ルートヴィヒ
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──ルートヴィヒ
アレックスたちはアルカード吸血鬼君主国への留学手続きが終わる前に、イオリス帝国の第2皇子たるルートヴィヒの『アカデミー』入りを目指した。
「ルートヴィヒ殿下は一体何に興味があるのだろうか?」
ミネルヴァ魔術学園地下迷宮にて『アカデミー』の会合を開いているアレックスが『アカデミー』の主要メンバーたちにそう尋ねる。
「さあ? 知らないです。やんごとなき方々ってのは何を考えているやらで」
「権力、異性、金、そして自由。やんごとなき血筋のものであろうと生き物として別種の存在というわけではない。意外にその欲望というものは俗っぽいものだ」
アリスが首を傾げ、カミラがそう言う。
「ルートヴィヒ殿下とは以前宮廷行事でお会いしたことがあるよ。普通の人、だったかな。あまり印象に残らない感じの人だった気がする。主役が皇帝陛下と皇太子殿下だったから仕方ないのかもしれないけど」
エレオノーラは侯爵令嬢としてルートヴィヒに面識があった。
「ふむ。では、面識があるエレオノーラを中心に調査だ! ルートヴィヒ殿下の求めるものであったり、弱みであったりを握り、ルートヴィヒ殿下を『アカデミー』に引き入れるぞ!」
「おー!」
とりあえずアレックスとエレオノーラだけが盛り上がった。
「今回はさほど嗅覚が優れているわけではないのだな、アレックス?」
「それはどういうことですかな、カミラ殿下」
「私のときはいろいろと手を回していたではないか。今回も密かに手をまわしているのではないか?」
カミラがそうアレックスに指摘した。
確かにアレックスはカミラのときはスパイだと見抜き、彼女の先を読むことでその証拠を掴んだ。それによってカミラは『アカデミー』に加わったのである。
「ああ。そうですよ、そうですよ。私のときも妙に勘がよかったというか、私が黒魔術を使うってどこで聞いたんです?」
「そう言えば私のときも何故私があなたたち『アカデミー』に加わるような人材だと把握したのでしょうか?」
アリスもジョシュアも同様の疑問を覚えていた。
「はーはっはっはっはっ! 私にも分からないことはあるのだ!」
「答えになってないぞ」
アレックスはそう哄笑し、カミラたちは白い目でアレックスを見る。
事実をネタ晴らしするわけにはいかない。アレックスが一度目は失敗し、敗北し、そして戻ってきたということは明かせない。
何故ならば緊張感がなくなるからだ。負けてもやり直せると思えば、何度でも失敗してしまうだろう。それではいつまで経っても勝利することはできないのである。
故にアレックスは事実を明かさない。
「まあ、いいですよ。健全な一般庶民にはやんごとなき方々と同じくらい頭がおかしい人の考えも分かりませんから。調査は私の下級悪魔を使います?」
「もちろんだ。アリスの下級悪魔には活躍してもらうよ。それからエレオノーラとカミラ殿下、トランシルヴァニア候には高級貴族と王族ということで直接接触してもらいたい。直接何かが聞き出せる可能性もある」
アリスの下級悪魔の使い魔はドローン代わりになる便利なものだ。偵察や盗聴にもってこいの優れた性能をしている。
「なら、私がルートヴィヒ殿下にカミラ殿下たちを紹介するよ。いきなりカミラ殿下たちから声をかけるのは不自然だし。私であれば同じ国の主従関係にある皇族と貴族としてそこまで警戒はされないはず」
「頼んだよ、エレオノーラ!」
「けど、アレックスは何をするの?」
「両方を支援しよう。それから第三者の介入を阻止しておく」
「第三者の介入って?」
「第九使徒教会」
アレックスの口からこの世界における最大の宗教組織の名が出た。
「第九使徒教会は聖ゲオルギウス騎士団の聖騎士を送り込んできている。彼らと我々は絶対に相いれない。現状、最大にして絶対の敵だと言えるだろう」
第九使徒教会からはガブリエルとエミリーの2名の聖騎士がミネルヴァ魔術学園を訪れていた。
「そう言えば聖騎士が来てるんですよね。聖騎士がこの学園で今何をしているのかは知りませんけれど」
