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2. 今日の彼女はどこか違う



「誰……とは?」


 彼女は困ったような笑みを浮かべながら聞き返してきた。


「君は本当に一ノ瀬、一ノ瀬 澄香なのか?」

「えっとー、言っている意味がよく分からないんですケド……」


 彼女の瞳の中には、困惑の色で覆い隠された値踏みするかのような色が見え隠れしていた。僕は言葉を選びながら、言及する。


「僕が知っている一ノ瀬と今日の一ノ瀬は随分と違うなぁと思ってな」

「……具体的に言うと?」

「こうして会話が成り立っているところ」


 一ノ瀬 澄香は人付き合いが苦手だ。

 言わなくてもいいことを言ってしまったり、言葉選びを致命的に間違えてしまう少女。それが短い期間の中で僕が感じた一ノ瀬の人物像だった。


「人と話すことを過度に怖がって、強がってしまう子供。でも今の君はまるで大人だ」

「……」


 彼女は何も答えない。

 だから、僕は問掛ける。彼女の先輩として、超常現象調査部の部長として。

 

「それで、君は本当に一ノ瀬なのか?」


 数秒の静寂。だが、今回はちゃんと返事があった。


「んー、どうでしょう? 私は一ノ瀬 澄香であって一ノ瀬 澄香ではありません。でも、それ以上はまだ言えません」

「……どうして?」

「先輩は超常現象調査部何ですよね? なら、それは先輩が見つけるものです。一ノ瀬 澄香に何が起きているのか」


 ニコリと笑みを浮かべ、そう言い切る。少しの隙もない完璧な表情。それは初対面に一ノ瀬が見せた冷たい表情よりも、僕を拒絶しているように感じた。


「でもまあ、特別にヒントをあげましょう。意地悪したい訳ではないですから」

「ヒント?」

「そう、ヒント。――私は一ノ瀬 澄香の『理想』なんです。あの子が成りたがっている『理想』の姿」


 『理想』の姿。そう自分を表現したのを聞いて、僕はその答えに納得した。なぜなら彼女ならそう望むだろうと思えたから。


 ――あの子は人付き合いが苦手なのに毎日欠かさず部室に訪れる、寂しがり屋だから。

 

 彼女は話は終わりだとばかりに紅茶を飲み干すと、ふぅっと息を吐いた。


「それでは先輩、ちゃんと見つけてくださいね」

「……君は、僕がそれを見つけることができると思っているのか?」

「ええ。だって私は、れい……酒井先生からの推薦で問題、異常であるこの状態を治すためにこの部活へ入部してきたのですから」


 この部活は超常現象調査部。常識を超えた現象を調査する、部員数二名の部活動。


「ええ、この超常現象を」




 ☆ ☆ ☆



「よく来たな!」


 学校から十数分歩いたところにあるそこそこ大きな山の前で、僕は仁王立ちをしながら待ち構えていた。


「出来れば来たくありませんでしたけど」


 不服そうな面持ちで一ノ瀬はそう零した。今日は土曜日。学校は休みである。それなのに彼女が僕と顔を合わせているのは、これが部活動の一環だからだ。


「これから我々超常現象調査部はツチノコ探しを行う!」

「はあ……バカバカしい。なんで私がこんなバカみたいなことを。バカは先輩だけにしてくれませんか?」

「一ノ瀬も超常現象調査部だからな。ちゃんと参加してもらわないと」

「ここまで頭悪い部活だったなんて。入るのやめれば良かった」


 親睦を深めるための部活動なのだが、さっそく入部したことを後悔させてしまっているようだった。


「ツチノコは嫌か……一ノ瀬はどんな動物が好き?」

「…………猫」

「猫かぁ。この辺じゃあんまり見かけないな。あ、でも僕この前黒猫見たよ。そっちを探すか?」

「黒猫は猫じゃないですよ。不吉の象徴ですし、見た目からして性格悪そうじゃないですか」

「何てこと言うんだ。というか、むしろ不吉の象徴ってところが超常っぽくてこの部活にあってると思うけど」

「私、オカルトとかバカしか信じてないようなこと嫌いなんです」


 バッサリと切り捨ててくる一ノ瀬。そんな彼女にどんな言葉をかければいいか悩んでいると、そういえばと一つ質問が思い浮かんだ。


「そういえば、一ノ瀬はどうしてこの部に入ろうと思ったんだ?」

「勧められたからですよ、酒井先生に」


 もう一人の一ノ瀬と同じ答えが返ってくる。


「もしかして二人って、以前からの知り合いとかだったりするのか?」

「何を根拠にそんなこと」

「だって入部してきたの、時期的に入学してきてすぐだっただろ? あの酒井先生がわざわざこの部活に勧誘するってことは、以前から君の事情を知っていたのかなって思って」

「……そうですね。あの人は私の親代わりですから。私、親いないので」


 さらりとそう言ってのけると、僕の横を通り過ぎる。


「では、適当に散策しているので終わりの時間になるまでは絶対に話しかけないでくださいね」


 そんな言葉を残して山の中へ消えていった。ここまで単独行動をされては仲よくなるどころではない。


「……それにしても」


 数日前の一ノ瀬(裏)との会話を思い出す。

 彼女の症状として一番近いものは、多重人格、解離性同一性障害が考えられる。

 ただ、彼女はそれを超常現象と称した。確かに、傍から見ると多重人格なんてファンタジーめいた印象を受けるが、そういうことでは無いのだろう。


 ならば何を超常現象と呼んでいるのかという疑問がある。一ノ瀬(裏)はあれ以上詳しいことは教えてくれなかった。なぜ、酒井先生が彼女をこの部活に連れてきたのか、その理由。そして、僕が期待されている役割は――。


