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1-16 港町へ

『こら、相棒! しっかりしやがれ!!』

「ちょ、ちょっと待てって! いくら何でもスミス相手に……!!」

『い、痛ぇ!』

 スミスの振り下ろした『杖』をまともに受けて、チャーリーの手から『槍』が吹き飛んだ。

 思わず受け身で甲板に転がり、それでも、慌てて空中から落ちてきたハールーンを、サーカス団で培われた軽業を駆使して、片手で難なくキャッチする。

『あ、兄貴。兄貴もそうとうの怪力でしたが、こっちの旦那も……結構なお手前のようで』

 オラトールが記す。

『宝物は、素質が似たものを選ぶ』

 ごん、とデッキにそんな『杖』を立てかけたスミスが笑う。

「成る程。ではチャーリーは、凄腕の盗賊並みの素質を持っているということですね?」

「盗賊?」

 今朝方見た夢を、おぼろながらに思い出して呟くチャーリーに、

『こいつはまだまだ、おいらのような凄腕の盗賊にゃあ程遠いですぜ、兄貴』

 ハールーンが笑う。

『ま、確かに、おいら以上にこいつは、身は軽いですがね』

「おかげで、ついムキになってこう、叩きのめしてしまいたくなりますよ」

 はっはっは、と陽気に笑うスミスを見て、チャーリーが、じんじん痛む両手に視線を落としながら、心底言葉を無くす。

「……サーカス団にいた時よりずっと、命がけの練習になるなんて」

 やっとのことで、そう嘆いてから彼は立ち上がる。そして、ふと呟いた。

「海の匂いがする」

 海独特のあの塩辛い香りが、これまた海独特の強い風に交じって甲板を吹き抜けていく。そこにマエストーソがやってきた。

「近くの港に大きな市場があります。停泊してそこへ行きましょう」

「市場へ?」

「船の人数も増えましたし、皆で日用品を買い足しに行きませんか。売りにだすものも溜まってきましたし」

「売りに?」

「まあ私はいわゆるお尋ね者ですが、それでもれっきとした冒険者なので、旅の先々でこういうのを発見しては売りに出しているんです。城から遠い場所のほうが、名前が知られていないので………」

 数々の鉱石、古めかしい陶器の壺や装飾品、薬草の詰められた瓶などを、船長室の扉付き棚から運び出しながらマエストーソが言った。

「意外と薬草が売れるんです」

「わかるわ。薬って調合したやつを買うと高いのよね。自分で煎じたほうがどれだけ節約になるか」

「さすがは孤児院の院長先生ですね」

「せ、先生って程じゃないわ。でも風邪が流行ると大変なのよ。煎じ方のレシピとか書いてつけたらセットでもう少しいい値段にならない?」

 スミスが笑う。

「いいアイデアですね。紙を持ってきますよ」

「なんだったら俺、こっちの短剣もサビを落としておくけど」

「本当ですか。助かります。それは骨董品じゃないので錆を落としたほうが高く売れるはずですし」

「サーカス団の小道具でこういうの扱ってたから得意なんだ」

 天気が良い甲板の上に座り込み、運びだされたあれこれを手にとってチャーリーが笑う。

「他にもあるんだったら磨いとくけど」

「それはよかった。この船を襲ってきた盗賊の、ちょっとした「贈り物」が結構ありまして」

「お、贈り物………?」

「質は良くないんですが、おかげさまで量だけはあります。まあ私はいわゆる悪党扱いですから、これくらいなら………」

 どうやら襲ってきた盗賊から没収した武器一式を、市場で売り飛ばすらしい。

「まあこの程度なら神様も許してくれるんじゃないでしょうかね」

 マエストーソとスミスがせっせと倉庫から武器を運びだしてくるのを見て、もう言葉も出てこないアリアとチャーリー。アリアがしばらく考えこんだ後に、

「でもまあ、命を取ってないだけ紳士的よね」

「そうだよな。そう思おう。ま、これも、ティーンエイジの悪の道ってやつかな………」

「………じゃあこれを書いたら後でそっちも手伝うわ」

「アリアは仮にも姫様だろ?前科がついたらどうするんだ」

「大丈夫よ。私どちらかといえば『孤児院院長』の方が長いもの。貧乏は全ての敵よ?貰えるものはなんでも貰っておかないと」

 紙に薬草のレシピを書きながら堂々と言ってのけるアリアを眺め、2歳年上の自分よりもよほど度胸がありそうだ、とチャーリーが苦笑する。

「素敵ですね。それがあったら良い値段で売れます。何か欲しいものはありますか?」

 アリアが書いた紙を嬉しそうに眺めてマエストーソが微笑む。

「えっ、いいの!? えっと、そうね、私一度食べてみたかったのよね、アイスクリーム」

 港町の海沿いにはよく売られているらしい。

「あ、いいな。俺も食べたことないな。冷たい氷みたいなお菓子だっけ」

「最近は紅茶味もあるって聞きましたよ」

「皆で行きましょう。おごりますよ」

「ホント!?」

「俺こういうのおごってもらったことないんだ。楽しみだな!」

 恐ろしい眼帯に銀髪の、悪名高き船長とは思えない。

「どうしよう。本当に楽しいわ。おじいさまのお手紙に書くのが楽しみね」

「だよなあ。こういう風に過ごしたことなかったもんな。サーカス団も楽しかったけどさ」

 それはきっとこの船長も同じだろう。二人の会話を耳にしながら、いつもより足取りが少し軽いマエストーソを見てスミスは笑いをこぼす。

 父親を探しながらサーカス団で暮らしてきた少年、孤児院で育ってきた少女、どちらも、ひどい虐待などはなかったらしいが、それなりに苦労を重ねてきているらしい。そして、過去のことは語らないが、彼らのそれよりももしかするといくらか重い背景がおそらくあるのだろう、まだ年若い船長。

「旅は道連れ、ですかね」

 どこか控えめな笑みばかりだったあの船長が、よく笑うようになった。

 弟や妹みたいに賑やかな彼らが来てくれて本当によかった、とスミスは珍しく真顔になって、丸い眼鏡の奥の目を閉じた。

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