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聖女はお寿司が食べたい

「あぁ――お寿司が食べたい」


 空になったお皿を前にして私は呟いた。


 学校の帰り道、ひょんなことから異世界転移というものをしまして。

 飛んだ先で聖女というものに任命されました。


 城に留まり星の安寧の為に祈ってくれと言われて断ろうとしたけれど、出されたご飯が美味しいから祈ることにした。

 この星の為ではない。

 この美味しい料理を作ってくれる料理人の方々、並びに料理長の為に祈るのだ。


 祈り始めて一週間と少し。

 今日も三食、とても美味しいご飯には感謝しかない。

 食文化は元居た世界と大差がなくてとても助かる。

 今日の夕ご飯のビーフシチューと、生ハムとチーズが乗ったフランスパンは美味しかった。


 実に残念なことだけど、この世界には魚を生で食べるという概念がないらしい。

 だからお刺身を食べる習慣もなくて、一度お寿司の説明をしたらめちゃくちゃに引かれてしまった。

 生ハムはあるのに生魚がないなんて、そんなのおかしいですよ。

 ちょっと塩漬けにして加工してあるかしてないかの差じゃないですか、そんなの。

 悲しいのと悔しいので祈るのやめよっかな~と思ったけれど、その日のお昼に出されたオムライスが美味しかったので祈った。


 だがしかし私は日本人である。

 和食、取り分けて寿司が無性に食べたくなるのも無理のない話だろう。


「まぐろ、はまち、ぶり、鯛、オニオンサーモン、生えび、かに……お寿司、食べたい」


 つぅ、と私の頬を一筋の涙が伝ったかどうかは定かではないが、相当苦悶の表情を浮かべていたらしい。

 側に控えていた執事のオジサンとメイドのお姉さん達が慌てふためいた。

 混乱を招き申し訳ないと思いつつも、今の私は寿司のことしか考えられない悲しき寿司マシーン。

 私は立ち上がり、執事のオジサンの側へ寄った。


「執事さん、あのですね」

「は、はい。いかがなされましたか」

「ここの料理長に会わせて欲しいんだけど、無理ですか?」


 どこぞやの威圧的な美食家にならないように最大限発言には気を付けたけど、料理長に会わせろって台詞が出る時点で大分駄目な気がするね。

 しかしこの美味しい料理を作り出せる料理人の方々をまとめる料理長であれば、寿司だって作れるに違いない。

 そう、寿司ってものを知らないだけなんだよ、みんな。

 私が教えるしかない。そう、私は寿司を広める為にここにいるんだよ。

 異世界寿司伝道師。これだ!


