約束は守ろう
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──約束は守ろう
アレックスたちは再び大図書館の隠し部屋に踏み込んだ。
「ジョシュア先生。これを見たまえ!」
アレックスはジョシュアを見つけると帝国議会図書館で手に入れた魔導書『禁書死霊秘法』を堂々と見せつける。
「それは……! まさか本当に手に入れたというのかい?」
「もちろんだとも。さあ、取引をしようじゃないか」
ジョシュアが目を見開くのにアレックスは不敵に笑った。
「約束通り、『アカデミー』に加わってもらうぞ、ジョシュア先生。そうすればこの『禁書死霊秘法』はあなたに差し上げよう。そうでないのならば──」
アレックスはそういうと『禁書死霊秘法』を持っているのとは別の手に炎を発生させた。赤々とした炎が『禁書死霊秘法』を今にも焼かんとする。
「何を!?」
「約束を破るならばそれなりのペナルティだ。私はこの魔導書を焼き、あなた方が事実の探求とやらを行えないようにしてしまおう。一応言っておくがこれははったりなどではないよ!」
うろたえるジョシュアにアレックスがそう宣言した。
「ジョシュア。どうする?」
「あの本に記された知識は手に入れたい。しかし……」
堕天使の仲間が尋ねるのにジョシュアが唸る。
「我々はあなたから研究を取り上げるつもりはないんだ。あなたの研究はこれからも続けていいし、何らこちらでもサポートする。その上で我々の仲間となり、あなたの知識を分けてもらいたい」
「随分と簡単に言ってくれるが、君が私を引き入れた後でその意見を翻さないと約束できるのかい?」
「それは信じてもらうしかない。この『禁書死霊秘法』は信頼を築くための第一歩だとでも思ってくれたまえ」
「ふむ……」
アレックスの発言をジョシュアはじっくりと考えた。
「分かりました。申し出を受けましょう」
そしてジョシュアはそう言った。
「ジョシュア……」
「知識は尊ぶべきだ。いかなる形であろうとも。それが我々『神の叡智』のモットーだろう? 彼らは知識を迫害するものたちではないと私は判断したよ。彼らと協力関係を築くことも利益になるだろう」
「分かった。お前の判断を尊重しよう」
そこで堕天使のひとりがアレックスの前に出た。
「『神の叡智』としてもお前たちに協力しよう、『アカデミー』の長よ」
「決して後悔はさせないと約束しよう」
こうしてジョシュアが無事に仲間になり、そして堕天使の秘密結社『神の叡智』とのつながりもできたのだった。
「では、ジョシュア先生の歓迎会をしよう! 『アカデミー』の本部へ!」
「わー!」
アレックスたちは早速ジョシュアを『アカデミー』の本部に案内。
「ようこそ、『アカデミー』本部へ、ジョシュア先生」
「学園の地下にこのような構造物があったとは。初めて知りました」
ミネルヴァ魔術学園地下迷宮の存在はジョシュアも把握していないものだったらしく、彼は好奇心に満ちた視線を『アカデミー』の本部となっている部屋の中に巡らせた。
「ここには貴重な魔導書もたくさんあるから、満足してもらえると思うがね」
「確かに。面白そうなものがいろいろとある。手を付けていないのかい?」
「あなたのために取っておいたんだよ。きっと加わってくれると思っていたからね」
「ふむ。それはありがたい」
ジョシュアの興味は『アカデミー』の本部にある膨大な魔導書に向けられていた。
「それはともあれ、まずは自己紹介を頼むよ、ジョシュア先生。あなたについてまだ理解できていないことも多くあるのでね。あなたがどうして天使という身分を捨てて、地上で堕天使になったか、など」
「そうだね。まずは自己紹介をさせてもらおう」
アレックスがそう促し、ジョシュアがエレオノーラたちを前に自己紹介を始める。
「私はかつて神に仕える天使だった。さほど高位の天使ではないがね」
「天使って存在したんですね……」
「悪魔の存在を知っているのに天使の存在を疑っていたのですか? 天使も神も存在しますよ。ただ神については大勢が思い違いをしている節がありますが……」
アリスが驚いた様子で呟くのにジョシュアがそう言った。
「思い違いというと?」
「実在する世界を創造した神と人々が社会を構築するための基盤とした思想と宗教の中の神は決して一致しないということです」
「ふむ」
「人々は理想的な上位存在として神を考え、自分たちの社会を運営するために利用した。だが、実際の創造主としての神はそのような理想など知ったことではないという、理解不能な上位存在なのですよ」
カミラの疑問に対してジョシュアはそう言って肩をすくめた。
「ジョシュア先生はそれが嫌で地上に?」
「ある意味ではその通り。正直に話せば、神は知識を嫌っています。彼は地上のものが自分の想像の域から出ないことを望んでいるのですが、地上のものは常に神の思惑を上回って見せた。それが気に入らないのでしょう」
「知識は人々に新しいことをさせるから?」
「ええ。神は確かに世界を創造しましたが、あなた方が思っているような全知全能の存在ではないのです。彼には知識を得た人間が何をするのかを完全に予期できない」
「なるほど……」
「だが、私たちは知識は重要であり、それを保存する義務があると考えた。いかなる知識であれ尊ばれるべきであると。だから、私たちは神を裏切り、白い羽を捨て、こうして地上で知識の探求と保管にいそしんでいるのです」
ジョシュアはそう堕天の理由についても説明を行った。
「私が求めるのは知識の探求と保存。そのためにあなた方に協力しましょう。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼むよ、ジョシュア先生」
そして自己紹介をジョシュアが終えるとアレックスが立ち上がった。
「『アカデミー』のこれからの方針を説明しよう!」
アリス、エレオノーラ、カミラ、トランシルヴァニア候、そしてジョシュアの5名が『アカデミー』に加わり、『アカデミー』は昔のような人材不足からは脱した。
では、次だ。
「ジョシュア先生も言っていたが我々にとっても知識の追求と保存は重要な仕事になる。魔術というのはこれまで教会の迫害に晒されてきたのだからね。これを守ることも『アカデミー』の役割だろう!」
「この地下迷宮そのものが教会による魔術師の迫害の結果生まれてるからね」
「うむ。ここを貸してくれているアビゲイル女史のためにも我々も魔術を守るという立場に立とうではないか。と、方針を再確認したうえで我々がやるべきことだが」
エレオノーラが頷き、アレックスが続ける。
「まず『アカデミー』の一般メンバーと同盟者を増やしたい。一般メンバーは我々初期メンバーとは違い、責任はあまり負わないものの、ある程度役に立ってくれるものたちだ。ひとり今後のために引き入れておきたい人間がいる」
「誰だ?」
「第二皇子ルートヴィヒ殿下。彼が必要だ」
「ほう。随分と大物を狙っているな」
アレックスの言葉にカミラがそう言う。
第二皇子ルートヴィヒはミネルヴァ魔術学園に通っている。生徒のひとりだ。
「それから同盟者だ。我々『アカデミー』の規模が大きくなればなるほど当局による摘発の可能性は増す。その時に当局に対抗できる能力が必要になるだろう。そのための同盟者を作っておきたい」
「同盟者というと誰を?」
「私は海外にそれを求めるつもりだ、エレオノーラ。我々の友は海外にいる」
今後の方針についてアレックスはそう語ったのだった。
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