プロローグ
ジョゼフ・ブローニュ視点:
ラ・ボエシエール学院に初めて足を踏み入れた瞬間のことを、今でも鮮明に覚えている。
大きな鉄の門が僕の頭上に聳え立ち、まるで「入ってみろ、価値があるなら証明してみろ」と挑んでいるようだった。
15歳の僕は、緊張と期待が入り混じり、まるでぎゅっと巻かれたバネのように胃の中で絡み合っている。
「よし、ジョセフ。いよいよだ」
と自分に呟きながら、フェンシングジャケットのサッシュを直す。
黒人女性の召使と白人男性の没落貴族との間に産まれたのが僕、サン・ジョルジュって名のグアダループ島にある父の経営していたプランテーションのジョセフ・ブローニュだ。
フランス本土にやってきてから本当にこの空気に直ぐ馴染んできて、周りから奇妙な視線を浴びせかけられながらも何とか前向きにとらえた僕は変わらずにヴァイオリンの練習も欠かせないし、フェンシングの鍛錬も独学だがやってきた。
空気はほんのり磨き込まれた木材の香りと汗の匂い、そして歴史の重みが混ざり合っている。この場所にふさわしい香りだ。
中庭は学生たちの活気で溢れていた。
フットワークの練習に励む者、オークの木陰で気楽に談笑する者もいる。しかし、僕の視線はすぐに中央ホールへ向かった。そこには、ニコラ・テクシエ師範が待っているはずだった。彼は鉄のように厳しいと噂されるが、一流の才能を一目で見抜くという。
僕が一歩踏み出したその時、鋭い声がざわめきを切り裂いた。
「新入りだからって調子に乗るなよ」
横を見ると、柱にもたれかかる一人の少年の姿。
短い髪、鋭い目つき、その表情は冬のセーヌ川を凍らせるほど冷たい。
多分僕と同じくらいの年齢で、ビシッと整った制服を着ている。その姿は…まるで騎士のような佇まいだった。
「誰だ?」
僕は笑みを浮かべて言った。
「もう挑戦か?」
その少年――いや、騎士っぽい男の子は冷たい青い瞳を光らせてニヤリと笑ったが、その笑顔には温かさがなかった。
「俺はデオン。理由なく挑戦はしない。でもここで一番になるつもりだ」
握手をするように手を差し出されたので、僕も続いてその手を握って挨拶に応じた。
彼の視線は、「ついてこれるか?」と言ってるようなものだ。
僕もつられて微笑んだ。
「ジョセフ・ブローニュだ。よろしくな。一番の座を欲しければ、僕から奪ってみろ」
その時、テクシエ師範の大きな声が響いた。
「新入生たち、集まれ!今日からお前たちは剣士、そして剣士たちの旅路の始まりだ――!」
彼は意味深にデオンを見つめながら声を張り上げた。
僕もデオンの目を見返すと、その冷たい壁が一瞬だけ柔らかくなった気がした。
一日があっという間に過ぎ去った。
脚が燃えるようなフットワークの稽古、指先が痛くなるほどの剣技の練習、そして名誉、技術、剣の精神についての終わりなき講義。デオンは影のように常にそばにいて、すべての動きを不気味なまでに正確に合わせてきた。
昼食時、やっと話す機会が訪れた。噂通り、彼は女性かもしれない。
「あまり話さないね...」
僕は投げられたリンゴをかわしながら冗談めかして言った。
かすかな笑みを漏らした『彼』。
「話す必要はない。俺の刃が語るから」
僕は感心して頷いた。
「なるほど。でも僕も手加減はしないからな」
その直後、僕たちは軽く手合わせをしてみた――!
カ―――!キ――ン!
午後の光の中で刃が鐘のように鳴り響く。
激しい戦いに人だかりができた。
二人の天才、二つの新星。
「はっ!やるじゃないか、お前!」
「君こそ!」
一撃一撃が会話であり、挑戦であり、宣言だった。
その決闘のリズムの中で、思いがけないものを見つけた――!それは尊敬、いや、友情かもしれない......
しかし最後の一太刀の前に、陽は沈み、僕たちは頷き合って別れた。
これは始まりに過ぎないと知るライバル同士として。
その夜、思ったよりも早く眠りに落ち、僕は別の場所にいた。
夢の中、広大な戦略室には地図が広がり、蝋燭が柔らかく揺れていた。
僕の前には一人の金髪の女性が立っていた。王族の風格を漂わせ、月のかけらのように光を反射する銀の冠をかぶった王女らしき者だ。そして、その美貌も感嘆を誘う程に!
その鋭い瞳を覗き見ると、確かに熱い知性を宿ってることも窺えた。
「ジョセフ・ブローニュ、あなたはまだ私を知らない。でもすぐに知ることになるでしょう。...これからの戦いは、あなたにすべてを求める」
言葉を発しようとしたが、何も出なかった。
彼女は近づき、視線を逸らさず言った。
「あなたの剣だけでは足りない。心と頭で戦うことを学ばなければならない。愛する者を守る強さはありますか?」
部屋が脈打つように感じた――!まるで僕の鼓動と重なって...
「アメリア王女…」
やっとのことで言葉を絞り出した。
どこでその名前を知ったか分からないが、何とくなく口をついて出てきたって感じで......
彼女は微笑んだが、その微笑みには悲しみが滲んでいる。
「この瞬間を覚えていて。剣が歌う時、魂もまた歌わねばならない」
そして彼女は消え、わずかにジャスミンの香りと使命感だけを残した気がする。
「ふぅー」
息を呑んで目覚め、心臓が激しく鼓動している。しかしこれはただの夢ではないと確信した。
約束だ。挑戦だ。
......明日から、本当の旅が始まるのだ。
「僕、絶対に自分の事を周りに知らしめる!自分が如何に優秀であることかをー!」
父からの助言を胸に、明日に向けて意気込んでいる黒人ハーフの『フランス人』である僕だった。
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