2−5 サン・カリスト空軍
船を港につけて、少しばかり周囲を探索するために一同は小さな折り畳み式ボートに乗り移る、
「マエストーソ!見て、海に樹が生えているわ」
「マングローブですね。珍しい。この浮き島にどうやって根を張っているんでしょうか」
「岸辺の花も、どれもすごく大きくて鮮やかなのね。海も真っ青だわ。あれ、もしかして珊瑚かしら。ああ、南の国の海なんて、一生来れるなんて思わなかったわ。夢みたい!」
小さなボートの舳先で、日よけ用の帽子を片手で押さえながらアリアが目を見張る。
「しばらくは南の海を漂っていた様ですね。帰ったら図鑑をお貸ししますよ」
マエストーソがそんな彼女を眩し気に見上げて答えているのを、機嫌よく眺めながらスミスが海面に視線を投げる。
「魚も色とりどりですね。食卓に乗せるには向かなさそうですが」
「スミスは泳げるのか?」
チャーリーが聞く。
「僕は荒野育ちでしてね。そういえば泳いだことはなかった気がします。こうして南の海を見ているのも新鮮ですが、日がな一日青い海を眺めて釣りでもして過ごしたい気分ですねえ。釣り道具、倉庫のどっかにあった気がしましたが、こう、手っ取り早く銛とかでもいいですかね」
「スミスが銛なんか使ったらクジラだって獲れるだろ」
一同が笑う。マエストーソが笑いを零しながら、オールを片手に指折り言う。
「間違いないですね。何日分の食糧になるでしょうか」
「一年間クジラ肉だけで暮らすのはいくらなんでも勘弁よ。陸には他に何があるのかしら」
「この島でしか取れない珍しい染料が取れる樹や花があるそうです。あとは、青くて美しい真水の湖も」
「不思議な場所ね。綺麗なものがいっぱいあるわ。さっきの真珠とか。丸でここが楽園みたい」
「本当に」
「ここに、『扇』があるのね……」
「誰かが持っているのか、それとも島のどこかに隠されているのか、それはまだわかりませんが」
ふとマエストーソが上空を見あげて、溜息をつく。
「どうやら急いで探さなければいけないようです」
遥か遠くに、黒い点がポツポツと見える。
「飛行船?」
「つまり追手がもう来たのか」
溜息をつき終えたマエストーソが、
「もっと島を見て回りたかったわ」
思わず帽子を脱いで空を見上げ、思わず本音を呟くアリアの揺れる前髪に、手の甲で触れて言った。
「それは、『扇』を見つけてからにしましょう。お約束します」
「そ、そうよね。本来の目的を忘れちゃダメよね、わ、私しっかりしなきゃ。でもこの島を、どうやって探せばいいのかしら」
「長と呼ばれる人がいるようなので、話を聞きに行きましょう。礼を尽くすのが筋です。しかし、その前に……」
「あれをなんとかしなきゃな……」
上空から降りてきた巨大な飛行船に一同が唖然とする。
「飛行船を五艇繋いだのでしょう。長旅に備えられるように」
「船籍は」
双眼鏡を覗き込んだチャーリーが答える。
「サン・カリストだ。空軍って書かれてるぞ」
スミスが目を丸くする。
「空軍? そんなものうちの国にありましたっけ。まあ、ならず者の多い国ですし、城の執政官達が慌てて適当に作った可能性はありますが………」
「………うん。最近作ったんじゃないかな。船の塗り方が、なんかこう、興行前に慌てて塗り直したサーカス団の看板みたいだ」
「適当に名前を名乗っているのか、それとも最近新設したのか………」
スミスが首を傾げる。マエストーソが溜息交じりに言った。
「とりあえず軍隊を作って、まずは功績を、ということでトーリスの賞金首を狙った、ということかもしれませんね」
「賞金首?」
「私をあの国に突き出せば一定の信頼は得られるはず。この船には既に『扇』以外がほぼ揃っています。そしてトーリスの『剣』は、私が持っている鞘さえ揃えば完璧です」
「ああ、成程……」
「サン・カリストは宝物集めにそんなに興味がなさそうですが、如何せん治安が悪いんですよね。軍隊、といったところでどうせならず者の寄せ集めでしょう。上陸されたら面倒ですよ」
「凍らせるには大きすぎますね。しかし……」
バサリ、バサリ、と布が広がる音が上空から響く。