 執事のオジサンが上の人たち(祈りのサポートをしてくれる司祭のリーダー的存在)に掛け合ってくれて、料理長の元へ行く許可を得た。

 この世界の人々は基本的に優しいので、頼みごとをすると快く聞いてくれる。

 でも家に帰りたいだけは聞いてくれない。そこんところはシビアである。



 執事のオジサンから厨房の場所を聞いて、早速尋ねてみる。

 私だけではなく、この城に住む司祭さんや使用人さんたちのご飯を作る場所なだけあって、その規模はとても大きい。大規模給食センターみたい。


「すみませーん、聖女です。料理長さん、いらっしゃいますかー?」


 本名よりもこっちのほうが通りがいいかと聖女を名乗った。

 両開きの扉を押し開けながら、中を覗き込む。

 戸を開けた先には真っ白な壁の様なものがあって、私の頭上に影が落ちた。


「あぁ、アンタが聖女か」


 頭上から声を掛けられて頭を上げる。

 どうやら壁かと思ったものは男の人の胸板だったみたい。

 声色は大分低く、年齢は見た感じ二十代前半って感じがする。

 コックコートに身を包んだ短髪黒髪の男性は、鋭い目つきで私を見下ろしていた。


「話は執事長から聞いてる。料理に文句あるンだってな?」

「誤解です! 感謝しかないですって! 他所者の私に、いつも美味しいご飯をありがとうございます!」

「お、おう……いや、それなら良いんだが」


 誤解が解けたところで私は本題に入った。


「今日、料理長に会いに来たのは他でもありません。お寿司を作りませんかと誘いに来たんです」

「オスシぃ……? 聞いたことねェな」

「神秘の国日本が生んだ伝統的な料理です」

「二ホン……? あー……、もしかしてアンタのいた星か国の名前か」


 うんうんと頷くと、料理長は困ったように頭をがりがりと掻いた。


「そうなりゃ、こっちには文献もなんもねェな。材料は?」

「白米と魚です。白米はお酢や砂糖ですし飯にして、魚はお刺身にして握ったすし飯に乗っけるんです!」

「米は分かったが、オサシミってのはなんだ」

「生魚を捌いて皮を剝いで、身をそぎ切りにした状態ですね。醤油を付けて食べると美味しいんだぁ~」

「腹、壊れねェのか。生で食うってのは大分危険な気がするが……」

「お刺身にして食べるのは新鮮な魚だけだから大丈夫なんだと思う……です」

「気ィ使わなくていいぜ。喋りやすいようにしな」

「あざっす。で、どう? 魚は捌けるんだよね? だったら刺身も出来るんじゃない!?」


 期待に胸を膨らませて、思わず気持ちが前のめりになってしまう。

 料理長は真面目な顔をして黙り込んでしまった。

 考え込んでいる顔をじっと覗き込むと、その瞳が(つや)やかな黒曜石のようでちょっと見惚れる。

 睫毛も男の人にしては長い。全体的に整った顔つきで、カッコいいんじゃないだろうか。

 だが、今はイケメンよりも寿司だ。


「……オサシミに関しては鮮度の高い状態……つまり生きたままを捌けば何とかなるか」

「今の魚料理に使ってる魚は? おとといの白身魚のソテー、美味しかったです。ご馳走様でした」

「ありゃあ、最初から焼いて調理する用だ。業者が生け捕った魚を、現場の風系魔法使い達が捌いて切り身状態にしてる。そンで、同じく現場の氷系魔法使いたちが速攻冷凍魔法で凍らせる。こっちはそれを解凍して使ってるンだ。オサシミ向きじゃねェな」

「へぇ、魔法ってそんな使い方されてるんだ」

「魚は業者に話を通す。先に米だな。スシメシだったか」


 料理長が親指で背後を指差す。背後にあるのは調理場だ。

 私は察した。これからこの世界に寿司をもたらす記念すべき第一歩が刻まれるのだと――!


「エプロンお借りしまぁす!」

「手ェしっかり洗えよ。消毒も忘れるンじゃあねェぞ」

「押忍!」


 着ている服の上からコックコートを羽織り、私は準備を整えた。

 私は別に料理を作るのが好きってわけではない。食べるのは好き。

 だけど今、このコックコートに袖を通してとってもドキドキしているのは事実だ。

 慣れない聖女業務をこなした後の疲労感もすっかり吹き飛んでいる。


 清潔感漂う広々としたカウンターを前にして、私は料理長の隣に立った。

 料理長は今日の残りの米だと言って、大きな釜の中から銀のボウルの中へお米をよそった。

 この、米というものがこっちの世界にもあって助かった。

 どんなに食事が美味しくても、米がなければ無理です。何をしてでも帰るよ、私は。


「生の魚に合う、酢の入った米ねェ……色々試すから、味見任せた」

「任せてよ! とはいえ、私も別にそこまで詳しいってわけじゃないんだけどね」


 それから私達はすし飯を作るべく、試行錯誤を重ねた。

 味が薄すぎたり濃すぎたり、酸っぱすぎたり、甘すぎたり。

 ふとお母さんがちらし寿司を作るときにお米を扇いだりしていたことを思い出して伝えると、料理長は米を温めてくれたりもした。

 丁度いいバランスを探りながら、私はこれだ! というところで声を上げる。

 料理長はサラサラとメモを取りながら、出来たすし飯をスプーンですくって口に放り込む。


「……成程。これに生魚を乗っけンのか」

「そうそう! これをね、こうして……」


 薄手のビニール手袋を付けた私は、手の平にすし飯を乗せた。

 寿司を握る職人のイメージで米を握ってみるが、どうにも不格好だ。

 大きさのイメージ的なものは伝わるかもしれないけれど、なんかこう……堅そう感がいなめない。

 くっ、ここにお米を投入しただけで握ってくれるシャリロボットが居てくれれば……っ!


「あー……、こうか」


 おもむろにビニール手袋を付けた料理長も、米を摘まんで手に乗せる。私と違い、揃えた指の関節部に乗せていた。

 優しく転がす様にしながら形を整えるその手付きは、男性の骨ばった手ながら繊細さを感じさせる。

 スッと置かれた米はまさに握られた寿司の形をしていて、私は大いに感動した。上に乗ったお刺身の姿が見える。見えるよ私には!


