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1. 入部してきた後輩が僕に冷たい



 ――積み上げたものほど、呆気なく崩れる。

 それが努力であれ、準備であれ、期待であれ。残酷なまでに壊れてしまう。


「入るぞー」

「ぎゃああああ!?」


 例えばそう、今みたいに。


「ちょっと先生! 部室入る時はノックしてくださいっていつも言ってますよね!?」

「ノックしろって……お前、学校でナニしてたんだ?」

「飾り付けですよ! 新入生を歓迎するための!」


 聖職者だとは思えない体のラインを強調した服装で、教師が生徒にする話とはとても思わないセリフを吐く大人が来た。そう、彼女こそは我らが超常現象調査部の顧問だ。


「あれ……ちょっと待ってください。どうして先生がここにいるんですか? 今日は時間になったら新入部員を連れてくるって話じゃ……」


 新入部員を連れてくると伝えられたのが昨日の放課後。それから急いで準備をしているところなのだが、昨日言ってた時間よりかは幾分か早い。

 嫌な予感をしつつそう尋ねると、彼女はあっけらかんと言い放った。


「合コンに行くことになったから早めに来たんだ。悪いな、ガキの相手をしてる暇なんてないんだよ」

「最低だこの人! それならそうと連絡してくださいよ!」

「大丈夫だ。お前がエロ本学校に持って来ていても黙っていてやるから」

「そういうことではなくて――!」


 なおも詰め寄ろうとした時、不意に先生は背後の扉に視線を向ける。


「ほら、みっちゃん。入っておいで」


 コツン、と音がして。一人の女子生徒が部室の中に入ってきた。瞬間、部室の温度が少し下がったかのような錯覚に陥る。

 すらりと伸びた肢体に、張り詰めた氷のような表情。それはまるで、小説に出てくる氷の姫を思わせる。

 そんな彼女の視線が僕を射抜いた。


「……何をしてるんですか?」


 中途半端に装飾された教室。剥がれかかっている歓迎の文字が書かれた横断幕を貼ろうとした姿勢の僕は、彼女の目には滑稽に映っただろう。


「いやぁ、ははは。君の歓迎の準備をしてたんだけど、どうやら間に合わなかったみたいで……」


 僕はいたたまれなくなってそっと彼女から視線を逸らす。と、僕の滑稽さを嘲笑う先生の姿が見えた。

 あの女……!

 僕が力一杯に元凶を睨みつけていると、先生とは異なる鼻で笑う声がした。


「何ですか、これ。こんな粗末なものを作る暇があるなんて、この部活は随分と自由なんですね」


 …………聞き間違いかな。


「それも一人で準備するなんて……。先輩、随分頑張ってるんですね。一人なのに」

「……あ、あは、あはは」


 おっと落ち着け百瀬 無月。相手は一年生だ。先輩相手に緊張して失言してしまったに違いない。一年早く生まれた人として、ここは穏やかに対応しないと。


「酒井先生。本当にこんな頭の悪そうな部活に入部しないといけないんですか? 私には合わないと思うのですが」

「ああそうだ。みっちゃん、君の問題はここでしか解決することは出来ない。そこの童貞も難ありだが悪いやつじゃない」

「先生、余計なのが付いてますよ。そういうところが結婚できな――」

「ふんっ!」

「ごふぉ!」


 この人、躊躇なく鳩尾を殴りやがった……っ。


「どうした百瀬。そんなに死にたいのか。あとな、私は結婚出来ないんじゃない。釣り合う男が居ないんだ。普段から私に見惚れてるお前ならわかるだろう? 私ってほら、高嶺の花なんだよ」

