今年も咲いたオーフェリエの花。アマーリアを苦しめた連中を亡き者にし、地獄へ突き落とした。私は妻を愛している。
ディフェリル・コルディ公爵は32歳。歳の離れた美しい妻がいる。
アマーリアは9歳年下の愛しい妻だ。
真っ赤なオーフェリエ。血のような赤い花を咲かせる。王国の貴重な花。
ディフェリルは、妻がこだわるこの花を、公爵家の庭に植えた。
そう、結婚してすぐ、5年前からである。
今年も美しく公爵家の庭で赤い花を咲かせる。
その花を懐かしそうに見つめる妻、アマーリア。
でも、私は妻の関心が花の下にある事を知っている。
愛し気に、でも寂し気に花壇の土を撫でるアマーリア。
そう、あの嵐の日、自分と正式に婚約をした日、アマーリアはディフェリルに泣きながら縋ったのだ。
アマーリアは婚約者であったヴィクトルを愛している。15歳の歳に婚約を結んで、二人は良好な関係を築いてきたそうだ。
だが、二人が18歳の時にヴィクトルは王立学園でエリスと言う平民の特待生と恋に落ちて、アマーリアを捨て、婚約解消したのだ。
その時のアマーリアの悲しみを思うと胸が痛い。
どれ程、傷ついただろう。
アマーリアと公爵家の客間で二人きりでお茶を飲む。
アマーリアの両親トレド公爵夫妻には婚約を結ぶ立ち合いを願った後、帰って貰った。
外は雨が降って来て、窓に激しく叩きつける。
風が強くなり、窓を揺らして。
アマーリアは泣きながら言ったのだ。
「わたくしは、ヴィクトル様を愛しているの。彼と出かけたデートやお茶会。彼がわたくしを愛していると言ってくれた言葉。沢山の手紙。全てが愛しい。それなのに、彼はわたくしを裏切った。エリスと言う女と恋に落ちて。許せない。ねぇ、お願い。彼を殺して。彼を殺してわたくしの物に永遠にしたいの。エリスなんかに渡さない」
驚いた。婚約者になった私にこのような事を頼む女だったなんて。
でも、同時に好ましく思った。
貴族の女性らしからぬその願い。
公爵夫人に君はなるのだろう?それなのに、こんな激しい心を持っていたなんて。
アマーリアの姉、レティシアとは顔見知りだ。
レティシアは邪魔者は許さない冷酷な女だ。
夫のリフェル公爵は、そんなレティシアに惚れ切っている。
リフェル公爵とは親友の仲だ。
そんなレティシアに頼まれたこの婚約。
レティシアは妹の事になると甘くなる。
私は現在27歳。3年前に婚約者であった令嬢を殺した。聖女のように優しいと評判だったその裏で色々な男と浮気をしていて、邪魔に思った。毒を盛って病死に見せかけた。愛していたかって?単に世間体を気にして婚約しただけの女。いい気味だ。
私は恋とか愛とか解らない。
だって、殺した女を愛していなかったから。
でも、アマーリアは、愛しているからヴィクトルを殺してと言う。
「殺してやろう。そして、庭に花壇を作るんだ。オーフェリエの花壇を。それを彼の墓にしようじゃないか。永遠に彼が手に入る。それでよいだろう?」
「貴方はそれでよろしいのですの?わたくしがヴィクトルを愛でていても構わないと」
「構わないよ。私は愛とか恋とか解らない。ただ、そろそろ世間体がね。だから、婚約した後、結婚しよう。私は気持ちに素直な君が気に入ったよ」
そう、気に入った。当初はそんな気持ちだった。
ヴィクトルを誘い出し、信用できるものに殺させた。ヴィクトルはどうしてって顔で、森の中で無言でナイフで心臓を一刺して殺されたそうだ。そして、コルディ公爵家の庭に埋めた。オーフェリエの花の苗をその上に植えて。花壇を作った。
アマーリアにヴィクトルの事を報告した。
コルディ公爵家の花壇を見せた。まだ苗を植えたままの花壇。
アマーリアは、
「ヴィクトル様はどこへ埋めたの?」
「ここらあたりだ」
花壇の端の、手前に彼を埋めた。
身を屈めて、涙を流すアマーリア。愛しそうにその土を撫でていた。
胸がざわざわする。私はアマーリアの願いを叶えてやった。
何故、胸がざわざわするのだ?