「パラシュートまで持ってやがるのか!」
思わずチャーリーが声を上げる。
「筏が………」
降りてきた男達が筏の上に飛び乗って何やら喋っている。そして、筏に繋いであったロープを引っ張り出した。そして、ロープにくくりつけられていた貝をひとつひとつ、こじ開けはじめる。
その時だった。
「だ、駄目よ!まだ真珠は育ってないわ!大事に、育ててきたのに!!!!」
13歳くらいの、アリアよりはやや年下の少女が悲鳴を上げて陸の方から駆けてきた。
そして筏と筏を繋いでいる梯子の上を走って、パラシュートから降りてきた男達の方へ駆けていく。舳先で息を呑んだアリアが振り返った。
「マエストーソ!」
「了解です。スミス、オールを任せました」
手にしていたオールを投げ渡して、鞘を手に持ち替えてチャーリーに聞く。
「チャーリー、来れますか」
「了解」
鞘を海に向けた途端に、海の表面が、一直線に流氷の様に凍り付いていった。
「スケート靴を買っておくべきでしたね」
スミスが笑う。
「いいですね。………次の港の市場には、売っているでしょう」
マエストーソが少しばかり意味深に微笑んでから答え、船から飛び降りて駆け出していく。
「次の港、トーリスですかね。あそこは北国ですし、スケート靴も売ってそうですが」
「ここで『扇』を手に入れたら、そうなるはずだけど」
ボートに残ったアリアとスミスが顔を見合わせる。一瞬見せた、郷愁の様な陰影のある微笑み。
やはり船長にとってトーリスには何か、自分達ですら知らない『何か』があるのだろう。
そんな彼らを後ろに残し、マエストーソが言う。
「あの子を助け出したら、すぐに後ろに下がってください。この入江に降りられなくします。あの子にとっては、あの真珠が生活の糧なのでしょう」
「そうらしい。まだ小さいのにひとりでよく頑張ってるよな。サーカス団に入ったときの俺、あのくらいの歳だったかな。ハールーン!!」
『了解、相棒! 滑って転ぶなよ!!』
「これでも俺は元々曲芸師だぞ! 慣れてるんだ!」
背中から槍を抜いたチャーリーが、海に流れていた流木を素早く拾い上げると空中に放り投げて槍で真っ二つに割り、平たく割った流木の板に片足を乗せて、槍をストック代わりに一気に滑り出す。突如凍りだした海から突然現れた少年の槍さばきに、パラシュートを背負ったまま少女を取り囲んでいた男達が一気に海へと放り出される。
「え、あ、あの、ありがとう、ございます」
「いや、礼はあとでいいよ。逃げるぞ! あんな船やならず者が降りてきたら厄介だけど、マエストーソが何とかしてくれる。ただし……」
凍った氷の上に、銀色の髪の男が立っている。そこを中央に、海がどんどん凍っていく。
「凍ったら、降りてきちゃうんじゃ」
反射的に少女を抱き上げて、チャーリーが全力でボートへ戻りだす。
「うちの船長のすごいのはここからなんだよ」
真珠の筏の周りの流氷が次々に、剣山の様に尖った形に変化していく。
「あ、あれは………!?」
「ほら、パラシュートで降りたらひどい目に遭うだろ。あんな感じで大丈夫かな」
筏の表面が青く光っている。薄く氷を張ったのだろう。よく見ると、筏に張った氷の中央部分が少し盛り上がっている。
「ああやって、真珠を狙って筏に着陸すると滑って転んで海に落ちる仕組みだ。そういや真珠って、寒いと育たなかったりするかな」
「こ、今年はちょっと海が暖かいから……大丈夫だと思います。あの、あなたたちは、一体?」
「ボートに戻ってから説明するよ。……えっと、そうか、海水が暖かいってことは溶けるのも早いってことだな。早めにあいつらとっとと片付けた方がよさそうだ。船長に言っておかなきゃな」
少女が聞く。
「………あの銀色の髪の人が、船長さん? もしかして、飛行船で、筏をきちんと避けて通ってくれたのは、あなたたちですか? お礼、言えたらって思ってて……」
「そりゃよかった! それにしても、ああいう物騒な大人達に近づくと、だいたいろくなことにならないから気をつけたほうがいいぞ?」
「は、はい……」
