寄り道、道草
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──寄り道、道草
帝国議会図書館から無事に『禁書死霊秘法』を強奪したアレックスたちは帝都カイゼルブルクの繁華街にあるレストランで打ち上げ代わりの食事をしていた。
「しかし、ここら辺には初めて来ましたがいろいろなお店があるのですねえ」
アリスは注文したパンケーキを食べながらそう言う。パンケーキにはバターとはちみつ、それから生クリームが添えられていた。
「私も初めて繁華街なんて来ちゃった。でも、楽しそうな場所だよね」
エレオノーラは体をかなり動かして空腹感を覚えていたので、思い切ってパスタを注文していた。トマトの酸味と唐辛子の辛さが合わさったものだ。
帝国においては香辛料などで不便をしていることはない。帝国は恐ろしいまでの規模の流通網を有し、かつ大陸中央から各地に交易路が伸びているからだ。海上貿易も盛んで、帝都で手に入らないものはないというぐらいであった。
「繁華街でも酒を出す店だと我々未成年者は追い返されてしまうがね。自制心の弱い子供に自制心を失わせるアルコールの組み合わせは正直言ってトラブルの種だ」
「人間の基準だろう、それは。私は酒になど酔わんぞ」
アレックスはフライドポテトをつまみながらそう言い、カミラは果実ジュースのグラスを揺らしてそう言った。
帝都においてはアルコールを提供する店の場合、19時以降の未成年者の入店は違法となる条例が存在した。そして帝国においては18歳未満が未成年だ。
この店はアルコールを提供しない純粋な食事だけの店で、飲んで回った後に〆の料理を味わいに客が訪れている。
「ところで、そちらの方は問題はなかったかね、アリスたち? こっちは警察軍のそれなりの部隊とやり合う羽目になったよ」
「こっちも大変でしたよ。警察軍の精鋭とは言ったものです。こちらがいくら死霊と悪魔をけしかけても次々に捌かれちゃいますし」
アレックスが尋ねるのにアリスがうんざりした様子でそう返した。
「まさかとは思うが、警察軍に追跡されてはいないね?」
「その点は問題ありませんよ。こちらで処理しておきました。テロそのものの捜査が行われることは避けられませんが、これは追跡が難しい類のテロです」
トランシルヴァニア候がそう答える。
「突発的で計画性がほぼない。それゆえに証拠が残らず、捜査は困難というわけだ」
「そうであれば問題なしだ。帝国鷲獅子衛兵隊などの他の警察軍部隊の出動は?」
「ああ。いろいろ来ていたぞ。我々が帰った後にな」
アレックスの問いにカミラが嘲るようにそう言った。
「ということは、全て順調に進んだということだ。予定通りにばっちりと。で、今回の作戦の反省をしてみよう。まず陽動担当だったアリスたちから、何か気になるようなことはなかったかね?」
作戦成功でそれでオーケーというわけではない。次も成功させるには反省をしておく必要があるのだ。
「やはり下級悪魔ですと簡単にやられちゃいますね。相手が破邪持ちの物質魔剣を持っていたらお手上げですよ」
「アビゲイル女史がやっていたように下級悪魔の入れる器を強化するのは?」
「それだとコスパがよくないです。私の戦術は低コストの下級悪魔を大量に投入する物量戦ですから。これに中途半端にコストをかけると、数が減って本来の強みが失われてしまうのです」
アリスの戦い方は徹底的にコストを抑えた下級、中級悪魔の使い魔を大量に投入する物量戦だ。
物量戦──つまり人海戦術というのは数の多さこそが重視される戦術だ。いくら高性能で高価な兵器でも一度に相手にできる数が限られることを突き、敵の対応能力を飽和させる圧倒的数で攻撃するというもの。