「適切な値段にした方がいいですよ。高値じゃあいつまで経っても売れな――げぼらっ!?」


 思い切り顔面をグーで殴られ地面に転がる。


「とまあ、口が悪いうえに童貞で悪いやつなんだ。良い所は全然ないが、仲良くしてやってくれ」

「嫌です」


 即答した。ただ、困ったことにそう答えたくなる気持ちは分かる。


「見苦しいものを見せてしまったな。僕は二年の百瀬 無月。一応、この部活の部長をやっている」

「……」


 彼女は無言で僕から距離を取ってきた。


「……話をしよう。話せばわかる」

「…………一ノ瀬 澄香。一応先輩って呼んであげますが、あなたのことを敬う気は微塵もありませんから。というかむしろ……」


 一ノ瀬 澄香は一瞬、続きを言おうとしたが面倒そうに息を吐き、口を閉ざした。だが、その目には明らかに拒絶の色があった。


「……そっか。取り敢えず、好きなところに座って。今から部活動の概要を説明するから」

「必要ないです。興味ありませんから。部室には来ますが、わざわざ関わろうとしなくて良いですので。勝手に活動なり何なりしてください」


 僕が窓際の席に座ると、一ノ瀬は一番離れた廊下側の席に着いた。

 

「そういうわけにはいかないな。大層なものでもないけど、ちゃんと活動してるから。一ノ瀬にはここがどんなところか知ってもらいたい」

「……バカみたいですね。勝手にどうぞ。私は読書してますから」


 カバンから本を取り出すと、本当に読み始める一ノ瀬。聞くつもりはないのがビシバシと伝わってくる。


「紹介は終わりだな。じゃ、あとは頼んだ。私はこれから高収入のイケメンを捕まえに行ってくるー!」


 ルンルンと結果が分かりきっている戦いに向かう酒井先生。僕はそんな彼女の後ろ姿に合掌したあと、一ノ瀬に向けて部活動の概要説明をする。


 それから部活の終わりを告げるチャイムが鳴るまでの間、彼女が反応を示すことはなかった。



 ☆ ☆ ☆


 部員が増えて数日間。僕はあれやこれやと手を替え品を替え部活に興味を持ってもらおうと頑張ってみたものの、まったく効果はなかった。

 だがここで諦めるわけにはいかない。彼女にとって楽しい部活となるように僕が頑張らないと。

 と、これからについて心に決めているとガラリと扉が開かれる。誰が来たかなんて顔を見なくてもわかる。僕はにこやかな笑みを作り振り返った。


「こんにちは、一ノ瀬。今、紅茶を用意してるのだけど、一ノ瀬も飲む?」

「あ、欲しいです」

「そうか。ちょっと待っててね」


 朗らかに返事を返してくれる一ノ瀬。僕は紅茶の準備をしながら、何とはなしに口を開いた。


「今週末に部活動としてツチノコ探しに行こうと考えているんだけど、予定とか大丈夫かな?」

「全然大丈夫ですよー。ツチノコとかオカルト部っぽくていいですねー!」

「超常現象調査部だけどね」


 …………ん?

 僕はふと今の会話に違和感を持った。あれ、今の一ノ瀬だよな。姿や声は一ノ瀬だったが、どこか違和感がある。


 僕は紅茶が出来上がると、彼女のもとへ持っていく。そこでも違和感。一ノ瀬はこれまで、廊下側の長机の端に座っていた。それにも関わらず、今日は僕の席から三つ空いた椅子に座っているのだ。


「はい、どうぞ。熱いから気をつけて」

「ありがとうございまーす」


 その瞬間、僕の背筋を何かが走った。

 一ノ瀬 澄香がこんなに素直にお礼を言うだなんて――。

 

 この異常事態にさしもの僕もこれがおかしいということに気づく。僕は紅茶を一気に飲み干し、息をひとつ吐いて彼女に向き直った。


「一ノ瀬、失礼を承知して一つ質問してもいいか?」

「ん? うん、いいですよ」


 彼女は紅茶を飲むのを止めると、僕の方に向き直る。

 その何気ない仕草でさえも、まるで違う何かが彼女の中に入り込んだみたいだった。


「君は……本当に一ノ瀬澄香か?」


 彼女はただ、穏やかに微笑んだ。

 それは言葉が返ってくるよりも明確な答えのようで――それが、恐ろしく感じた。

 

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