「まあ俺達も物騒といえばまあ物騒な類いの人間なんだけど、少なくとも人様の真珠を横取りしたりはしないさ」
抱きかかえられたまま少女が目を丸くする。海の上を板で滑って器用にボートまで戻り、少女を降ろしてやると、アリアが駆け寄ってくる。
「大丈夫?怪我はない?」
同世代の、少しだけ年上の少女に優しく声をかけられ、思わず安心したのか膝から崩れるようにボートに座り込み、やっとのことで返事を返す。
「は、はい、だ、だいじょうぶです………」
「本当に良かったわ。涙を拭いて。それで、案内して貰えると嬉しいわ。この島の女王様のいるところに」
ハンカチを取り出して涙を拭ってやりながら、アリアは聞いた。
「は、はい!」
「厄介者は俺らが片付けておくよ」
少し年上のアリアに優しく声をかけられて安心したらしい少女が
「あ、ありがとうございます」
おずおずと頭を下げる。
「頭をあげて。後は私達に任せてください。要するにこれは、ルール無用のデスマッチ、と認識しました」
涼やかな面立ちと温厚な物腰を崩さずに、物騒な単語を言い放つこの船長にはなかなかの迫力がある。
「さすがは船長。わかっていらっしゃる」
背中のベルトから『杖』を抜き取って、スミスも脳天気に笑う。
「まあ、慣れてるしさ。真珠貝の仇はとってやるよ」
チャーリーもそんなドルチェの肩をポンと軽く叩いて言う。アリアが聞いた。
「武器とか、そういうの持ってる?」
「真珠をとる時の小さいナイフしか……」
「ま、危ないことはしないに越したことはないわよね。その代わり、全力で走りましょ!」
「はい!」
走り出す女子二人を見送り、残った三人が顔をみあわせる。スミスが言った。
「ルール無用のデスマッチですからね。さて、淑女には見せられない程度でいきましょうか」
チャーリーが息を吐いた。
「スミスって本当に牧師だったのかって不思議に思うことの方が多い気がするな」
「わかりやすく言うと、こうでもしないと牧師が務まらないのがサン・カリストという国です」
マエストーソが真顔で言う。
「私は他の牧師を知らないので、牧師は何処の国も皆スミスみたいな人間を揃えている、と思うことにしています」
スミスも真顔で応じる。
「もちろんですよ。航海日誌に付けておいてください」
「あなたの『杖』からため息が聞こえるのが気のせいだと良いのですが」
思わず首を振り振り、チャーリーが言った。
「清く正しく生きていかなきゃな、ハールーン!」
ハールーンが珍しく真面目な声で問い返す。
『………清く正しくの定義ってやつはスミスの兄貴の辞書から盗めるんだっけか?』
器用に再び片足を板の上に乗せて飛び出したチャーリーが言う。
「まあ、恩人だから片目をつぶっておくことにしてるんだ。俺はティーンエイジで悪の道、物分かりのいいクソガキだからな!」
瞬時に三人ほどを叩きのめして海中に放り込み、聞こえてきた罵声をそのまま引用する。
『度胸がついてきたな!それでこそ相棒よ!!』
「女王様? 名前、聞いていいかしら」
周囲を警戒しつつ駆け足でアリアは聞いた。
「クロリンダ様っていうの」
「その方が『扇』の持ち主?」
「えっと、そうなんだけど、持って使ってるのは女王様じゃないの」
「それはいわゆる……所有権ってやつかしら」
「なんかそんな感じの言葉を聞いたわ。おねえさま、詳しいのね」
『おねえさま』と呼ばれて思わずこそばゆくなったアリアが慌てて言う。
「あなたみたいな可愛い子のお姉さまになるのは光栄だけど、『アリア』でいいわ。わかりやすい名前でしょ?あなたの名前、聞かせて貰っても良いかしら」
「ドルチェ、といいます。扇を持っているのはケイ。この島にやってきた旅の『流れ者』って。涼やかでなんか不思議な人なの。港に向かうって言ってたけど、入れ違っちゃったのかしら」
「どうやらそうみたいね……」
大きな大砲の音が響き、巨大な船団があわてて浮かび上がる。
「この島にも大砲があるのね」
「あなた達の船にはないの?あんな素敵な船だもの。ない方がいいだけど」
「そういえばないわね……襲撃されることはあっても、したことなんてないみたいだし」
島の王宮が見えてくる。