「彼らは調査を進めているよ、アリス嬢。私が入手した情報によればカミラ殿下の調査にやってきて襲撃して来た悪魔と学園内でちらほらと目撃される黒魔術、それから著しく倫理に反した魔術の研究が行われていないか」
「へえ。分かっちゃうんですね。何だが凄いですけど、その情報網でルートヴィヒ殿下の件もどうにかなりません、トランシルヴァニア候閣下?」
「あいにくだがルートヴィヒ殿下はノーマークでした。情報はない」
「残念」
アリスはスパイマスターであるトランシルヴァニア候がルートヴィヒの情報を持っていないことに肩を落とす。
「自分たちで調べた方が達成感があるからいいのだよ。さあ、作戦開始だ!」
「おー!」
そして、アレックスたちが行動を開始。
まず動いたのはアリスとアレックスだ。彼らは下級悪魔の使い魔でルートヴィヒの動きを把握するところから開始した。
「アリス! 使い魔出撃だ!」
「はいはい」
アリスは下級悪魔の使い魔を宿した人形をドローンががわりに展開させる。放たれた複数の人形が壁に貼り付いて天井によじ登ったり、地面を物陰に隠れたりしながらルートヴィヒに向けて進む。
ルートヴィヒはアレックスたちより1つ上の学年。そのくすんだ金髪をヘアオイルでオールバックにしており、制服はきっちり着ている。
エレオノーラは目立たないといっていたが、それはもっと目立つ皇帝などがいるからの話。周りに一般人しかいなければ十分に目立つ存在であった。
そして、彼は今級友たちと食堂で雑談に興じていた。
『──つまり、帝国議会は皇室をないがしろにしていると?』
『その通りだ。帝国議会は臣民の代表である自分たちこそが帝国における最大の権威だと勘違いしているのだ。それは大きな間違いだと言わざるを得ない』
級友が尋ねるのにルートヴィヒは雄弁に政治について語っているところだった。
『この帝国における最大の権力者であり権威は皇帝であり、皇室だ。帝国議会は皇帝の臣下として働くだけの存在にすぎない。あくまで皇帝が、この帝国の行く末を決め、全てを支配するのだぞ』
ルートヴィヒの語るのをアレックスたちはこっそりと聞いていた。
「やれやれ。この手の政治談議は他の人が恥ずかしくて言えないような過激なことを言えば受けるというくだらないところがあるから嫌いだよ。やれ、あいつを処刑しろだとか、やれ、政府を転覆させろだとか」
「どーでもいいです。私のような平民に政治は無縁ですよ」
アレックスは辟易した表情で語るが、アリスは聞き流している。
『帝国議会にどうして権力があるのかを考えればいい。誰から彼らは権力を与えられた? そう、皇帝と皇室からだ。これでもうどちらが主かははっきしている』
『お言葉ですが、殿下。帝国議会を構成する議員たちは国民によって選ばれたことで権力を与えられたのでは?』
『まさか。ほんの一部の人間が投票しただけだぞ? それも帝国における権力をやはり皇帝から与えられた人間たちだ。皇帝は全ての権力と権威の源だ』
まだまだ政治談議を続けるルートヴィヒたち。
『それは皇太子殿下も同じお考えなのでしょうか?』
『私の意見だ、これは。兄上はどうなのかは知らない』
ここで少しばかり嫌悪の感情が混じったのをアレックスは聞き逃さなかった。
「もしやルートヴィヒ殿下と皇太子殿下は不仲なのでは?」
「え。どうしてです?」
「あのやけに過激な政治的意見には現状への不満が濃く見て取れる。その現状というものには兄弟の関係というものも含まれているだろう。すなわち皇太子殿下は即位して皇帝になるが、ルートヴィヒ殿下は何にもならないというものも」
アレックスは僅かな会話からそのような結論を導いた。ここまでくると推理というより妄想に近いが、それでも完全に外しているわけではない。
事実ルートヴィヒは自分が第1皇子ではなく、皇太子ではないことに不満を覚えていた。アレックスは忘れてしまっているが、アレックスの一度目の人生にて彼はクーデターを起こそうとして投獄されているのだ。
「で、あるならば、どうします?」
「それをエレオノーラとカミラ殿下に探り出してもらおう!」
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