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9/22

9-ツアーの終了

 ――――カッ……、カッ……、カッ……秒針の動く音がする。


僕は少し恐怖しながら、薄目を開けた。

そこは、いつもの応接室……普通にコーヒーを飲む社長と黒装束のミケ、椅子に座ったまま眠っている村坂さんがいる。いつの間に戻ってきたんだろう。ミケに言葉をかけられて笑った次の瞬間、また濃霧に包まれ、気が付けば応接室だった。


ただ、本棚は降りたままだ。

壁画とドアが、まだそのままそこにあった。

僕はまだ自分が正気じゃないような気がして、自分の頬を両手でパンパン!と叩いてみるが、やっぱりこれは夢ではなさそうだ。


「これ、終一よ……危ないところであった……。 たとえ新入社員に期待するとしても、これは少々やりすぎなのではないか? しかし、悪魔と戦って去らせるとは、敬祐は、さすが我が社に呼ばれた者ではあるのう……」

ミケは社長に話しかけている。いつもは元気よく「シャチョー!」なのに、今は呼び捨てだ。この二人の関係性は、本当によく分からない。


「はは、そうだね。少し興味と期待が過ぎたようだ。 でも、結果的にうまくいったんだから、いいじゃないか……」

社長は眉ひとつ動かさずそう言うと、冷めたコーヒーを口に含む。


村坂さんに目をやるが、ピクリとも動かない。まさか……死んでる? と思い口を開こうとすると、社長がそれを静止するように僕に言う。

「死んでないよ、眠っているだけだ」

やっぱり社長は僕の心の中が見えているんだろう……、僕はここでハッキリ感じた。ここに来てから、いつも僕が聞きたいことなどは、先回りして社長が口にする。


「社長……」


「ん? どうした……」


僕はここから先を心の中で質問してみた。


(あなたは……僕の心の中が見えているんですか?)


真剣な顔で社長を見て、心で問いかける。


「……ん?」


社長はキョトンとした顔をして、言葉を返した。


「なんだ、トイレかい? 我慢せずに行っておいで」


僕はガクッとなった。いや……、わざとかもしれない。本当は聞こえているけど、はぐらかされているのかもしれない。僕は、再度真剣な顔で心の中で質問を続ける。


(あなたは……僕の心の中が見えているんですか?)

(あなたは人間なんですか?)

(あなたは魔法が使えるんですか?)

(ミケの本当の姿はどれなんですか?)

心の中で聞きたい言葉を並べてゆく。


社長の顔が、さっきよりもっとキョトンとして、僕を見ている。だけど僕は……そんなものには負けまいと、もっともっと真剣な表情で社長の目を見て、心で質問を重ねた。


……暫くすると、予想外の社長の答えがあった。


「そんなに見つめられると……なんだか照れてしまうな……」

「嘘だ!! 僕の心の声、聞こえてますよね!?」

僕はあからさまに頭を抱えながら、思わずツッコミを出さずにはいられなかった。


「心の声など聞こえないよ。 まぁ、確かに……睨みたくなるよね。 なんの知識も持たずに、時間旅行に連れて行ったのは申し訳なかった。最初はびっくりするよね……、ちゃんと話せばよかったね」

「嘘だ!」

僕は更にツッコミを入れてしまう。


「終一は、心の声など聞こえてはおらんよ……、聞こえるのはわしじゃ……」


ミケがいきなり会話に入ってきた。


「!?」


僕はミケを三度見ぐらいした。


「わしには、心の声が聞こえておる。 ……しかし、終一は勘がいいだけで、心の中の声は聞こえておらぬ。ついでにお主の疑問にも答えてやろう……。わしは元は悪魔の使い魔であった。元々の姿は猫で差し支えないが、悪魔に裏切られ、神に助けて貰った者。終一は堕天使じゃ……。神に逆らい追放されたが、再度神に仕えるため、神からの宿題として人間を助けなければならぬ身。そして、こやつがあまり食事をせぬのは、人の夢を喰らっておるからじゃ。二人とも、悪魔や幽霊が見えておる。だが、倒すことは出来ぬ。わしらは契約によって結ばれ、離れることはできぬのじゃ……」


「えっ!? 社長とミケって付き合ってるの!?」


僕は咄嗟に口を挟んだ。


「ゴホ、ゴホッ……!! 何を言い出すかッ、この愚か者!! ……恋仲ということではなくっ!! 神との契約によって二人で人間の夢を叶えておるのだ!! 今はこれぐらいでいいじゃろう……!? さ、これが答えじゃ……!」


ミケは言い終わると、プイと背中を向け、窓の外を見ている。

僕は呆然となった。え……? ミケは悪魔の使い? 神様に助けられた? 社長は堕天使? 頭の中どころか、目の中まで「?」でいっぱいだ。社長は横でくすくすと笑っている。


