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1-3 クリスタグレイン王と飛行船

 いかめしい身なりの男達が、隊列を組んで広間へ入場してくる。見知らぬ異国に売り飛ばされる直前の子供のようなみじめな気分で、アリアは黙って手鏡を手に、それを眺めていた。

「病床のクレスタグレイン王には心よりお見舞い申し上げる」

 使者らしき男が、アリアに深々と格式ばった礼をする。

 かなり重い病気だ、という事で、どんなに頼んでも会わせてもらえなかった、同じ屋根の下にいるはずなのに未だ見も知らぬ祖父の事を考えて、アリアは更に落ち込んだ。

(私のたった一人の身内なのに、もしかしたらこれから一度も会えないのかしら……)

 使者が、何やら長い祝辞らしき物を述べている間、アリアは無言でうつむいていた。

(このままじゃあ、孤児院だってどうなるかわからないし……何だかよくわからない国に行かされる前に、せめて、皆に、お別れの挨拶くらいしていきたいのに)

 行方不明だった姫君が見つかった、というニュースは既に、国中に広まっているらしい。号外の新聞も出た、と侍女達が噂していたのも耳に挟んでいる。

 孤児院にもそろそろ伝わっている頃だろう。読み書きを頑張って教えた孤児院のちいさな子供達が、自分の名前をそんなニュースで知るのは、何故かとても寂しい気がしてならない。

(何だか、どんどん皆が遠くなっていくみたい)

 涙が出てきそうになるのをぐっと堪え、豪華な玉座に座らされていたアリアは再び広間を見回した。そして、広間の脇に控えている、皆揃って人形のように表情ひとつ動かさない、どこか冷たい雰囲気のトーリス国の使節団にぼんやりと目をやった。

 すると、集団の一番後ろに控えている使者だけがひとり、そんな自分を微笑みながら見ているのに気付く。

(………牧師さんかしら?)

 胸に十字架をぶらさげて丸い眼鏡をかけているその男が、自分の持っている鏡を見て、一人で何やらふむふむと頷いている。そして、再び笑みを浮かべて、アリアを見た。

 その視線に暖かいものを感じ、思わずアリアがほっとした次の瞬間、唐突に広間の中にすさまじい突風が舞い起こった。思わず悲鳴を上げて、アリアは玉座から飛び降りて地面に伏せる。

 そして、恐る恐る顔を上げて、まだ風が吹き荒れて大パニックになっている広間を見た瞬間、彼女は反射的に立ち上がった。そして、婚礼衣装の裾をからげると、出口の方へ、考える暇もないままに走りだした。


 広間の出口を飛び出して、ひたすら彼女は階段を駆け下りていく。

(何だかわかんないけど、逃げるんなら今しか………!)

 誰かが後を追いかけてくる足音を耳にしつつも、振り返らずに走りつづける。そして、息を呑んだ。

「西側の階段じゃないと、正面玄関に出られなかったんだわ……」

 自分が全速力で走り降りてきた階段は、東階段だった。階段の先は行き止まりで、大きなドアがあるだけである。まだ城の中に不慣れだったアリアが、絶望的な声を上げて振り返る。足音が近付いてくるのが響き、アリアは必死で階段を駆け下りて、目の前のドアを叩く。

「開けて!! 誰でもいいから!! お願い!」

 そして、ドアを必死で押す。すると同時にドアがいきなり開かれて、アリアは勢い良く中に転がり込んでつまづき、床に倒れこんだ。

 ドアが閉められる音がして、アリアは息切れしつつも、その場に座りなおして息を大きく吐いた。そして、やっとの事で顔を上げる。そんなアリアの背中に、ドアを閉めた人物らしき老人の手が伸びてきて、そっと優しくさすってくれた。

