いじめっ子たち
本日6回目の更新です。
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──いじめっ子たち
アレックスはアリスへの接近を試みていた。
アリスがいじめられているのは分かっていた。彼女は平民で、社交的でもない。いじめられるのはある種の必然であったかもしれない。
「アリス・ハント。私が獲得したい人材だ」
アレックスがサタナエルに向けてそう告げる。
「前の人生では手に入れ損ねた人材というやつか。何故手に入れ損ねた?」
「いろいろとあったのさ。そもそも最初は彼女がそこまで有望な人材だとは思えなかったこともある。だが、彼女は自身の真価を見せつけてくれた。それは残念なことに彼女が死ぬ直前のことだったがね」
「なるほどな。で、計画は?」
「特にない」
サタナエルが尋ね、アレックスは肩をすくめた。
「何だ、それは。当てにならないな」
「しょうがないだろう。私とて万能ではないんだ。それでも彼女を手に入れるつもりだがね。有望な人材であり、勝利のために手に入れるべき人材だ」
「じゃあ、さっさとやれ」
アレックスに向けてサタナエルがそう言う。
「分かっているよ。今日もアプローチしてみるつもりだ」
そう言ってアレックスは寮の部屋を出た。
今日は休日で生徒たちは許可を得ていれば街に向けて外出したし、そうでなければ広大な学園の中で過ごしている。
「さてさて。アリス君に会いに行くか。こういうことはコツコツと好感度を稼ぐに限るというものだよ。人間関係とは演劇のように劇的にはいかない」
「力で屈服させるという手もあるだろう」
「彼女には味方になってもらわなければならないんだよ、サタナエル。力で征服できるのは敵だけだ。味方を恐怖で脅せば裏切りを招く」
「ふん。俺はいつだって恐怖で征服してきたぞ。裏切れば死よりむごたらしい最期を与えてやるだけだ。それで万事うまくいく」
「君の人生はとても楽しそうだ」
暴力的なサタナエルの生き様をアレックスは羨ましがりながら、アリスを探して学園内を歩く。
休日の学園はほとんどの生徒が外出することもあって人気があまりない。
「例の根暗な女も街に出たんじゃないか? 俺にはこのクソみたいに退屈な場所に留まろうとするやつの気が知れん」
「ああ。このミネルヴァ魔術学園は帝国の中心たる帝都に位置している。大陸でもっとも栄えている都だ。そこに行かずにこの学園に留まるのはいささか理解もしがたいものだろうが、理由はちゃんとある」
アレックスがそう言ってサタナエルに説明を始める。
「まず、外出は全員に認められるものではないということ。成績に問題があったり、素行に問題がある生徒は外出許可が得られない」
「なるほど。ここに残るのは懲罰扱いか。次は?」
「田舎、または外国から来た生徒はこのイオリス帝国の帝都というものそのものに馴染みが薄い。ちょっと遊びに行きたいが、不安だという生徒は残る。帝都は多くの楽しみがあるが、治安がいいとは言えない」
「だからこそ面白いというのにな。アリスという根暗は後者が理由だろう」
「イエス。彼女の出身は帝都から遠く離れた場所だ」
アリスは学園にすら慣れていないのに、帝都などという都会にも慣れていない。
「それらによって学園に残る羽目になった連中は何をしている?」
「いろいろさ。図書館で自習をしていたり、課外活動に励んでいたり。あるいはよくない遊びに手を染めていたり、と」
「それには興味がある」
アレックスの言葉にサタナエルが犬歯を覗かせて獰猛な笑みを浮かべた。
「そう面白い話でもないさ。賭け事をしたり、普段ならば校則違反として注意されることをしたり。後は気弱な少女を理不尽にいじめるなどかね」
「確かに退屈でしょうがないな。もっと刺激的に生きればいいものを」
「君のようにね。一体何人の生徒をボコボコにしたんだい?」
