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1-1 冬の日のお客様

友よ


青春の日々は過ぎ 私たちは違う道を歩む

幾度の歳月を経て 変わらぬものもあれば

変わりゆくものもあるだろう


けれど友よ

それはわたしたちが 何者にでもなれる証

何年、何十年経とうと、

わたしたちは、わたしたちの力で

なりたいものになるのだ


そう、私がなりたいものを見つけてくれたのは

あなたがたと過ごした日々に他ならないのだから

「いやあ、助かった」

 まだ内装の整っていない建設中の船の中で、ふう、と一息ついて、男は雪の降り積もる窓の外を見た。

「しかしまあ、何て寒い国なんだ。トーリス国ってのは」

 荷物を降ろして思わずぼやく男を、造船所脇に停泊しているこの船まで案内してくれた親切な男が聞いた。

「冒険者の方ですか?」

「ああ。そうなんだ。南の方から来たんだが……この寒い中、宿がどこも満員でさ。あとちょっとで凍え死ぬところだった」

 そういって彼は、ポケットから煙草を取り出し、男に聞いた。

「吸ってもいいかな?」

「構いませんよ。ああ、寒かったでしょう、妻がもうすぐ暖かい飲み物を持ってきてくれますよ」

 男が笑顔で言う。

「この船は、あんたの?」

「私は造船師なんです」

 背が高く細身で物腰丁寧な目の前の男は、とてもじゃないが職人には見えない。そんなことを考えながら男の手をさりげなく見てみると、確かに、意外にごつごつと節くれだっている指が、それを証明している。

「で、この船はあんたの作品ってことか。すごいじゃないか。俺は職業柄、船には結構詳しいほうだが……」

 男は、改めて船室内をゆっくりと見渡した。

「最高だな。小さいが、頑丈な造りだし、まだ途中らしいけど、内装もいい」

 そう言って、男はぱちり、と指を鳴らす。すると、ぽっという音と共に、煙草に火がついた。

「魔法ですね」

「ああ。ま、たいしたもんじゃないけど、まあ、冒険の旅には結構役に立つんだ」

 すると、船室のドアが開く音と共に、驚くほど美しい声が飛び込んできた。

「いらっしゃい。お客様かしら?」

 思わずぎょっとして、冒険者は振り返る。そして、更に今度は目を見開いた。

「宿が空いてなかったそうだよ、ミスティ。今夜は泊まっていかれるそうだ」

 冒険者の目が、入ってきた女性に釘付けになる。

「………奥さんか?」

 うら寂れた港町の造船所には似つかわしくない、美しい金色の髪の若い女性が、お茶のポットを手に歩いてきた。

「ええ。僕の妻です」

 ポットを受取った男が、妻の金色の前髪に手の甲で触れる。恋人同士だった頃からの癖なのだろうか。しかし、一体この寒い国のどこを歩いていたらこんな美しい恋人が出来るのだろう。

「美男美女とは良く言ったもんだ……」

 心底羨ましげに、思わず彼はそう呟いて、その女性に頭を下げてからお茶を受け取った。そして、お茶を受け取りながらも、今度はその女性の手をそっと盗み見る。そして、ちょっと内心首を傾げながら考えた。

(……家事仕事でちょっと荒れてはいるけど、本物の貴婦人の手だな、これは)