二人で部屋に戻り、お茶を飲む。
アマーリアは一言、
「エリス、あの女も許せない。女性はね。盗った女の方に憎しみが行くのよ」
そう言うと思っていた。エリス。ヴィクトルを盗ったあの女をアマーリアは許しはしないだろう。
「ああ、あの女も始末させよう」
「殺さないで。殺す以上の苦しみを与えて」
どんなに、あの男を愛していたのか。その心が我が痛みのように突き刺さった。
何故だか解らない。私は愛とか恋とか知らないはずなのに、何故、アマーリアがあの男に裏切られた苦しみや、どんなにあの男を愛していたか、その心が我が痛みのように突き刺さるのだ?
私はこの女に興味以上の関心を、会った当初から持っていたというのか?解らない。
それとも、私の前の婚約者の事を思った以上に心に傷を負っていたのか?
裏切られるという苦しみが私の心を抉っていたと言うのか?
自分の心が解らないまま、信頼できるものに命じて、
エリスと言う女をさらって、過酷な環境の娼館に売り払った。
揺れる心。アマーリアの激しい心に接するたびに興味深いと思って見ていたはずが、アマーリアの激しい心に接していくうちに、彼女の痛みが心を抉る。
5年過ぎて、結婚生活は順調で。
妻は普通の夫婦のように、寝室で愛し合い、公爵夫人の社交をこなし、領地の為に働く私を助けてくれる。
ああ、今は……
妻が花壇の土を愛しそうに撫でるのを見るのが辛い。
オーフェリエの花を見る度に、いつの頃からだろう。
胸に嫉妬の炎が灯るようになったのは。
これが嫉妬だと解ったのは。
愛しているよ。と言えば、アマーリアは愛しているわと返してくれる。
でも、それは私を気遣っての事。
いっそ、花壇を壊してしまおうかと、ふと衝動的に思う。
いっそ、愛している。君の事を愛している。だから、過去の男を忘れてくれ。
そう言えたらどんなに良い事か。
「アマーリア。綺麗な花が今年も咲いたぞ。見においで」
「まぁ、今年も咲いたのね。昔は嫌いだったけど今はとても好きよ」
「毎年、それを言うね。嫉妬してしまうな。これからも君が望むことは叶えてあげるよ。私は君の事を愛している」
「有難う。わたくしも貴方の事を愛しているわ」
妻が愛しそうに花壇の土を撫でる。
ディフェリルは背後からアマーリアを抱き締めた。
「これからも君の願いは何でも叶えてやろう。私の事も少しは見ておくれ」
「ディフェリル様?」
「君はずっと忘れられないのだろう」
「ええ、今でも愛していますわ。ヴィクトル様を。いえ、ヴィクトル様の思い出を愛しているのかもしれませんね。あの女が現れる前の楽しかった日々を。でも」
立ち上がってアマーリアはディフェリルを抱き締めてくれた。
「わたくしは、貴方の事を愛していますわ。わたくしの現在は貴方と共にあるのだから。貴方はわたくしの願いを叶えてくれた。貴方が望むならわたくしは」
「いいんだ。君のその言葉が聞きたかった。思い出は棄てることは出来ないだろう?オーフェリエの花が咲く時位は、思い出に浸るがいい。それを許すよ」
「有難う。ディフェリル様」
愛しいアマーリアに口づけする。
花壇の下のヴィクトル、見ているか?
私はアマーリアと幸せに暮らしている。
アマーリアを苦しめたお前は冷たい土の下。
お前の愛した女は地獄で苦しんでいるぞ。
アマーリア。愛する妻の為なら、これからも何でもしよう。
私はアマーリアの事を愛しているよ。
オーフェリエの赤い花が華やかに咲いている。
まるでその色は血のようで。
揺れるオーフェリエの花の傍で、ディフェリルは愛しい妻を抱き締めるのであった。
某騎士団員の会話
「あそこの公爵家は怖すぎる。情報部が総力を挙げて調べた結果、どうもヴィクトルは亡き者にされたらしい」
「貴族社会ではよくある事だ。今回は関わらないで、別の屑の美男を探しに行こう」
「どこかに美男の屑はいないか?情報だ。情報っ」