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1-14 盗賊と神官

 賊の襲撃から数日が過ぎたある朝早く、いつものように、フライパン片手にのんびりと鼻歌を歌いながら、スミスがすぐ隣に立てかけてある『杖』の、オラトールに言う。

「こうして朝食を4人分準備するのも慣れてきましたが、何だかもっといっぱいこの船には人が乗っている気がいつもするんですよ」

『我らのことか』

「昔、人間だったのでしょう? なんというか、そうですね……好きな食べものとか、あります?」

『供え物ならいらんぞ』

 スミスの言いたいことは何となく察する様になったオラトールが言った。

『供物は、供える側だった』

「なるほど、僕と同様、清く正しい聖職者だったんですね」

 人の良さそうな外見とはうらはらに、大の男を平気で片手で空中に放り投げる驚異的な豪腕を持った彼が、ふむふむと殊勝げに頷くのを見て、オラトールが、お馴染みの巨大な溜息と共に、

『そうかもしれんな。誠に嘆かわしい』

 いつもの口癖を呟く。

「それがどうして、こんな『杖』になってしまっているんです?」

『この「杖」は、神官が自ら祈りの言葉を彫りこんで、祭りの際に奉納する祭具の一つだ』

「へえ……いつの時代でしょうか。それも、在りし日の『楽園』の話ですかね」

『……然り』

 丸で、日記を書き綴っている人間が、遠い日を思い出してふと手を止めているような、そんな間の後に、オラトールが呟く。

『古きは生贄を捧げていた。その代わりに、この杖を乙女に見立てて捧げるようになった』

 『杖』にしては妙に太く頑丈なのは、文字通りの『人柱』の代わりだったらしい。何故その『人柱』を模した様な杖に、乙女ではなく、おそらくは壮年の男であろう聖職者のオラトールが「入って」いるのか、遠慮無く問いかけていいものか判断しかねたスミスが、思わず口をつぐむ。

「………成る程。古代の風習ですね。それで、あなたが神官だ、ということは、あのハールーンも、何かそういったお仕事だったんですかね? さすがに、神官には見えませんが、あなたの事をいつぞやは、『兄貴』と呼んでましたよね?」

 オラトールが笑う。

『あやつは馬番だった。だが、それ以前は、名高い盗賊であった。ハールーンとは、我があやつを捕らえて以来の付き合いだ』


「ほら、歩け!」

 背の高い神官が、厳重に鎖で縛り上げられた少年を引き立てていく。

「全く、何でこんな奴が神官なんだかわかりゃしねえ……街にいる大道芸人だってこんな力持ちはいねえぞ。いっそ仕事を変えてみたらどうなんだ」

「われらも、貴様がまさか、このようなチビだったとは思っていなかったがな」

 仏頂面の神官が、苦い顔で言う。

「チビチビ言うんじゃねえ。このデカブツ唐変木野郎が」

「そのデカブツに叩き伏せられたのはどこのチビだ」

 少年の背中とみぞおちが、ずきずきと痛む。

「畜生……」

「まあ、こちらとしても久々に、腕を振るわせてもらったがな」

 城の宝物庫に侵入し、そして大乱闘の末に捕まえた盗賊の少年に、神官が言う。

「それにしても、どのようにお前はあの宝物庫に入った」

「知らねえよ。俺が手をかけたら、扉の方が勝手に開きやがったんだ。どうせおめえ達の罠だったんだろ?」

 神官が、少年を見る。

「扉が開いた?」

「せっかく鍵開け用の道具も持って来たのにさ。ありゃ何かの魔法なのか? それに、金銀山盛りを期待してたのに、中には大したもんもありゃしねえ。あそこ、本当に宝物庫だったのかよ」

 地下牢へ向かう通路で、神官が足を止める。

「お前は、中を見たのか」

「見たもなにも、何もありゃしなかったけどな。床にはなんか変な模様が描かれただけでさ」

 ふん、と鼻を鳴らして少年が言った。

「で、鉄格子とマズい飯がお待ち申し上げてるはずの、おいらの今夜の素敵なお部屋はどこだってんだ。それとも城壁の外に放り出されておいらが竜の飯にされちまうとかそういう話なのか?ま、それならそれで………」

 神官が、彼をひっぱったまま、向きを変えて、元来た方向に歩き出す。

「お前を、姫のところへ連れて行く」

「な、何だって!?」

 思わず、あんぐりと口をあけて、彼が振り返り、後ろの神官を見上げる。

「あの宝物庫は、限られた人間しか入れぬ神聖な場所だ」

「神聖?」

 そこに、階段を駆け下りてくる軽やかな音がする。再び前の方へ向き直った少年が、言葉を失った。白いシンプルなワンピースを身に纏った少女が、息せき切らせて駆け下りてきたからである。

「そこにいるのが、『千の腕を持つ盗賊ハールーン』なの?」

 この自分でも決して、むしろ、自分には永遠に盗み出すことの出来ない何かを目の当たりにしたような気がして、その少女を見た瞬間、何でも盗み出す奇跡の腕前を持った盗賊の少年、ハールーンは何故か、思わずはっと目を閉じた。


 はっと目を覚まして、チャーリーが天井を見上げて目を瞬かせる。

「千の腕……」

 自分が、世にも名高い盗賊になっていたような、不思議な夢を見ていたような気がして、彼は頭を振る。

(確かに、今の俺ってまあ、盗賊みたいな感じなんだろうけどさ)

 そして、起き上がってぼんやりと部屋を見渡した。

「船長の、子供の頃の部屋なんだっけ」

 どうも『賊』というイメージからは程遠い物腰の不思議な船長の、子供時代の部屋は、大小様々な本と、地図でいっぱいだった。

「色々勉強してたんだろうな。小さい頃から」

 船に関しては全くの無知である自分には、案外ちょうどいいかな、という事を何となく考えながら、彼は再び寝台に横になる。寝台の枕元に立てかけてある『槍』が、微かに赤く光っているのを見て、チャーリーがそれに手を触れる。すると、ふと頭の中に、今しがた夢に出てきたような、白い服の可愛らしい少女の姿が浮かんできたような気がして、彼は思わず手を止めた。そこに、朝食を作っているらしい香りが漂いはじめる。

(もう少しだけ、眠ってていいかな)

 サーカス団にいた時は朝から掃除や準備、道具の手入れでてんてこ舞いだった。今こうして暖かい寝台で夢うつつでまどろんでいることこそが、夢のように感じる。まどろむように光る槍を見て、手を戻し、思わず目を閉じてから、寝台にまた潜り込んだ。

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