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1-9 陰謀

 縄梯子から、船の甲板によじ登って、チャーリーは思わず、その場に座り込んだ。

「全く、一体、何だって言うんだ……」

 そこに、女の子の声がする。

「大丈夫?」

 見上げると、肩くらいまでの髪のあの少女が、こちらをのぞきこんでいた。

「あなたが、『槍』の持ち主なのね」

「え、いや、実はそうじゃないんだけど……」

 そこで、彼ははじめて気付く。

(って事は俺、本当に泥棒になっちまったんだな)

 手元に握り締めたままの槍に目をやって、彼は大きく溜息をついて、そして再びくしゃみをする。

(やばい、頭痛までしてきた……ああ、これ、さっき下に投げ捨ててこればよかったのかな)

 もうどうにでもなれ、と、それこそ『投げ槍』な気分になりながら、彼は少女を見上げる。

「ああ、そうだ、それどころじゃなかったんだ。急がないと、サーカス団の皆が……」

 そこに、先程の牧師が誰かをつれて戻ってくる。

「どうかしたのですか?」

 チャーリーが、頭痛を無理矢理押さえ込んで立ち上がると、船べりまで駆け寄った。

(やばい、この国から遠ざかるつもりだ)

 そうなってしまったら、明日には取り返しのつかない事態が待っている。反射的に振り返ると、彼は手にしていた槍を握り締める。そして、一気に目の前にいた少女の腕を掴むと羽交い絞めにして、槍の穂先を彼女に押し付けた。

「何をするんです!?」

 驚く牧師に、チャーリーは言う。

「この槍なら渡す!だからお願いだ、下まで俺を降ろせ!」

 脅迫と懇願の入り混じった、文法的に正しくない脅し文句で、彼は目の前に立っている男二人を見る。

(昼間の……)

 反射的に剣の鞘を抜き払った眼帯の男が、ゆっくりと聞いた。

「あなたはこの宝物を狙ったわけではないのですね。なのにその槍を手に追われている。ご事情がおありなのですか」

 眼帯で顔半分を覆い、銀の髪を夜風になびかせる、その只者ではない男の見た目から、この場の状況にそぐわない敬語が戻ってきたことに、思わず戸惑いながら、

「うちのサーカス団の皆が、処刑されちまうんだ。逃げろって、知らせないと」

 思わず彼は呟く。すると、驚いて硬直したままの、チャーリーが捕まえていた少女の方が、目を見開いて声を上げた。

「何ですって!?」

「変な話を聞いちまったんだよ。トーリス国がどうの、呪いがどうのって、宝物を渡すから、王様を呪い殺せとか、呪術師が何とかって……」

 自分でも何を言っているかわからなくなる。

 ところが、夜目にもはっきりとわかる程顔色を変えたのは、目の前にいる男の方だった。

「呪術師、ですか。やはり、そうなのですね」

 有無を言わせない、恐ろしい程の気迫を漂わせて、眼帯の男がまっすぐにチャーリーを見据える。

「だから、えっと……」

 頭が痛い。必死で彼は痛む頭を回転させる。

「宝物を渡すから、王を呪い殺してくれ、と頼んだみたいだ。よくわからないけど、で、その濡れ衣をうちのサーカス団に……えっと、あの、よくは聞き取れなかったけど……すまないというか、なんていうか………」

 気がつくと、何故か相手の気迫に呑まれている。

「トーリス国の、そう、呪術師とか言ってたっけな。この国の……宰相とかいう奴が話し合ってるのを、聞いたんだ。で、宝物は、よそ者の俺達サーカス団が盗み出した事にして……俺たちを明日一番に逮捕して、さっさと処刑してしまえって」