 冒険の路銀が尽きた時には、手相占いで急場を凌ぐこともあった彼が、そう直感して再び、ミスティと呼ばれたその女を見た。

「ありがとうよ、奥さん」

「こんな寒い中、大変だったでしょう。今夜はゆっくりお休みになって下さいな」

 夫に優しくキスをしてから、彼女は部屋から出ていく。すると、それと入れ替わりに、今度は可愛らしい声が飛び込んできた。

「お客様ですか、お父さん?」

 ティーカップを手に振り返ると、そこには先程の母親と同じ髪の色をした、小さな少年が立っていた。

「羨ましいです、冒険者だなんて!」

 10歳くらいの少年が、無邪気な敬語と共に、彼を見上げてくる。思わず微笑んで、彼は少年に言った。

「結構大変なんだぞ。今日だって、君の親父さんがここに泊めてくれなかったら、俺はその辺で凍えて朝には雪だるまになってたかもしれないからなあ」

 そして、ふと呟いた。

「俺にも子供がいるんだ。やんちゃな奴がな。俺のカミさんも、お前の母さんくらい美人だったらなあ……」

 すると、少年が嬉しそうに言った。

「僕のお母さんは、お姫様なんです。お父さんがいつも、そう言ってます」

 思わず冒険者は笑い出す。そして、冗談交じりに言った。

「道理で美人なわけだ。って事は坊やは、王子様か」

「いいえ。僕は船長になるんです。お父さんの船に乗って、世界中を飛び回って……」

 そんな息子に、父親の造船師は微笑みながら言った。

「あなたの冒険心は、母親譲りですね」

「へえ、母親譲りって、もしかして見た目よりずっとあの奥さん……」

「船乗りの妻ですからね」

 洒落めかしてそう言って、造船師は楽しげに微笑む。

「うちのカミさんも、似たようなもんだな。さすがにあんな美人じゃないが。それにしても、随分しっかりした息子だなあ」

「ありがとうございます。本当に、船が大好きで」

「俺だって、こんな快適な船に乗って旅が出来るんだったら、金貨1000枚払ってもいいな」

 窓の外は大吹雪になっているが、船内は全く寒くない。

「宿屋に泊まるよりずっといい。この船、名前は?」

「名前はまだ、決めてないんですよ。機関室と操縦室が未完成でして。本当は飛行船にしたかったのですが……」

 ふと、造船師が呟いた。

「飛行石が最近、どういうわけか手に入らなくなってしまって」

「飛行石?」

 少年が横から口を挟む。

「飛行船の燃料です。火で熱すると、飛行船の浮力が生まれるんです。ね、お父さん?」

「そうですよ、よく覚えていましたね」

「さすがは船長だ」

 大人二人に誉められて、少年が照れ笑いする。そこに、先程の母親が入ってくる。

「ここにいたの。でもエスト、もう寝る時間よ」

「僕、もっとお話が聞きたいです。冒険の……」

「俺の?」

 冒険者は、笑って言った。

「明日の朝に、ゆっくり聞かせてやるぞ。冒険者は規則正しく生活しなきゃだめだ」

 素直にそれを聞き入れて、エスト、と呼ばれた少年は、客人にぺこりと頭を下げてから、母と共に部屋を出ていく。その後ろ姿を見送って、冒険者は呟いた。

「俺も、そろそろ家に帰ろうかな。もう半年も帰ってない」

「そのほうが良いですよ。ご家族の方が心配なさっているでしょう」

「息子が俺の顔を忘れちまわないうちに、帰っておくか」

 そして、造船師に聞いた。

「そういえばあんたの名前は? さっきも聞いたが、グラン……何だっけ」

「グランディオです」

「しかしまあ、変わった家族だな。職人一家らしくないというか……」

 すると、グランディオが笑って言う。

「そうでしょうね」

「飛行石か……似たような石なら、持ってるぞ」

 その言葉に、グランディオは驚いて冒険者を見つめる。すると

「面白いから、息子への土産にしようと思ってたんだが……」

 彼は立ち上がると、自分の荷物の袋に手を伸ばして、中から一つの石を取り出した。

「『飛翔石』って言うらしい。ほら、こうやって使うんだ」

 冒険者が、テーブルの上の皿を引き寄せて、その皿の上に石を乗せる。そして、

『飛べ!』

 と力を込めて声をかけると、きらり、と石が発光し、ふわりと皿が浮かび上がった。グランディオが目を見張る。

「大陸の向こうの船は、これを使って魔法使い達が飛行船で飛ばしているらしいぞ。ああ、宿賃代わりにプレゼントだ。息子が喜ぶぞ、きっと」

 あわててグランディオが言う。

「でも、あなたの息子さんへのプレゼントでしょう?」

「あいつなら、お菓子でも買って帰れば喜んでくれるさ。まだ3歳だしな」

 冒険者が笑って言った。


「本当にいいんですか?」

 次の朝、少年が嬉しそうに声を上げる。

「俺は後は家に帰るだけだからな。荷物は軽いほうがいいし」

 少年の手には、分厚い地図の本が握られていた。そしてもう片手には、飛翔石が握り締められている。

「汚い字で一杯書き込みがしてあるけどな。大分ボロいし。ま、未来の船長に冒険者からの贈り物だ」

 グランディオとその美しい妻が、小さな息子と共に頭を下げる。

「本当にありがとうございました」

「いやいや。俺も、こんな良い家族を見てたら……何だか今すぐ自分の家族の顔が見たくなってさ。それに、朝飯も美味かったし、部屋も暖かかったし、本当にここはいい船だ。じゃあな、世話になった」

 すると、少年が声を上げた。

「ちょっと待っててください!」

 そして、船室の方へ走っていく。しばらくして、彼は何かを手に戻ってきた。

「これ、お礼です。おじさんの息子さんに……」

 それは、小さなコンパスだった。

「僕、大丈夫です。二つ持ってるから……」

 よく見るとそのコンパスには、名前が書かれていた。それを見て、冒険者が笑って少年の頭を撫でる。

「ありがとうよ。エスト・コルネリア船長。未来の偉大なる船長さんか。また、世界のどこかで会おうな」

「はい!」

「そういやうちのチビもいつか俺みたいな冒険者になるって言い張って、カミさんを困らせてたっけな。その時はよろしく頼むぜ!」

 手を振りながらタラップを降りて、冒険者は再び船を見上げる。幸せそうな家族の住む中型の船が、白い雪に半ば覆われて、朝日をあびてきらきらと白く輝いていた。

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