権力の味は蜜の味
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──権力の味は蜜の味
アレックスとアリスの調べた情報を下に、エレオノーラたちが動く。
「ルートヴィヒ殿下。少しよろしいでしょうか?」
「ん。君は誰だ?」
「エレオノーラと申します。エレオノーラ・ツー・ヴィトゲンシュタイン」
「ああ。ヴィトゲンシュタイン侯爵家の」
帝国においてヴィトゲンシュタイン侯爵家の名を知らないものはいないようで、話はすぐに進んだ。
「それで、ヴィトゲンシュタイン侯爵家のご令嬢が私に何か?」
「はい。是非とも殿下にご紹介したい人々がいまして、よろしければお茶会などいかがですか?」
「ふむ。無下にするもの失礼だ。お受けしよう」
「ありがとうございます。では、後ほど案内の手紙を送らせていただきます」
ルートヴィヒは誘いに乗り、エレオノーラは一度立ち去る。
「上手くいったよ、アレックス」
「何よりだ。間違いなく彼は乗るだろうと思っていたよ」
「彼のことが分かってきた?」
不敵な笑みを浮かべるアレックスにエレオノーラが首を傾げてそう尋ねた。
「彼はやはり権力がほしいのだよ。あるいは自分が権力を持っているように振る舞えることを望んでいる。侯爵家のご令嬢である君の誘いは、まさに特権階級だけの権利だと思っているようだ」
「私だって好きな人といつでもお茶会はするのに」
「でも、好き好んで彼とはしないだろう?」
「ええ。特に好きでもないし、ね」
エレオノーラはばっさりとそう言った。
「私は君とお茶会をするのは好きだよ」
「それは私も同じ。やっぱり好きな人と一緒の方がリラックスできるから」
アレックスとエレオノーラはそう言葉を交わす。
「さてさて。では、あまり好まれていない彼のためにお茶会の準備をしよう!」
それからアレックスたちはカミラにも手伝ってもらってお茶会の準備をし、ルートヴィヒに向けてお茶会のお誘いの手紙を送った。
ルートヴィヒから出席するとの返事が返ってきた。
準備は万端だ。
「ようこそ、殿下。お待ちしておりました」
ルートヴィヒが訪れるのにエレオノーラが頭を下げて出迎える。
「エレオノーラ嬢。紹介したい人間がいるということだったが」
「はい。まずはお掛けください」
「ああ」
エレオノーラに促されてルートヴィヒが椅子に腰かけた。
「それではご紹介いたします。アルカード吸血鬼君主国のカミラ殿下とトランシルヴァニア候閣下です」
そして、そこでカミラたちが入ってきた。
「おお。紹介したい人間というのがまさかアルカード吸血鬼君主国の姫君とかの有名な古き血統とは。驚きだ」
「殿下。我らが帝国とアルカード吸血鬼君主国は友好条約を締結し、ともに歩もうとしています。カミラ殿下たちは既に私の友人でもあり、これからの友好ために是非とも殿下のお力をお借りしたいとのことなのです」
「ふむ。この私の力をかね?」
「その通りです」
アレックスから出ていたルートヴィヒ攻略の指示は、とにかく彼を高く評価するということ。ルートヴィヒが必要以上の権力を持っているという風に扱うことが重要だとアレックスは言っていた。
「いいだろう。初めまして、カミラ王女、トランシルヴァニア候」
「初めまして、ルートヴィヒ皇子。よろしく頼む」
それからルートヴィヒとカミラたちが挨拶を済ませ、お茶会に臨む。
これといって具体的な帝国とアルカード吸血鬼君主国の関係改善案は出てこないが、カミラたちはルートヴィヒならば両国の間に多大な貢献をできると評価し続けた。これもまたアレックスの指示である。
「もちろんだ。私ならば両国の関係を飛躍的に高めることができるであろう」
持ち上げられているとも知らず、ルートヴィヒはいい気分でそう語っていた。
「ええ。ルートヴィヒ殿下でしたら両国の関係をより良いものにできるはずです」
「あなたが責任ある立場についてくれるといいのだがな」
トランシルヴァニア候とカミラもルートヴィヒを持ち上げる。