 そうこうしていると、僕たちの声で起こしてしまったのか、村坂さんの目が覚めたようだった。


「ん……、うぅ…………」


村坂さんは、しばらく目を伏せていたけれど、やがてゆっくりと口を開いた。


「……全部、覚えてるよ。夢みたいだけど、はっきりと」


社長は頷いた。あれは夢ではなかった。

社長は夢を使い、僕と悪魔の戦いも村坂さんに見せていたようだ。

過去に戻り、真実を見た記憶――それは、もう村坂さんの一部になっている。


「あの時、俺は……確かに、包丁を持ってた。 健太を疑って、殺そうとした。 そのあと、目の前が真っ赤になって、他に何も見えなかった」


社長が続ける。

「けれど……健太さんは、毒を盛っていませんでした」

「ああ、分かってる。 ……あんな優しいやつが、そんなことするわけない。 わかってたはずなのに、認められなかったんだ」

村坂さんはカップを両手で持ち、わずかに震えた指で冷めたコーヒーを口元へ運ぶ。その手の震えが、どれほどの後悔を語っているか、僕にはわかる気がした。


「十和子のことも……うすうす気づいてたよ。けど、見ないようにしてた。 あれは“嘘の家庭”だったんだな。 でも、嘘でも、崩したくなかった。しかし、本当に俺は自分では何もできなかった。 ……情けないがね」


「誰だって、崩したくないものを抱えてます。 崩れてからでないと、本当の形に気づけないことも」

社長が答えを返した。


「……君は、全部見たのかい?」

「いいえ、全部見たのは、うちの社員の敬祐です」

「そうか……。 だったら、敬祐君、一つだけ聞いていいか?」

「はい」

「俺があの時、包丁を振るってたら……どうなってたと思う?」


「健太さんは、村坂さんを赦さなかったでしょう。 そして、村坂さん自身も、二度と自分を赦せなかったと思います。 奥様にも恨まれて、たぶん崩壊の道を歩んだと思います」


村坂さんは、静かに笑った。それは苦いけれど、どこか安堵の混じった笑みだった。

ため息をつきながら村坂さんが僕に向かって話す。


「選ばなかった未来ってさ、思ったよりずっと“重い”ものだな」

「はい。 でも、“捨てなかった未来”も、ちゃんと残っています」

「あいつに……、健太に、ちゃんと謝れるかな」

「覚えていないと思うので、謝らなくていいと思います。 ただ、次に会うとき、いつもの兄さんでいられるなら、それで」


村坂さんは目を閉じて、小さくうなずいた。


「えと、あとは……。奥さんが先に亡くなったのは、悪魔が約束を破った奥さんを恨み、殺したからです。でも、僕きっとそうなるんじゃないかと思って、奥さんに小さな魔法をかけておきました。魔法は初めて使ったんですけど、ちゃんと効いて良かったです」

「そうか。そうだったのか。途中から毒がなくなって良かったし、十和子が急死することもないとしたら、今日帰ったらきっと家にいるんだろうね。本当に有り難い限りだ……」


「……敬祐くん。 君、ただの案内人じゃないね」

「初めての仕事だったので、そう言われるとビックリです。有り難うございます。」


村坂さんがまた目を開けたとき、その瞳にはわずかに光が戻っていた。


「ところで、今回のツアー、全部でいくらかね?」


社長がコホンと空咳をして言う。


「悪魔との戦いもございましたので、全部で10億円程になりますが、お支払いできるのはおいくらですか?」


「10億? そりゃあ随分ふっかけて来たなぁ。 いいよ、分かった10億支払おう。妻が生きているだけでも、その価値はある」


村坂さんはケラケラと笑いながら、「また案内状を出してくれ後日支払いに来る」と言い残して帰って行った。


村坂さんとの対話が終わり、静かに応接室に沈黙が戻る。

僕が、そっと空になったコーヒーカップを持ち上げようとしたとき、背後から社長がぽつりと声をかけた。


「ねえ、敬祐」

「はい?」

敬祐は立ち止まった。


社長が言う。

「――赦しを助け、見届けたことが、奥様の未来を変えたんだ。魔法まで使えるとは恐れ入った、僕よりも強いじゃないか。ははは」


社長は続ける。

「だからね。これからも、”誰かの未来”を、ちゃんと見てあげられる人でいてくれ」

「分かりました。 頑張ります」

僕はそう言って頷いた。


「魔法はミケから貰ったんです」

「そうだったのか、魔法は精神修行が大切だから、無駄にしないようにね」

「はい、まずは掃除で手を使わずにやれることを目指してみます」

「ふふふ、期待しているよ」


「そういえば、明日もお客さんが来るよ。 明日は13時15分頃来るから、早く来なくていいよ」


社長はそう言うと、僕の肩をポンポンと叩き、くつくつと笑いながら本棚のスイッチを押し、応接室を元に戻した。

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