「こっ、これぇ~……!」


 久方ぶりに見た寿司(米のみ)に思わず感激していると、隣で料理長が声を上げて笑った。


「アンタ、余程オスシってやつが好きなんだな」

「そりゃあ好きだけど、何ていうのかな。元々親しんでいた味だから、無いと分かれば余計に食べたい! ってなるやつ?」

「故郷の味か。そうだな……アンタはわざわざ俺達の星の為に祈ってくれてるンだ。どうにかしてオスシってやつを食わせてやる。約束だ」

「りょっ、料理長……! ありがとう! 楽しみにしてる! お寿司の完成を祈るね!」

「いや、星の安寧を祈ってくれ」



 それからの日々、私は祈った。

 変わらず美味しい料理を作ってくれる料理人の方々と、寿司を作る為に試行錯誤してくれている料理長の為に。

 そして一週間ほどが過ぎた頃。

 椅子に座って夕ご飯を待つ私の元に、料理長自ら食事を届けに来てくれたのだ。


「よう、待たせたな」


 どこか晴れ晴れとした顔つきの料理長に、私は即座に察した。

 いよいよ来たのだ。この時が――!


 料理長が手に持つ平べったい銀のお皿には、銀色の丸い蓋がされている。

 それを私の前に差し出して、料理長が慣れた手つきで蓋を取った。

 世界がスローモーションの様になる。

 私は息をのんだ。現れたのだ。寿司が。


「お寿司だ……」


 合計十貫。

 握られたお米の上に乗る、赤みのお刺身に白身のお刺身。それとなんか良く分かんないマーブルカラーのお刺身。イカみたいな透明感のある真っ白なお刺身に、タコの吸盤の様なものが一面にドーンッと乗っかっているものもある。

 一部怪しいとはいえ、まごうことなく寿司である。

 私は震えた。異世界でも寿司は食べられるのだという結果に――!


「どうだ。アンタの言うオスシになってるか?」

「うんっ、うんっ! どこからどう見てもお寿司だよ……! ありがとう、料理長!」

「礼は食べてからにしな」

「そうだねっ、いただきまぁーす!」


 小皿に注がれた醤油のような液体を寿司へ掛ける。

 箸が存在しないので、ナイフとフォークを使って口に運んだ。

 舌に触れたお米と刺身を、私は万感の思いを込めて咀嚼した――。



 これを切っ掛けに、聖女の故郷の味として寿司が幅広く知られることとなる。

 城の中では寿司が大流行し、それを来客にも振舞ったことで城の外にも知られていった。

 今や世界中が寿司で湧き立っている。


 そんな中でも、私は今日も変わらず祈りを捧げていた。

 やっぱり美味しい料理への感謝がメインだけど、今では異世界の食文化も受け入れてくれるこの星の人々の為にも祈っていたりする。


「お勤めご苦労さん。今日のおやつ持って来たぜ」


 寿司の一件以来、料理長はよく私の元を訪ねてくるようになった。

 私の世界の食文化は、こっちの世界の人からすれば異世界の食文化になるので興味もあるのだろう。どうやらこっちの世界には和食文化が無いらしく、料理長はとっても興味深そうに私の話を聞いてくれた。

 私も、自分の世界の話が出来て凄く嬉しい。

 あれが美味しい、これが好き。

 そんな話をしていると、次第に料理長は再現料理と称して私が語った料理を作ってきてくれるようになったのだ! やっぱり食大事。聖女業務のやる気も出るってもんよ。


「どうもどうも。って、これもしかして苺大福!? 作ったの!?」

「この間、食いてェって言ってたろ。アンタの話から再現したもンだから、違ってても文句言うなよ」

「言わない、言わない! いやー、もう料理長、店開こう、店。あ、でも店開いたら料理長のご飯食べられなくなるのか。それは困る」

「開かねェよ。……少なくとも、アンタの任期が終わるまではな」

「そうなの? あぁ、じゃあ、意外と聖女っていうのも悪くないかも。ずっと美味しい料理食べられるなら、有りだね、有り」

「ハッ、アンタ、歴史に名を刻めるぜ。オスシを広めた食いしん坊聖女ってな」


 悪戯気に笑う料理長の顔を見つめながら、私は苺大福にかじりついた。

 苺っぽい果物の甘酸っぱさと、もちもちした皮、そしてあんこの様な豆の甘さに幸せを感じるのだった。


 

 おしまい

ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

勢いで書いているので、料理関係の細かいところには目を瞑ってもらえるとありがたいです…!

面白いと思っていただけたら、評価・お気に入り登録をしていただけると嬉しいです。

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