15-敬祐の部屋
食事を終えると、社長が何か難しい顔をしている。
「狭いんだけど、大丈夫かなぁ……」
社長が心配そうな顔で見つめてくるが、僕は社長に返事をした。
「僕が今住んでいるのは、6畳ユニットバス付きで、キッチンも6畳に含まれるので……」
ここまで言いかけると、社長はもっと難しい顔になった。
「どうしたんですか?」
僕が社長に問いかけると、社長は腕を組み、真顔で答えた。
「それ本当に家なの?荷物置き場とかじゃない?」
「社長――――――!!家です!立派な!!築45年ですが!!」
「じゃあ、ここの方が広いや」
ツッコミを華麗にスルーされ、僕は泣きそうだった。
これだから金持ちはイヤだ。
「敬祐に、お部屋見せてあげたらいいにゃん♪」
「ありがとう、ミケ。そうだね、敬祐こっちに来てごらん」
食卓から立ち上がり、僕はてっきり螺旋階段に行くのかと思っていたけど、違っていた。
「敬祐、こっちだよ」
社長が立っているのは、長い廊下の行き止まりだった。
「螺旋階段は使わないんですか?」
僕がそう言うと、社長は苦笑いしながら答える。
「あれはトラップさ。階段を5段まで上がると足元にスライサーが出てきて足がなくなる」
「怖い!」
そういえば、掃除で2段まで上ったとき、幽霊達が必死で止めてくれたっけ……。
次の瞬間、社長は壁に向かい、大きな声を出した。
「我が仲間が増えた!!この者の手を記憶せよ!」
社長が僕の腕を握り、壁に手を付けさせる。
すると、大きな叫び声が聞こえた。
「アアアァァァアアアア!!」
僕はびっくりして後ずさりしてしまったけれど、社長がそっと耳打ちする。
「これは、ミケから拝借している悪魔の力なんだ。怖くないよ、大丈夫」
社長を見てから壁を見返すと、真ん中に光が漏れていた。
「エレベーター!?」
僕は部屋を見るのが楽しみで仕方がなくなった。
エレベーターのドアが左右に開く。
僕は中を見てビックリしてしまった。
中は全面、純白の羽毛が貼り付けてあり、フワフワだった。
「凄いですね!ここに社長といると、本当に社長が天使に見えます!」
「ははは、僕は堕天使だよ。まだ赦されてはいないのさ……」
「――なんだか、ごめんなさい……」
「気にすることじゃないよ、ふふ。さぁ、2階に着いた。行こう」
エレベーターを降りると、部屋のドアが3つ並んでいたが、そのうちの二つが誰の物なのか、すぐに分かる仕様だった。一番左で、日光がよく当たる部屋には、ドアに天使の鈴付きキーホルダー。これはきっと社長の部屋だ。真ん中の部屋はエレベーター前から繋がる猫の毛であろう絨毯がドアの中まで続いているし、黒猫の鈴付きキーホルダーがドアにかけてある。これはミケで確実。
「僕の部屋は、どんな風に飾ったらいいでしょうね~」
「敬祐の部屋は、こうするといいんだにゃん♪」
いつの間に来ていたのだろう。ミケがキャッキャと手をかざすと、そこには黒く長い人毛が渦巻いた。
「ぎゃぁぁぁああッ!!」
「え?いけなかったのにゃん?」
僕は恐怖で後ろにひっくり返り、腰が抜けてしまった。
「みんな体毛にゃん♪敬祐の体毛は、これじゃいけないにゃん?」
「ミケ、人間は長い髪が置かれていたら恐怖するものなんだよ」
社長のフォローが身に染みる。
「じゃあ、外の飾りも捨てなきゃだめにゃん……?」
「人毛の飾りなんて見てないよ。何をいつ飾ったんだい?」
「昨日、敬祐もいるよ♪の意味で、表のプレートの下に人毛で出来たリボン飾ったのにゃん」
「悪いんだけど、ミケ。明日お客さん来るから取って。しかも女性のお客様だから……ね?」
社長は冷や汗をかきながらミケに説明している。
「え~~!せっかく飾ったのにゃ~~!わかったにゃん……悔しいけど取るにゃん……」
「ありがとう、ミケ。今日はティータイムにクリームチーズと生クリームたっぷりのアイスクリームを出してあげるからね」
「やったーーーーーーー!!シャチョー大好きにゃん♪」
ミケが社長に抱きつく。
「敬祐、起き上がれる?」
「……あ、はい。なんとか……」
社長の介助もあって、やっと僕は立ち上がった。
「じゃあ敬祐、部屋のノブを握って」
「はい」
社長が呪文のようなものを唱える。
「部屋の精霊よ、この者の手を記憶せよ……」
ドアからガチャリと鍵の開く音がした。
ノブを回し、僕は自分用になる予定の部屋を開けた。
外からの光が柔らかく入る大きな窓があり、大きなベッドとデスクもあって、たぶん20畳はあるだろうと思われる部屋がそこには広がっていた。
「わぁ……広い」
社長が先に入っていき、部屋の説明をしてくれる。
「このドアは洗面台。大きな洗面台に横面には姿見がある」
「これはトイレ。もちろん便座は温かいし、ウォシュレット付きだよ」
「こっちのドアはお風呂。24時間お湯が張ってて、いつでも入れるんだ」
「あとは、見ての通りでベッドとデスクとチェアさ」
「僕、寝具は布団なので、新しいものを買おうと思います」
「柄と色を教えてくれたらすぐに用意するよ?」
「いつもありがとうございます。でも、ちょっとどんな物があるのか選びたくて」
「そうか。ベッドのサイズはクイーンサイズだよ」
「ちなみに掃除は、幽霊達がやってくれるからね」
僕は目を丸くした。掃除がいらない部屋なんてビックリだ。
「でも社長、一階は僕の掃除も必要でしたよね?」
「あぁ、あれはね……幽霊達でも手が回らないんだ。特にミケの部屋とキッチンは、激しく汚れるからね」
「そうだったんですね……」
「そうそう。ミケには何回も言ってるけど、汚す癖は治らないんだよね、はは」
そう言って背を向けた社長は、どこか寂しそうだった。
「あ、社長。どこかに服を下げるものがあったりしますか?」
「クローゼットなら今作るよ、6畳くらいのね、ふふ」
社長はそう言うと、廊下側の壁面にドアを魔法で現した。
廊下にドアを付けたようなものなので、廊下に直結してしまうのではないかと思ったけど、ドアを開けるとそこはクローゼットになっていた。
本当に6畳サイズだった。
「イヤミですか……、社長……」
「そんなつもりはなかった。ちょっとしたジョークさ、すまなかった」
「いいんですけどー」
僕は唇を少し尖らせて言葉を返した。
「敬祐、許して欲しい……、もう少しクローゼットは大きい方がいいかい?」
僕は苦笑しつつ、わざと怒ったような口ぶりでお願いしてみた。
「じゃあ、もう少しだけー」
すると、社長が手をかざし、クローゼットを広げた。
「敬祐、これでいいかい?」
そこには、12畳ほどの空間が広がっていた。
「ひぇっ、社長ごめんなさい!さすがに大きすぎます!!」
焦った僕は、必死に謝ったが、社長は笑いながらこう答えた。
「大は小を兼ねるって言うじゃないか。せっかく作ったし、使って、ね?」
社長はニコニコしながら僕に聞いてくる。
「他にいるものはないかい?」
「あとは、自分で持ち込みます。引越はいつしたらいいですか?」
「今からすぐ」
「えぇっ!?」
僕はあまりのことに、ビックリして大きな声を出してしまった。