 男が、数秒の沈黙の後に、自分を落ち着かせるかのような大きな息を吐き出してから、言った。

「わかりました。船を降ろします」

「え?」

「アリア、大丈夫ですか?」

「え、うん、ケガはないわ。大丈夫よ」

「本当に、船を降ろしてくれるのか?」

「事情が変わりました。あなたのご友人達を救わなければなりません。それに、セリスレッドの国王の命も危ないでしょう」

「な、何だって!?」

 唖然とするチャーリーに、今度は腕の中のアリアと呼ばれた少女が言った。

「マエストーソは、嘘は絶対につかないわ。大丈夫」

「マエストーソ?」

 男が、ゆっくりと近づいてきながら言った。

「エスト・コルネリアと呼ばれる事もあります」

 はっとチャーリーが気付く。

「クリスタグレインの姫君を誘拐したとか言ってた、あの?」

「そうですよ。それで、あなたの名前を聞いてもよろしいですか?」

 そっとアリアを放してやってから、彼はまだ槍を手に身構えたまま、答える。

「チャーリー。チャールズ・アダマント・ジュニア」

 ほんの少しだけ冷静になった頭で、チャーリーはゆっくり槍を降ろして、再び眼帯の男を見る。

「はじめまして。私はマエストーソ・カーネリアン。この船の船長で、冒険者です」

 鞘を腰に戻しながら、彼はゆっくりと片目だけでチャーリーの目を見据え、そして、どこか諭すように、優しく言った。

「あちらで話を聞かせてくれませんか? チャーリー」


 牧師から出された美味しい紅茶を飲んだ途端、彼はほっと大きく息を吐いた。少し頭痛も和らいだ気がして、彼は改めて、回りの3人を見てみる。

「えっと、さっきはごめん」

 先程、槍を手に脅しつけてしまったアリアという少女を見て、申し訳なくなってチャーリーが深々と頭を下げると、

「いいのよ。私があなただったらきっと、同じ事をしてたわ」

 アリアが笑って言う。

「で、そんな陰謀を聞いちゃったのね」

「そうなんだ。夜明けまではまだ時間がある。今知らせれば逃げれそうだけど………」

 マエストーソと名乗った船長の言った通り、既に船は下降していた。

「本当に、降ろしてくれるなんて」

「彼は誠実ですし、優しい人ですよ。見た目は少々おっかないかもしれませんが」

 そこに、当のマエストーソが戻ってくる。

「セリスレッドの国王に、直接話をつけなければなりません。アリア、申し訳ないのですが、あなたの力を借りたいのです」

 ぎょっとするチャーリーの隣で、アリアが答える。

「私が? どうすればいいの?」

「セリスレッド王国までもがトーリスと組まれたら、あなたの国も危ない。そうなる前に、手を打たなければ。それとチャーリー、急いであなたは、サーカス団の皆の元へ行ってあげて下さい。事態は一刻を争います。私とアリアは、王宮へと向かいます。その槍は持っていった方がいいでしょう」

「え、でも、これが欲しいんじゃあ……」

 マエストーソが、微笑んだ。

「『槍』は、持つ者を槍の達人にする力があるそうです。何かと危険かもしれませんしね」

「え……」

「スミスと一緒に行くと良いでしょう。彼もまた、棒術の達人ですから」

 分けがわからないうちに、船がどんどん下降していく。

「セリスレッドの国王に話をつけるって、いくらなんでもそれは無理なんじゃないのか?」

 すると、彼は言った。

「エスト・コルネリアの話は聞いたそうですね? 彼が、クリスタグレイン王国の姫君を誘拐した、という話も」

「あ、ああ。まさか、もしかして……」

 チャーリーの視線が、隣にいる、庶民的な明るさを持った少女に移る。

「そうなの。私が、アリア・クリスタグレイン。一応、お姫様なんだけど、今はこうして、冒険者の一員なの」

 あっけに取られて、返す言葉を失ったサーカス団の少年に、クリスタグレイン王国のやんごとなき姫君が、笑いながら言った。


「ありがとうございます、船長」

 船の甲板から飛び下りたチャーリーが、甲板の上のマエストーソに言う。

「いいえ。それより二人とも、気をつけて。私達も、交渉が終わり次第、そちらに向かいます」

 スミスが、巨大な『杖』を手に、身軽に甲板から飛び下りると、

「気をつけてくださいよ、そちらも」

 陽気に手を振って見せた。

「さあ、急ぎましょうか」

 そして、二人は王宮前の真夜中の広場から、サーカス団の宿泊用テントへ向かって走り出す。

「えっと、名前は……」

「スミス・アメイズロットです。こちらの『杖』は、オラトール」

「オラトール?」

 さっき、自分の槍のハールーンから、そんな名前を聞いたような気がするが、槍の方はというと、先程からずっと沈黙したままである。

「この『槍』の名前は、ハールーンらしいんだけど、さっきは喋ったのに、全然反応しないのは、何でだろう」

「オラトールもですよ。回りに人がいると、あまり話し掛けてこないんです」

 走りながら二人は前方を見る。そして、息を呑んだ。既に、テントの方が騒がしい。

「遅かった……!?」

 城の兵士らしき人達に、腕を縛られて引っ立てられている姿が、松明の明かりごしに見える。チャーリーが、槍をぎゅっと握り締めて、息を詰めた。

「行きますか」

「助けないと、処刑場行きなんだ」

「わかりましたよ」

 牧師が、同じように巨大な杖を片手で握り締める。

「出てきてくださいよ、オラトール」

 すると、杖の表面が光りだした。

『人使いの荒い奴め』

 巨大な杖に、文字が浮かび上がっている。

『そして、久し振りだな、ハールーン』

 すると、チャーリーの持っていた槍も、光りだした。そして、声がする。

『お久し振りです、兄貴。お元気でしたかい?』

『まあ、それなりにな』

 思わずスミスとチャーリーが顔を見合わせる。

「あの、挨拶を済ませられましたら、僕達の手伝いをして下さると嬉しいのですが」

『よかろう。冤罪だそうだな。全くもって嘆かわしい』

「え、まあ……」

『こいつは槍の名手だ。握り締めて、決して手を放さないようにせよ』

「え?」

 よくわからないままに、チャーリーは前方を見る。

「この伝説の宝物は、色々と役に立つんですよ」

 スミスが、巨大な杖を手に、のんびりと笑う。

『行くぜ、相棒!』

 槍のハールーンが気風よく叫ぶ。何が何だか半ばわからないままに、反射的にチャーリーも声を上げた。

「わかった!!」

 槍を両手で握り締めて、彼は息を吐いて覚悟を決める。そして、一気に兵士達の中へと突っ込んでいった。

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