「いちいち数えてはいない」
サタナエルは学園に入学してから何人もの生徒に喧嘩を売り、そして叩きのめしていた。そのせいでサタナエルは誰からも恐れられる存在になっている。
相手が大柄な成人男性であろうとサタナエルは殴り倒し、いたぶるのだ。
「そんなわけでアリス君は帝都の出身者でなく、彼女は一緒に出掛ける友人もいない。彼女は出かけずに図書館で休暇の時間を過ごしている」
「まさに根暗だ。臆病で、陰気。聞いているだけでいらいらする。俺はあいつを好きになれそうにもない」
「まあまあ。アリスは我々の役に立ってくれる。それで十分だ」
嫌悪を隠さないサタナエルにアレックスはそう言って笑った。
そして、アレックスたちは図書館へ入る。
ミネルヴァ魔術学園の図書館は帝国でも有数の収蔵数を誇るものだ。魔術に関わる本はもちろんとして様々な分野の学術書が収められ、文学作品も多数だ。
建物には歴史もあり、華やかでありながら、落ち着きも有する。
「みたまえ、サタナエル。アリスだ」
「ああ。予想した通りひとりで陰気に本を読んでやがる。何の本だ?」
「今は不明。様子をみよう」
アレックスとサタナエルは図書館の椅子に座ると、図書館で俯いてときどきにやにやしながら本を読み漁っているアリスを見た。
「よう、玩具屋! 何、読んでるんだよ?」
「あ……」
そこでまた以前アリスに絡んでいた生徒たちが現れてアリスの手から本を奪い取った。アリスから取り上げた本を生徒たち開いて眺める。
「何だよ、この本? 小説か?」
「子供っぽい恋愛小説じゃん。玩具屋ちゃん、こういうのが趣味なんだ」
生徒たちがからかい始めるのにアリスは俯いてやり過ごそうとしていた。
「はん。またいいようにやられているようだな、あの女。どうする? またわざわざ助けてやるのか? 俺は気に入らんがな」
「ふむ。確かに頼まれてもいないのにまた助けても好感度が上がるとは思えない。ここは別の方法を模索してみよう。彼女があの無礼な人間たちにどのように反応するかを眺めてみようじゃないか」
アレックスたちは図書館の椅子に座るとアリスの様子を眺めた。
「おいおい。何とか言えよ。こういうのが好きなのか?」
「別に……」
どうやらアリスは徹底した無視に出たようであり、椅子から立ち上がると、図書館から足早に出ていく。
「つまんねーの」
「他に行こう」
いじめっ子たちも飽きたのか机に本を投げ出して出ていった。
「おいおい。反撃らしい反撃はなかったぞ」
「正面からやり返すのは彼女のやり方ではないからね。さて、彼女は一体何を読んでいたのか確認しておこうではないか」
アレックスはいじめっ子たちが残した本を開ていて見る。
「『侯爵閣下と笑わない花嫁』と」
「くだらなそうな代物だな」
「ああ。正直、子供向けだね。しかし、子供が楽しめる文学というのはなかなか難しく、子供が楽しめるものは大人も楽しめるものである。子供を楽しませることができてこその名作だ。私の持論だよ」
「興味ない」
サタナエルが人間の文学になどまるで興味がなさそうだった。
「で、これからどうするつもりだ? 俺としては退屈な小説よりも、あの根暗な女がどのように自身の怒りを発揮するかの方に興味がある」
「私としてもね。今夜辺りに動きがあったはずだ。彼女は実に陰湿に復讐を成し遂げるよ。君も気に入ることだろう」
「それは楽しみだな」
アレックスはそう言い、サタナエルとともに図書館を去った。そのまま残された本は司書がうんざりした顔をしながら片づけてしまう。
「退屈な日だったな」
休日の学園は静かで、平和そのものである。そうであるがゆえにアレックスたちにとっては実に退屈な場所であった。
しかし、この次の日、事件は起きた。
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