そのため質にリソースを回して量が劣ると攻撃を飽和させられず、全て迎撃されてしまい、敗北してしまう。逆に質が幾分か酷く劣ろうと数さえ揃うのならば問題ない戦術でもある。
「まあ、君にはメフィスト先生がいるから近接で身を護るすべはある。問題にはならないだろう。魔術師というのは懐に飛び込まれると得てして無力だからね」
アレックスはひとつ前に人生で近接戦闘をガブリエルに挑まれて敗北してる。そのことを踏まえた上での発言だ。
「カミラ殿下は何か反省は?」
「ない。退屈なイベントだったな。しかし、帝国の警察軍の働きが見れたのでそれで良しとしておいてやろう」
カミラはそう言ってサラダのトマトを口に運んだ。一口大にカットされた瑞々しいトマトがカミラの牙が覗く口の中に消える。
「警察軍は噂通りに優秀でしたな。彼らの練度も装備も優れたものでしたよ。アリスさんが言ったように次々に敵にこちらの死霊と悪魔が捌かれましたが、それは相手に優秀さを示すものに他なりません」
「ふむふむ。興味深い話のようだ、トランシルヴァニア候閣下」
ここでトランシルヴァニア候が自分たちではなく、敵であった警察軍についての分析を始めるのにアレックスが興味を示した。
「まず彼らは黒魔術についてきちんと理解していたということ。生半可な知識であると悪魔や死霊に対しては神術や聖剣と言った宗教的な手段しか通用しないと思い込む。ですが、今回戦った警察軍に関してはそれはありませんでした」
「黒魔術も願いをかなえる存在が悪魔というだけで、他の魔術と同じ。破邪などの対抗手段は通用する。そして悪魔や死霊にもこの世界で肉体を得ているならば人間と同様に物理で殴れる」
「そう、その通りです、エレオノーラさん。その点を理解しているのは優れた集団であることの証左でしょう」
トランシルヴァニア候は警察軍が正しい黒魔術の知識を有していることに注目していた。彼らは迷信や偏見で行動せず適切な戦術でアリス、カミラ、トランシルヴァニア候たちと戦ったのだ。
「彼らの基礎的な戦術も適切でした。歩兵と魔術師、騎兵の諸兵科連合を形成して、自分たちより遥かに数で勝る我々に対して隙なく戦っていましたからね」
「歩兵の汎用性、魔術師の火力、騎兵の機動力。諸兵科連合はそれぞれの長所でそれぞれの短所を埋めるということができているわけだ。警察軍でこれなのだから帝国陸軍というのもそうなのだろう」
歩兵、魔術師、騎兵にはそれぞれ短所と長所がある。故に軍隊では歩兵だけの部隊や魔術師だけの部隊を作らず、複数の兵科をミックスさせた諸兵科連合を形成するのだ。
「帝国、侮りがたしということで、私からも反省点を述べよう」
ここでアレックスが語り始めた。
「帝国の魔術師の質は高いとういことを私も思い知った。というのも、サタナエルが交戦した警察軍の将校は人刀一体流を使用していたよ。とても高度な身体能力強化の一種で、サタナエルと互角に斬り合っていた。いやはや!」
「サタナエルさんと互角ですか。それはまた」
アレックスの言葉にアリスが感心したように頷く。
「これからも警察軍とやり合うことあるだろう。諸君も次に備えておきたまえ!」
「分かった、分かった。これからも付き合ってやる」
そしてアレックスがこの言葉でこの食事会を締め、会計を済ませるとそれぞれが自由解散となった。
「アレックス。少し遊んでから帰らない?」
そこでエレオノーラがそう提案してきた。
「いや。今日はもう遅いよ。また今度来ようじゃないか」
「残念。じゃあ、一緒に帰ろ」
「ああ。一緒に帰ろう。また手を繋ぐかい?」
アレックスはそう言ってエレオノーラに手を差し出す。
「うん。繋ごう」
エレオノーラがアレックスの手に自分の手を重ね、そして彼らは帝都の繁華街からミネルヴァ魔術学園に向けて戻り始めた。
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