「きちんと挨拶しないと。緊張するわ」
「もっと気楽でいいんじゃないかしら。あたしでも自由に入っていい場所なの」
アリアが笑う。
「だといいんだけど、実は私、お姫様なのよね。こういう時こそきちんとしておかないと、後々何かあったら困っちゃうかもしれないのよ」
「しかし数が多い」
「全くです。こっちのスタミナ切れを狙っているのでしょう。事前情報はきちんとチェックしているようで何よりです。僕あたりは首に結構な賞金がかかってるんじゃないですかね。この人気っぷりから察するに」
などと言いながら平然とちぎっては投げを繰り返すスミスに、マエストーソが息を吐いて微笑む。
「大丈夫ですか」
「まあ、故郷に残したものが何もないようなヤクザな牧師です。オラトールに選ばれてあなたに助けてもらっていなかったら、今頃あっちにいたかもしれない人材ですよ」
「スミスを相手にすると思うと怖いどころの話じゃあないな」
「全くですよ」
軽口を叩き合いながらも、三人の間隔が徐々に詰まってくる。
「一気に片付けることができない、というのも歯痒いものです」
それを警戒しているのか船長には近寄らず、散開して襲撃してくる。スミスが眉を寄せた。
「指揮官でも雇ったんでしょうかね。うちの国にしては頭がいい」
その瞬間、何かが破裂するような音がして、足元に水飛沫が飛ぶ。
「……やばい、この音、銃だ!!!」
サーカス用で扱っている小道具と音だけはそっくりだが、サーカス団で働いていた経験がこんなところで生きるとは。思わず視線を遠くに投げる。
「本物は見たことがないけど、多分そうだ。船から狙ってきてる」
「そんなものまで持っているのですか」
「トーリスあたりから買い入れたのでしょうかね」
マエストーソが思わずチャーリーを引っ張り戻したその途端、彼が乗っていた板が弾け飛ぶ。
「しかもいい腕前ときてやがる」
三人が目を見交わし、息を呑んだ瞬間、遠くから今度は聞きなれない動物の声が響き渡る。
「狼だ!!!!!」
サン・カリスト側の後方から悲鳴が上がる。
「こんな海に?」
マエストーソが呟いた次の瞬間、飛び石のように人間達を蹴り飛ばしながら、一匹の大きな狼がこちらに向かって駆けてきた。
『そこなお人達よ。助太刀いたす』
古風な物言いをする狼に、三人が目を見張る。
『……しかし大きな船じゃなあ。あの船の表面から、つんとした嫌な臭いがする』
目を丸くしたままチャーリーが思わず答える。
「ペンキかな。塗りたてらしいんだ」
『ふむ。「ぺんき」というのか。久しいなハールーン、それにオラトール。その節は世話になった、と拙者の中の『狼』が挨拶しておる』
ぱたぱたと尻尾を振りながら言った。
『扇に選ばれたのは拙者じゃが、扇は女王が持っておる。そのうち助けも来よう。で、あの船はどうしたものかのう』
「陸に近ければ沈めてもいいんですが、乗ってきたあのならず者がこの島から出られなくなるのもお困りでしょう」
『うむ。拙者の朝食にするにもちと量が多い。一人だけ残してくれればあとは適当で良いぞ』
思わず絶句するチャーリーと、微笑するマエストーソと、大口を開けて笑うスミスが同時に問い返す。
「食べるんですか?」
『骨があるやつは好きじゃが、どうかのう』
「それはあまり期待できないかと。何せ僕の国は『ガラの悪さ』にかけては他の国より遥かに先をいってまして。つまりは僕同様、煮ても焼いても生でも食えぬ、ダシを取るにも向かない悪漢共です」
ざっと取り囲まれるが、
『じゃあやめておくかの。優しく一噛みするだけで勘弁してやるのじゃ』
そして言った。
『この島にもちと古いが大砲があるゆえ。巻き込まれぬ様にな』
「大砲が?」
『島の先代がかつてこの島にあった何かと引き換えに買ったと女王が言っておった。5つの秘宝とは別にな』
次の瞬間、空気を震わせる轟音が響く。
『あれじゃよ。さて、どうするかや?』
「大砲ですか。追い返すなら今ですね。感謝します。あとで女王陛下の元に伺いましょう。案内してくれますか?」
『うむ。おぬし達は実に興味深い。道すがら話を聞くのが楽しみじゃのう』