「そう、私のような未来を見通せる人材は責任ある立場にあるべきなのだ。私のような人材を活用しないのは、本当にもったいないこと。しかし、帝国の大勢の人間がそれをちゃんと理解していない」
「それは残念なことです。優秀な人材に限って相応しい地位につけないと聞きます」
「その通りだ。優秀な人材は嫉妬の対象だ。私に嫉妬している連中が、私の地位への就任を妨げている。腹立たしい限りだ」
エレオノーラがそう同情して見せるのにルートヴィヒがそう言う。
「では、殿下を地位につけるという試みに賛同してはいただけませんかな?」
そこで不意にエレオノーラでも、カミラでも、トランシルヴァニア候でもない声が聞こえてきた。
「誰だ?」
「初にお目にかかります、殿下。私はアレックス・C・ファウスト!」
「……誰だ?」
「あなたの願いを叶えるものさ」
ルートヴィヒにとっては謎の人物であるアレックスはそう言って登場した。
「ルートヴィヒ殿下。あなたの今の地位はあなたの才能に相応しくない! あなたはもっと相応しい地位に就くべきだ! この国の指導者としてあなたはその才能を輝かせるべきなのだよ!」
「お、おう。いきなりだな。しかし、私の支持者ということか? それには感謝するが、この国の指導者というのは……」
「無論、あなたには皇帝の地位が相応しいといっているのだ」
「お前、それは!」
アレックスの言葉にルートヴィヒが明らかにうろたえた。
「おやおや。何を恐れているというのだ、殿下? 皇帝の地位は代々奪い、奪われてきた。簒奪こそがその歴史だ。あなたが同じことをして何が悪いというのだと? 何も悪いことはないのだよ!」
「……私を何の陰謀に巻き込もうとしている? その陰謀はアルカード吸血鬼君主国もぐるなのか?」
「陰謀は確かに存在するし、あなたにも関係している。そして、あなたは間違いなくこの陰謀に乗ってくるだろうと私は見ている。なぜならばそこに権力があるから、だ。あなたは権力がほしくてほしくてたまらない人種。そうだろう?」
「それは否定はしないでおこう」
やはりルートヴィヒはこの陰謀に乗りつつあるとアレックスは思った。
「あなたは積極的に動かなくともいい。こちらでお膳立てしよう。しかし、全てが整ったときにあなたが皇帝になるという確約がほしい。私はあなたを皇帝としてたたえる準備がある」
「どんな陰謀が進行中なのか教えてくれ。まずはそれからだ」
「大いなる陰謀だとも。流血も、裏切りも、嘘偽りも盛りだくさん。説明しよう」
説明を求めるルートヴィヒにアレックスがそう語り始める。
「我々は現在の帝国の体制を打倒するつもりだ。もちろんこれは国家反逆罪と大逆罪の両方を冒している。我々は皇帝を玉座から追放し、この国を乗っ取るつもりなのだから」
「どういう方法で?」
「おっと! そこまで詳細は述べられない。あなたが密告する恐れがあるからだ。だが、我々の同志はいろいろなところにいるとだけ申し上げておこう。全員が今の帝国の体制を打倒し、新しい時代が築かれるのを望んでいる」
「分からないな。その手の国家転覆は主義主張があって行われるものだ。目的もなく、通り魔的に行うようなものではない。お前たちの国家転覆の先にある目的とはなんだ?」
アレックスの一連の説明に対してルートヴィヒがそう指摘し、尋ねた。
「では、お答えしよう。我々はずばり黒魔術を認めさせたいのだ。今の第九使徒教会に配慮して黒魔術を禁止し続ける帝国の体制にさよならしたい。そして、思う存分黒魔術を広めたい。それが我々の主義主張だ、殿下」
「なるほど」
ルートヴィヒは驚くでも、取り乱すでもなく、アレックスの言葉に頷いた。
「それならば容認できる。しかるべき時がくればお前たちに力を貸していいぞ」
権力の味は蜜の味。それを手に入れるために人は犠牲を容認するものだ。そう、アレックスは内心でほくそ笑んだ。
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