16-敬祐の引越し
「敬祐は見守るだけでいいし、大事なものは自分で梱包してもいいよ」
「誰か手伝ってくれるんですか?」
「うちの門を見てごらん」
社長が指さす方向を見ると、既に黒い大きなトラックが止まっていた。
「運転手一人、トラックの中に手伝い三人。四人もいればすぐ終わるでしょう?」
「うち、父と母の遺骨と、遺影と、位牌と仏壇があるんですけど、持ってきてもいいですか?」
「もちろん!もし良かったら、うちの庭にお父様とお母様のお墓を建てたら?」
「いやいや、さすがにそこまでは……。そういえば社長、ここって家賃いくらですか?」
「30万……」
社長がニヤリと微笑む。
「僕やめときます……」
「嘘だよ♪ 家賃なんかいらないよ」
「何も払わずに、毎月70万円もらうのは、気が引けます……」
「そっかー、そうだなぁ……じゃあ、考えておくよ。そろそろ行っておいで」
「わかりました。行ってきます!」
僕はエレベーターの前に立ち、手を壁に付けると、すぐに扉が開いた。
気が付けば、エレベーターの羽毛は浮いていて、僕の頬を優しく撫でる。
1階で降りると、ミケが丁度、玄関に戻ってきたところだった。
「ちゃんとリボン取ってきたにゃん……」
「どんなやつだったの?」
「これにゃん……」
「え、こんなにちっちゃいのだったの?」
ミケが見せてくれたのは、横幅5センチ、縦3センチ位の本当に小さなリボンだった。
「僕はこれだけだと驚かないけど、明日のお客さんは女性だって言ってたし、とりあえずしまっておいてね。これはあとで僕が貰うよ。じゃあ僕は引越作業に行ってくるね」
「わかったにゃん!行ってらっしゃいにゃん♪」
僕が門に到着すると、トラックはエンジンをかけた。
「今日は宜しくお願い致します!!」
僕はまず運転手さんに挨拶し、後ろに乗っていると聞いていた3人にも挨拶した。
「今日は宜しくお願いします!!」
後ろの3人は空気人形みたいにしおれていたけど、声をかけたら、ちゃんと人間の形になった。でも、運転手さん同様、みんな顔が見えない。黒塗りという訳ではなく、ブラックホールみたいだった。
僕ももう、これぐらいでは驚かなくなっている。
慣れって怖いもんだ。僕は助手席に乗り込んだ。
「出発しテ大丈夫ですカ?」
「はい!あ、でも僕ダンボールとか持ってないんですけど……」
「それなら大丈夫でス。私たちガ、持っていますカラ。
デワ、出発しまスのデ、シートベるトの装着ヲ、お願いしマス」
時々変わる電子音声みたいな声は、なんだろうと思いつつ、僕は家まで5分で無事に到着した。
ここからは、僕の指示能力が問われるのかと思っていたら、不要品箱と必要箱が用意され、あっという間に部屋はもぬけの空になった。やっぱり数年住んでいると少し壁も汚れていて、それを掃除したいと告げると4人は掃除を始め、原状復帰どころじゃなく部屋は綺麗になった。
ここまでやって約2時間。僕は本当に感謝した。
しかも使わなくなるだろう古い冷蔵庫などは、不要品買取の店に途中立ち寄り、購入してもらうことが出来た。
会社を出て2時間半、僕は無事に会社に到着した。
父と母の仏壇と位牌、遺骨や遺影は、僕が直接トラックに運んだ。
だけど、知らないうちに丁寧にフワフワなクッション素材で巻かれていた。
それを見た瞬間、僕は泣いてしまった。
後ろに乗っていた3人に声をかける。
「あの...…、これ本当に有り難うございます」
「わタシ達は特別ナことハ何モしていませン。たダ、大事ソうだったカら巻いただケ」
「それが嬉しかったんです!本当に有り難うございます」
気が付くと、社長が門の所まで出てきてくれていた。
「さぁ、そろそろ荷物を家の中に運ぼう」
「そうですね!なんだかお世話になりっぱなしですみません。あとは不動産屋さんに連絡して、中を見てもらって鍵を返却したら終わりです」
「それは今日やるの?」
「いえ、次の平日の時間があるときにやります」
「行くときは言ってね。車を出すから」
「それくらい電車で行きますよ。大丈夫です!」
「悪霊と悪魔だらけの電車に乗るのかい?」
社長は眉をひそめると、言葉を吐く。
「いいから車を使いなさい。まだ死んで欲しくはないからね」
その表情が本気すぎて、僕はもう元の生活に戻れないことを知った。
そしてそうこう話をしていると、今日の手伝いをしてくれた人達が集まって、終わったことを告げる。
「あトは、大切なオ荷物がトラックに乗っテいルだけデす」
「わわわ、すみません!今運びますね!」
「慌てなくていいよ敬祐。まだティータイムにもなっていないからね」
「え?まだそんな時間?」
勘違いではなかった。引越作業をしている時間、時が止まっていたのだ。
時計を見れば、ここを出てから30分程しか経っていない。
たぶん時が動いていたのは、行き帰りの車の時間と、不要品買取の店に寄ったときだけだ。
「社長、さては見てましたね?」
「ふふ、早く終わらせて、ティータイムでゆっくりした方がいいじゃないか」
「じゃあ、僕は父と母の遺骨とかを部屋に置いてきます」
僕はまず何往復かして、遺骨や位牌などを持って部屋前に置き、全部揃ってから部屋に戻った。すると、僕が家で使っていた物が「使う場所」に整頓されて置かれていた。
歯ブラシとコップ、ヒゲ剃りは洗面台へ。
バスタオルとフェイスタオルはタオル置き場へ。
本はデスク上と本棚がないからか、デスク横の床に並べられていた。
スーツ類や洋服はクローゼットへ。
こうして見ると、僕の荷物は本当に少ないんだなぁと改めて実感した。
父と母の遺骨、遺影、仏壇はとりあえずベッドサイドの出窓に置いてみた。
すると、測った訳でもないのに、サイズは横幅ピッタリだった。
よく見ると、出窓にはカーテンレールが付いていて、黒いカーテンがかかっている。
「こんなの付いてたっけ……?」
コンコン!