「………あ、あの、ありがとうございます、おじいさん」

 老人が、目を丸くしてアリアを見つめ、そして突然笑い出した。

「なんだね、ここがどこだか知らずに迷い込んできたのかね、わしの孫娘は」

「………孫娘?」

 老人が、笑みを浮かべながら言った。

「実に元気の良い子だ。マクセの奴によく似ておる。一目でわかったよ。全く……」

「お父さんに?」

「あれだよ、お前さんの腕白親父はな」

 その言葉につられるままに、アリアは壁にかかっていた肖像画を見上げて、瞳を瞬かせた。

 若々しい青年が、肖像画には丸で似合わない闊達な笑顔を浮かべている。

「全く、手紙の一つも寄越さんで、勝手に逝ってしまいおって」

 アリアが立ち上がるのに手を貸しながら、クリスタグレイン王、アリアの祖父が嘆かわしげに呟く。アリアが、そんな祖父を見た。

 そして、何と言っていいかわからないまま、うつむく。

「嫁の顔くらい見せてくれればよいものを。だがまあ、あの馬鹿息子の奴も、よい嫁だけは貰ったようだな。こんなに可愛い娘が出来たからにして」

 アリアの顔に手を触れて、クリスタグレイン王が微笑んだ。

「セオドール、否、トーリス王から求婚の知らせが来たと聞いたが、今日だったのか」

「は、はい……」

 真っ赤になって、あわてて服の裾を直し、敬語を使うべきかそうでないべきか迷いつつ、アリアが答える。

「孤児院では、苦労したのかね」

「えっと……そんな事ないです。でも………」

 途端に、アリアの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「………みんな、どうしてるのかしら。まさかもう、追い出されたりしてないかしら……ああ、どうしよう。私、何も言わずに来ちゃったのよ……お別れだって全然言ってない。結婚なんてしたくないし、お姫様だってもう、どうだっていいから、帰りたい……」

 明るく笑う息子の肖像画の前で、突然ぼろぼろと泣き出した孫娘を見て、クリスタグレイン王が苦笑する。

「全く、マクセめ。あやつは相変わらず、突然わしを困らせるのが好きらしい」

 そして、言った。

「わしとしても不本意だが……トーリス国は強大な国だ。そしてわしの国は小さく、王様までもがこの通り、わかりやすく言えば死にかけの老いぼれだ」

 驚いてアリアがぐしゃぐしゃになった顔を上げる。

「肺病でな。今は発作がおさまっておるから問題ない。お前さんの見送りにも行きたかったんだが、先程までは調子が悪くてな、出に行けなかった。すまぬな」

「い、いえ、そんな……」

 何度もしゃくりあげながら、彼女は祖父を見る。

「わしとしても、可愛い孫ともっとゆっくり語り合いたいのだが……」

 ところが次の瞬間、ドアをノックする音が部屋に響き渡る。

「どうしよう……」

 アリアが再びこみあげてきた涙をこらえて、唾を飲み込んだ次の瞬間、

「失礼しますよ。えっと、鏡をお持ちの先程のお姫様はここでしたっけ?」

 鉄が折れるような轟音と共に、部屋の大きなドアが内側に倒れてきた。あわてて二人は後ろに飛びのいて、言葉もなく後ずさる。

「いやあ、意外に立て付けが悪いドアでしたね。こんなにも簡単に倒れるなんて」

 そこに立っていたのは、先程の牧師だった。その牧師は重いはずのドアをいとも軽々と持ち上げて、ひょいっと元通りに壁に立て直した後、二人の方へ向き直り、にこにこと微笑みながら会釈する。

「はじめまして、クレスタグレイン王にクレスタグレイン姫。えっと、僕の名前は……って、ああ、そうだ。名乗りを上げる前に、ここで是非とも言っておかねばならない台詞がありましたっけ……」

 泣くのも忘れて目を丸くするアリアを見て、牧師が笑う。

「ああ、そうそう。『命が惜しければ、鏡をよこせ』です。せっかくの本格的悪党デビューに相応しい華やかな台詞を、我らが船長と考えてきたのに」

 クレスタグレイン王が、アリアを後ろ手に庇いながら聞いた。

「トーリス国の者か?」

 すると、呑気に彼は笑いながら、答えた。

「僕は違いますよ。むしろ、トーリス国とは犬猿の仲といいますか……」

「先程、船長と言ったな?」

 王がふと、どこか興味深そうに牧師に聞く。

「おや、我らが船長をご存知なんですか?」

 王がそれには答えずに言った。

「『鏡』を手に入れて、どうするつもりかね」

「僕はただのお手伝いさんですよ。何なら、本人に聞いてみますか?」

 謎の牧師が、部屋の窓の外を指差した。二人が振り返って言葉を失う。窓の外に、何時の間にか飛行船が浮かび上がっていた。

「エム・オール号といいます。いい船でしょう?」

 王が思わず笑い出した。

「世界中で悪名を馳せている船だな。だが、実に素晴らしい」

 わけがわからず戸惑っているアリアに、牧師が声をかけた。

「広間では大変失礼しました。驚かせてしまって。城中があなたを探して大騒ぎですよ」

 アリアが、泣きそうな顔でうつむいた。

「我らがエスト・コルネリア船長が珍しく憤慨してましたよ。トーリス国王は何を考えているんだ、と。そうですよね、こんな、可愛い娘さんを、優しいおじいさんとの語らいもないまま、しかも魔法の鏡だけをお目当てに、強引にお嫁に貰っていってしまうなんて」

 静かに窓が開く音がして、アリアと王の二人は振り返る。

 そこに立っていたのは、ぞっとするような角と鱗があしらわれた厳つい眼帯で顔の半分を隠した、銀色の髪の年齢不詳の男だった。

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