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2-22 往復書簡

 執務室の窓を開ける。アルテが舞い降りてきて、一通の手紙を渡す。

「マエストーソからね」

 船はいま何処を飛んでいるのだろう。少しばかりの切なさを慰める様に、白い真珠が朝の光を受けて輝く。

 『姫様用』の執務机と、亡き皇太子こと父の肖像画を運び込んだクリスタグレインの新しい執務室。自分の机の上には、航海日誌が置かれている。愛着のあるミシンは今度裁縫室に持っていこう。きっとお針子さん達はびっくりするだろうが、要は何事も慣れが大事である。

 前例というのは自分で作っていくしかないのだ。

(コルセットをつけなくてもいいドレスでも発注しちゃおうかしら。それよりも先に、執務室の冬用のカーテンよね。おじいさまのためにも暖かい生地で縫っておかないと……)

 そんなことを考えながら手紙の封を開く。

『愛する人へ』

 そんな優しい言葉が目に飛び込んでくる。

 空を渡る王子。今頃美味しいパンと紅茶を嗜みながら、歳若い航海士や、歳上の腹心のコック、異国の狼のような友達皆に、ラブレターは出したのか、などとせっつかれている頃かもしれない。

 何もかもが想像に容易い、まだ思い出にもならない楽しかった日々を思い返す。

 そして手紙には、まだ少し綴り慣れない『愛する人へ』という言葉を冒頭に、書き慣れた日々の冒険の様子や国々の様子、チャーリーやスミス、ケイ達の愉快なお喋りなどが活き活きと綴られている。

(文才があるんじゃないかしら、マエストーソ)

 人生で一番大事なひととき。初めての友と恋人。それらとひとたび分かたれて、自分は『姫君』の道を選ぶことにしたのだ。己に科せられた責務を果たし、誰に恥じることもない、自分の道を歩むために。

 クリスタグレイン、いつか自分の治めることになる、小さなそして平和な国を守っていく、大きな責任と、新たな夢。

 それでも、ひとりになった寂しさは簡単には拭いきれないものである。自分の選択は間違ってはいなかったのか、迷う日がないわけではない。

 アリアは執務室の自分の机の引き出しからそっと、こっそり隠し持っているビスケットと茶葉を取り出した。そして、便箋を取り出して、まだ少し慣れない羽ペンで、自分もまた少し慣れていない言葉を綴る。

『あなたの愛しい人より』

 しばらく手を止めて次の言葉を考え込んでいると、ノックと共に城のメイドが部屋に入ってくる。そして、アリアの机の上のビスケットと茶葉を見て目を丸くした。

「あの、お茶は……お淹れになりますか」

「えっと、そうね、お湯を用意してくれる? ポットとカップを温めてくれると嬉しいわ。厨房にスパイスはあるかしら?おじいさま……国王陛下には是非、身体が温まる紅茶を入れて差し上げたいの。ここ数日ちょっと冷えてきたし。もうすぐ冬が来るのね」

「え、あ、は、はい! スパイスは厨房のものに聞いて参ります!」

「高級スパイスよりも厨房にある手軽なやつでいいのよ。紅茶用のお湯って一度しっかり沸騰させると美味しいの。お願いしても、良いかしら。あ、何だったら私が厨房に……」

「す、すすす、すぐにご用意いたします!!」

 『唯一の国家後継者であらせられる若き姫君』に、気軽に話しかけられて目を白黒させているメイドの様子を見て、思わず笑いをこぼしてから、アリアは勿体ぶった様子で背筋を伸ばし、便箋にこう書き記す。

『………愛しい人、私達の大切な旅の味、あのビスケットと茶葉を追加でたっぷり送ってきてください』

 ひとりになったが、もう、ひとりではないのだ。

 優しい祖父もいる。城の皆もいる。

 あの美しい飛行船に乗った友と恋人は、たとえ近くにいなくとも、目には見えない、言葉にも出来ない、友情や愛情よりもいっそう強くてしなやかな糸のようなもので、深く、深く繋がっているのだ。

 薬指の真珠の指輪が、それを肯定するように柔らかく輝く。

 白い紙に文字を綴るように、自分達の旅はまさに今、はじまったばかりなのだから。

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