1-12 最前列にて
色とりどりの衣装のサーカス団員達に案内されて、アリアとスミスとマエストーソは、広間の最前列に腰を下ろす。
「賓客扱いですね。これも僕達の人徳の成せる技でしょうか」
「みんな、秘密にしてくれるって。私の正体とかも」
彼らの命を救ってくれたクリスタグレインのお姫様と、その不思議な一行が、このサーカス団の皆の尊敬の念を集めてから、一晩が過ぎていた。
「いい人達ね」
「本当に」
自分の両親も、このサーカス団と同じような場所で、毎日過ごしていたのかしら、とアリアは目を細める。そこに、声がした。
「船長殿と姫君は、こういった場所はお好きかね?」
見ると、昨日の夜に出会ったセリスレッド王である。あまり目立たない服を着て、どん、と最前列に腰を下ろした彼が、言った。
「今日の朝はさっそく、命を救って貰った」
「何かありましたか?」
「まあな。間一髪だったが、こうして生きておる。実にいいものだな」
そして、王はこの不思議な船長に、何かを手渡した。
「これがあれば、どの国のどの城にも入ることが出来る。おそらく、役に立つことがあるだろう」
アリアが見てみると、それは大きな金の指輪だった。
「それひとつで我が国の使節団と同じだけの権限がある指輪だ。ただし、それゆえに、『正面玄関から』『正式に』訪問する時にしか使えぬやつだ。………エスト・コルネリア船長。おぬしには、アレックスの孫娘、すなわちクリスタグレインの姫君、そして5つの宝物を護衛して貰わねばならん。それを、予が認めよう」
「………ありがとうございます、陛下。しかし、何故………」
「予は商業の国の王だ。ゆえに人間に投資するのは大好きでな。若い頃は三度の飯より博打が好きだったが、要するに昔の悪い血が少々騒いだだけのこと。おぬしらが気にすることはない」
そこに、楽団の音楽が響き渡る。陽気な道化師達が現れて、一同は前を見た。
「おや、チャーリーじゃないですか」
空中のロープの上に立っている道化師の一人が、槍を手にしている。槍を空中に威勢良く放り投げて、彼がぱん、と勢い良く手を叩いた瞬間、空中で回転している槍の両端に一気に炎が燃え上がった。観客達の歓声が上がる。
「おやおや、ハールーンも大変ですね」
「きっと今頃、怒ってるわ」
スミスとアリアが顔を見合わせて、くすくす笑う。落下してきた槍が、悲鳴を上げる。
『何しやがる、相棒! 熱いじゃねえか!!!』
「サーカスなんだからしょうがないじゃないか。我慢してくれって」
『畜生、おいらを何だと思ってやがる』
「サーカスを手伝ってくれるっていったのは、そっちの方じゃないか」
一本だけ張られた細いロープの上で、きらきら光る槍に向けて、チャーリーがにやりと笑い、もう一度今度は、炎のついたまま後方上空に高々とに投げる。
ハールーンがわめきながら空中を飛んでいくのを、道化師の腹話術だと思い込んだ観客達から、笑いが上がる。今度はロープの上で見事に後転した彼が、難なく拾い上げて言った。
「これが、サーカスなんだ」
『じょ、冗談じゃねえ……おいらはもうごめんだ』
「男なら最後までやりとげろって、そっちが先に言ってたじゃないか、兄貴」
『……勝手にしやがれ。覚えてろよ!!』
言葉どおり、「投げ槍」になったハールーンが捨て台詞を吐いたと同時に、団長の口上が響く。
「ご覧下さい皆様、ここにございますのは世界に二つとない、不思議な不思議なしゃべる『槍』でございます……」
その日の公演が終わり、荷物を手にしたチャーリーが言った。
「お世話になりました、皆」
「お前も、気をつけてけよ!」
「姫さん達に、迷惑かけるんじゃねえぞ」
団員達が、口々に言う。
「お前は身が軽いし、雑仕事だってこなせる。あの炎の魔法も何かと役に立つだろうよ」
何かと世話になってきた団長が言った。
「『楽園』とやらが見つかったら、俺らも公演しにいきてえってもんよ」
「また手紙を送ります、団長」
「気ぃつけてな」
船の甲板を見上げると、3人がこちらに手を振っている。
「出発しちゃうわ、早く!」
不思議な船に、不思議な人達が乗っている。不思議なのに、何やらとても親しみやすい。小さい頃に父が自慢げに語ってくれた冒険物語の様だ。
(成り行きでこうなっちゃったけど、これからの旅も、悪くないかもしれない)
思わず笑顔を浮かべ、早足で彼は、船へと飛び乗っていった。