまでもう参っちまいますね。

 今は、エアコンなんて便利なものがありますが昔の人はそうはいきません。知恵を絞ってどうにかしたものです。すだれやら打ち水と直接、暑さに立ち向かったりもすれば風鈴なんてね、風流なもので目でも涼しさを感じるように工夫しておりました。


 他に暑さ対策と言えばね、怪談ですよ、怖い話です。子供の頃、夜暑くて眠れねえなんて喚けば、婆ぁがよく背筋の凍るような話をしてくれたものです。でもね、夜中に怖い話をするものですから暑さは忘れても、次は夜が怖くて怖くてまた眠れねぇと喚くようになり、しまいには厠に行けねぇから一緒に行ってくれと寝ているお袋を起こすものですから幽霊より怖いのが増えちまったりなんかして。


 とまぁ、昔から怖い話というのはいくつもあるものです。もちろん、落語にも怖い噺もございます。その中でも私が好きなのは「死神」というお噺にございます。大変有名な噺でございますからみなさんご存知かと思いますから簡潔にお話しさせていただきます。


 話は、死のうとしていた男が死神に遭遇するところから始まります。学も金もない男に死神は医者をやりなと助言をするのです。


 「病人の足元に死神が見えたらこの呪文を唱えて、その死神を払っちまいなさい。病人の枕元に見えたらそいつはもう助からねえ。この話は誰にも言っちゃいけないよ」


 男は助言通りに医者の真似事をしては金を稼ぎ、その全てを酒や女に使い込みます。すると次第に、医者の真似事で治せる病人がいなくなって気付けばもう金がねぇ。


 そんなところに噂を聞きつけた金持ちが病人を治してくれよと男の前に訪れます。屋敷を訪れ、病人を見ればいます、います。死神が。枕元に。あぁ、こいつぁもう助からねぇ。そいつを見るやいなやとんずらここうとする男に治してくれりゃ遊ぶに困らない金は出すと食い下がります。


 そこで男は閃いた。


 「いいかい?おれが手を打ったら頭を足に、足を頭に勢いよく入れ替えるんだ。ええい、つべこべ言わずにやるんだよぉ。はい。いまだぁ!」


 枕元にいた死神は途端に足元へ。すかさず呪文を唱えます。ぎゃあああと死神は叫んで消えていきます。なんだい、上手くいくじゃねぇか。男は遊ぶに困らないほどの金をもらい屋敷を後にします。


 「お前さん、なんてことをしてくれたんだい!私はお前さんのせいで減俸だよ」


 見ると、あの日呪文を教えてくれた死神がいるじゃありませんか。


 「ところで、お前さん。あそこにたくさん蝋燭が見えるだろう?この今にも消えそうな小さい蝋燭がお前さんのだよ、あれが消えたらおしまいさ」


 どこも悪くもねぇのに死ぬのはまだ早い。馬鹿言っちゃいけねぇ。


 「信じちゃいないね?蝋燭の長さは寿命だよ。お前さんが無茶するからあの病人の寿命とお前さんの寿命が入れ替わっちまったのさ。ほら、もう消えるよぉ」

 「すまねぇよぉ、ついつい魔が差したんだ。もうしねぇし金はあんたにくれてやるからよぉ。だからどうにかならないかい?後生だからさぁ」

 「どうにもならねぇよ。ほら、もう消えるよぉ。消えるよぉ。消えるよぉ。ほら、消えたぁ」


 と言った具合で今紹介させていただきました「死神」というお噺、どうです?こんな暑い夏にはぴったりな少し怖い落語でしょう?


 このお噺は奥が深く歳を取れば取るほど魅力が増すお噺にございます。やっぱりまだ私に芸も色気も足りておりません。簡潔に紹介するのも恐れ多くて下手くそな噺したからあとで死神よりも怖い師匠に怒られやしないか。もう冷や冷やそわそわで、私はすっかり暑さを忘れちまいました。


 さてさて、怖い話というのは不思議な話にもございます。見えないものが見えたり、いないものがいたりと。ですが、どうやらそう言ったものはお話の中には限らないようで、かくいう私にもそういった経験がございます。


 私は、子供には不思議な力があると信じています。そういった力は惹かれ合うものなのでしょうか。私も中坊の時に見たことがあるのです。見えないものが見えたのです。


 私の親父は生まれる前に消えちまいやがって、婆あとお袋と私の3人で暮らしていました。婆あが私を甘やかすものですからお袋は父親代わりと言いますかそれは厳しく育ててくれました。


 そんな厳しいお袋も涙を流す時がございました。婆あが死んだ時にございます。それを見て受けた衝撃は今でも忘れられません。こんな強い人でも涙を流すのか。私が婆あやお袋に甘えてきたようにお袋が甘えられたのは婆あしかおらずこの先お袋は誰に弱みを見せられるのか。弱みを見せられないままずっと生きていくのか。そう思うと私は襟を正さずにはおれませんでした。


 私は少しでもお袋に楽をさせようと思い、中坊ながらも働き始めました。頼れる男になるように。お袋を守れる男になるように。そんな風に思っていたのも束の間、お袋が病気で倒れました。張っていたのが切れてしまったのか。あっという間に病態は悪くなり医者も匙を投げてしまいました。


 あぁ、間に合わなかった。母ちゃん、私は何も返せてねぇよ。と目に涙を溜めては堪え、ハッタリでも立派な男だと見せられるように涙は流さず看病していました。


 すると、お袋は察したのか。


 「あんた、母ちゃんの前では泣いても良いんだよ。一人の立派な男である前に、あんたは私の可愛い息子だろ?」


 と私に言葉をかけながら今にも折れそうな細い身体で私を抱きしめてくれました。そんなことをされちゃ私もひとたまりもありません。堪えていたものが一気に溢れ出し、ガキのようにわんわん泣いたものです。


 腫らした目を擦りながら眠りにつくお袋を見ると枕元に黒い影が見えるじゃありませんか。今思えばあれが死神だったのかもしれません。

 私は怖くなってついつい目を逸らしてしまいましたが、逃げた目は惹きつけられるように黒い影にむけられてしまいます。


 黒い影をよく見るとその顔は婆あでした。黒い影は私に微笑みかけると消え、お袋も同時に事切れてあの世に行っちまいました。


 私はあれは夢かと思いましたが、現実だと思うようにしています。あれは死神がお袋を連れ去ったのではなく、婆あがお袋を迎えに来たのではないかと思うと心が軽くなるのです。


 ああ、どうか私の迎えは母ちゃんが来てくれよ。化けて会いに来ておくれ。私が迷わないように迎えに来ておくれ。


 そう、私は今日も死神様にお祈りするのです。また会えるのはまだ先のことかと思いますが、たまには足元ぐらいには出てきてくれてもいいよ、なんてね。


 以上、私の与太話にお付き合いくださりありがとうございました。

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