「ああもう。ダメだ」


 難しく考えれば考えるほどに訳が分からなくなっていくような感覚に陥る。そもそも、この僕に託されたのだ。難しいことを考えることを期待されているとは到底思えない。僕は今できることを積み重ねていくだけだ。


 そう思い僕も山の中に入り込む。ツチノコがいないか木の影や石の裏なんかを見ながら進んでいく。

 どれだけ進んだだろうか。何の成果もなくただ歩いていると、見覚えのある背中を見つけた。僕は別れ際に言われたことを一旦忘れることにして、その背中に話しかける。


「どうだ、一ノ瀬。ツチノコは見つかったか?」

「せ、先輩っ……!」


 涙目の一ノ瀬。


「……何かあったのか?」

「……何でもないです」


 顔を背ける一ノ瀬。


「イノシシかクマでもいたのか?」

「違います。ほら、先輩。さっさと行ってください。まったく、本当に鈍臭いんですから」

「先に行ってもいいよ?」

「断ります。さあ、早く行って……!」


 彼女は僕の背後に回るとさっさと行けと押してくる。


「とと。だから何がいた……」


 一ノ瀬に早く行けと促された先。そこで目にしたのは白くてもこもこした獣。ウサギだった。


「……もしかして、ウサギが怖いのか?」

「は? 別に怖くありませんけど。あんな白いだけの獣。弱っちそうだし」

「そっか。じゃあ、ちょっと近づいて見てみようか」

「は? は、はあ!?」


 おお。野生のウサギなんて初めて見た。

 僕は感動しながらそろりと近づいていく。しかし、残り数メートルまでに近づいたところでこちらに気づいたのかくるりに振り向いてきた。


「きゃあ!」


 こちらに気づいたウサギはバッと文字通り脱兎の如く逃げ出した。その勢いに驚いたのか、後ろの方から可愛らしい声が聞こえてきた。

 その声に釣られて振り向くと、尻もちをついて涙目になっている一ノ瀬がいた。


「大丈夫か、一ノ瀬」

「……何も問題はありません」

「やっぱりウサギ、怖かったんだな」

「本当に最低ですね、先輩」


 キッと忌々し気に睨みつけてくる一ノ瀬。

 一つ言い訳をさせてもらうと、一ノ瀬の怖くない発言を信じたから近づいただけなのだと言いたい。言ったところで、好感度が変わるとは思えないが。


「元から変だとは思っていましたが、相当性格が終わっていますね先輩。そこの川で顔でも洗ってきたらどうですか? 汚れが落ちて多少はマシになるかもしれませんよ」

「本当にごめん。僕が悪かった」

「謝れば良いと思ってるんですね。最低。クズの才能がありますよ、先輩は」


 罵詈雑言が止まらない。心が痛いのでそろそろやめてもらおうかと検討していると、一気に話し終えて息を整えていた一ノ瀬が踵を返した。


「帰ります」

「ちょっと待って!」

「今日は先輩の最低さを再確認できただけでしたね」


 僕の制止も聞かず、ずんずんと彼女は山を下りてしまう。

 どうやら今日の部活動はここまでのようらしい。仲よくなるつもりが、溝が深まった気しかしないが。


「もう少しツチノコを探してみないか? ほら、まだ時間も全然余っているからさ」


 何か成果を手に入れようと必死になって呼び止める。一ノ瀬は鬱陶しそうに横目でこちらを見ると嫌々口を開いた。


「先輩、本当にツチノコなんていると思うほど頭の中お花畑なんですか?」

「僕は存在すると思っているよ」


 呆れたような声音で投げられる問いかけに、僕は素直にそう返す。返答が想定外だったのか、冷たい黒瞳が僕の目とぶつかった。


「誰も見たことがないのに? そんなものを信じるなんてバカみたいだと思わないんですか」


 実際には目撃情報はあるのだが、そういうことではないのだろう。僕はそう解釈して言葉を返す。


「思わないよ。見えないことは存在しないことにはならないからな」


 この部活は超常現象調査部。常態が超次元的な現象を調査する部活。時には見えない糸口を探さなければならないこともある。見えているものに囚われていたら、見えなくなるものもあるのだ。


「一ノ瀬はどう思う?」

「バカみたいだと思いますよ」


 彼女は即答した。迷いなく、惑いもなく。目の前に台本んが書いてあるかのようにはっきりと。


「見えないのなら、存在しないのと同じです」


 

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