22-敬祐の冒険、悪霊だらけの電車
僕が用意を済ませ、玄関に出ようとすると、幽霊達が止めてくる。
外はそんなに危ないんだろうか?でも、僕にも自由が欲しかった。
幽霊達を振り払って外に出ると、外は秋のような気温で過ごしやすかった。
まぁ今は10月だし、何も心配することなどないんだけど。
駅までは2分くらいだから、ゆっくり歩いてもまだまだ1時間後の
不動産屋さんとの立会いには間に合うだろう。
駅について切符を買い、改札を抜けて階段に付いていた大きな鏡を
見ると、なんと僕はゾンビみたいな格好になっていた。
目の下にはクマが大きくでき、目もギョロっとした感じになり、
スーツはボロボロであちこち破けている。
震えが止まらなくなったけど、もう後には引けない。
これは、視覚の悪戯だと思った僕は、とりあえずそのまま階段を上がり、
電車を待った。
電車を待つとき、最前列だと後ろから押されるかもしれないので、
最後列を選んだ。危険は自ら避けなければならない。
電車が滑るようにホームに着くと、開いたドアの中は血だまりだった。
みんな見えていないのだろう、関係なく踏みつけて歩いて行く。
僕はイヤな予感がしたので、隣のドアから中を見るとそこには
血だまりがなかったため、そこから入って座ることが出来た。
座ってから気付いたが、立っている人の中には大勢の幽霊がいた。
それも、ただの幽霊ではなく、悪霊だらけだった。
僕は見えないフリをしながら乗換駅まで電車に揺られ、
そこからまた同じように危なくないように電車に揺られて
目的駅までなんとか着いた。
駅から出てコンビニで飲み物を買い、ついでにお手洗いを借りて
鏡を見ると、家で見たスーツでビシッと決めた僕が立っていた。
目もギョロっとしていないし、クマもない。
ただ、時計を見ると1時間半経っていて、どう考えても大遅刻だった。
電車に乗っていた時間で時空が揺らいだのかもしれない。
僕は走って元の家まで急いだ。
僕が元の家に着くと、不動産屋さんが立って待っていてくれた。
「1時間で着くって言ってたじゃない」
「すみません、仕事が入ってしまって30分遅れました」
「まぁいいわ。鍵は2本ちゃんとある?」
「はい。これが最初に貸して頂いた鍵2本です」
「うんうん、番号はあってるわね」
「じゃあ、開けるわよ」
「はい」
不動産屋さんは、少し怒っていたけれど、すぐにテキパキと現状を見て
機嫌が良くなった。
「この物件、最初より綺麗になってるわね。
綺麗に使ってくれてありがとう。
これなら敷金は全部返してあげられるわ」
「えっ、いいんですか?」
「じゃあ、この紙に新しい住所書いてくれる?」
「あ……、新しい住所、港区北青山~までしか
分からないので、あとで連絡します」
「まぁ、随分高級地に引っ越したのね。
今の身なり見ても、随分成長してる感じがするもの。
会社はどんなお仕事なの?」
「えーと……、旅行会社です。VIPが使う秘密の会社なので
詳しくはお話しできないんですが……」
「反社じゃなければ大丈夫よ、これからも頑張ってね!」
「あ、反社ではないです!決して!!」
「そんなに慌てて返事して、逆に疑っちゃうわ、くすくす
大丈夫。冗談よ、じゃあまた連絡してね」
「わかりました!今まで有り難うございました!!」
「どういたしまして。元気でね!」
不動産屋さんと別れ、僕は急いで美容院に電話した。
「はい、エルミフェール、担当重田でございます」
「あっ!重田さん、すいません遅くなってしまって
今から向かって15分くらいなんですけど、空いてますか?」
「敬祐さん!大丈夫ですよ~今日は暇です~ははは」
「じゃあ、最後に髪切ってもらっていいですか?」
「わかりました!準備してお待ちしておりますので、
ゆっくり歩いてお越し下さい!」
重田さんはいつも元気だ。同性で話しやすい。
僕が美容院デビューしたのもここで、美容院の使い方や詳しい用語も重田さんが全部教えてくれた。だから、正直に言えば重田さんとはお別れしたくない。
でも、今日の電車の様子で、僕は通い続ける自信がなかった。
かと言って、毎回車を出して貰って美容院に行くなんていうセレブのような使い方は、僕には似合わないと思ってる。
今日は今日で、無理矢理電車で来たことを後で社長に、めちゃくちゃ怒られるんじゃないかと心配している。
社長の言うことを聞いておけば、良かったのかもしれないけど、どう考えてもセレブは自分には似合わないと思ってしまう自分がいる。帰ったら、怒られるのを覚悟して社長に相談しよう。
そんなことをつらつらと考えているうちにエルミフェールに着いた。
ドアを開けると、カランカランと、牛が付けていそうなベルが鳴る。
「いらっしゃいませ~。あ、岡田様、お待ちしておりました。
重ちゃ~ん、岡田さん来たよ~」
「敬祐さんこんにちは~。わぁ、すごい高そうなスーツ!!
今日はもしかして、お仕事モード?」
「こんにちは。そうです。今日は勤務先から直接来ました」
「え~、すご~い!初めて来たときは、あんなにオドオドしてたのに
こんなに立派になって、僕、何だか自分のことのように嬉しいですよ~」
「ありがとうございます。重田さんのお陰ですよ」
「いやいや、僕は似合う髪型を一緒に模索させて頂いただけですよ」
「僕は髪型や身なりで注意されたことがないので、確実に
髪型は、重田さんのお陰です」
「ありがとうございます。そうやって言ってくれるのは
美容師冥利に尽きますよ~」
そんな風に話していること15分くらい。
お店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ~」
「すみません、こちらに岡田啓祐は来ていませんか?」
「え、え~と……」
店員さんが困っている。
ちらりと見れば、社長が立っていた。
僕は焦りながら叫んだ。
「社長!」
社長もそれに応えるかのように叫ぶ。
「敬祐!」
重田さんがびっくりして僕に聞く。
「え?敬祐さんの会社の社長様?すっごい綺麗な方ですね!」
「すみませんお騒がせして。敬祐、外の車で待ってるから」
社長はふーっとため息をつくと、安心したようで一言残すと店を出て行った。