振り向くと、社長が開いているドアのところに肩を付け、笑顔で僕に話しかけた。
「もうすぐティータイムだよ。
アイスクリーム溶けちゃうから早めに降りておいで」
「はい、あ……、社長。ここって出窓、
こんなに黒く飾ってありましたっけ?」
「あぁ、たぶんそれは幽霊達がやったんじゃないかな?」
「幽霊達は一緒に行ってないので、幅とかは分からないのでは……?」
「あの空気人形の中身は、いつも敬祐が仲良くしてる
幽霊さんたちだよ?」
「えぇっ、そうだったんですか?」
さも当たり前かのように社長は言うと、一言残して一階に戻っていった。
「ふふ、そんなにたくさん幽霊の従業員、増やせないよ。
さ、早めに降りておいで」
僕は一瞬呆気にとられたが、はっとアイスのことを思い返し、
すぐに一階に降りていった。
ダイニングに着くと、ミケがもの凄く怒っている。
「も~~~~!!!!敬祐遅いのにゃ~~~~!!」
「ごめんごめん!」
「さぁ諸君、クリームチーズアイスクリームを頂こう!」
幽霊達が頭にお皿を載せてアイスを運んでくる。
よく考えるといつも働いているのは4匹で、さっき手伝ってくれたのも4人だった。
「さっき手伝ってくれたの、君たちなんだってね。
父と母の居場所まで作ってくれて本当にありがとう!!」
4匹の幽霊は、いつもはスライムみたいな薄い青だったのに、
恥ずかしがっているようで、薄いピンク色になった。
「社長、幽霊をあまり雇えないって言うのには、理由があるんですか?」
「理由は簡単さ、綺麗な心を持った幽霊が、あまりにも少ないんだ」
「なるほど……、でも全然いない訳でもなさそうですけど……」
「敬祐、普通は綺麗な心を持った魂は、
天使に連れられて天に行くんだ。
それを途中でスカウトするのは、とっても
難しいんだ。分かるかい?」
「なるほど、本当は天に行けるのに、途中で
堕天使と悪魔に連れ去られる……という
風に見えちゃうからですね?」
「まぁ実際そのままだしね。
堕天使と悪魔に付いてきてくれたのは
この子達だけって感じかな」
「わたし……こうほ……しってる。むかし……ともだち」
か弱くて小さな声が一匹から聞こえる。
「その子、もうすぐ……びょうき……しぬ」
「そうか、じゃあ亡くなった後にすぐスカウトしに行こう」
「はい……、ありがと……、しゃちょう」
そういえば、空気人形の時は、声に電子音声みたいな物が混じってた。
「社長、ちょっと聞きたいんですけど……、幽霊ちゃん達が
空気人形に入る時、電子音声みたいな声になるんですが
あれは仕様ですか?」
「あぁ!あれはね、今みたいに弱々しい話し方じゃなくて
しっかりと話せるように付けている機械なんだ。
もうちょっと人間らしく話せたらと思っているんだけど
今後の課題なんだよねー」
「さ、そろそろティータイムを終えようか。
敬祐は今日はもう上がっていいよ」
「え?掃除とかしなくていいんですか?」
「自分の部屋の掃除があるでしょう?ふふ」
「あ、そうか」
「幽霊ちゃんたち、今日は敬祐を手伝ってあげてね」
幽霊たちは、それぞれが満面の笑みで敬祐に付いていった。