図書館でバトル
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──図書館でバトル
警察軍の精鋭たる帝国議会衛兵隊の前に立ちふさがるサタナエル。
「さて、サタナエル。我が友人よ。どれほどの力を解放させるべきかな?」
「頭ひとつで十分だ、アレックス」
「では。地獄の皇帝サタンよ、来たれ。『一つ目の頭』まで!」
次の瞬間、濃く満ちていた負の魔力がさらに増大して、硫黄の臭いを満ちさせた。地獄から漂う邪悪な気配が帝国議会図書館に満ちる。
「何だ……? このぞっとする雰囲気は……?」
「間違いなくあれは爵位持ちの大悪魔、いえ、王族の可能性も……!」
リドレー大尉がサタナエルを前にして呻き、部下が震えながらそう報告する。
「怯むな! 帝国議会衛兵隊の誇りを見せろ! 行くぞ!」
「了解!」
リドレー大尉が掛け声をかけ、部下たちがサタナエルに挑む。
「せいぜい俺を楽しませろよ、兵隊ども。『七つの王冠』よ、来たれ」
次の瞬間、サタナエルの両手と空中に七本の刃が浮かぶ。魔剣『七つの王冠』だ。
「あれも召喚されたものであれば……! 第4小隊、迂回して突破しろ!」
「了解です!」
ここでリドレー大尉はあくまでアレックスを狙うという方針を維持し、危険なサタナエルを多人数で押さえながらも、アレックス殺害を託した1個小隊を突破させる。
「相手が悪魔であり、使用するのが精神魔剣であるならば破邪は確実に通用する。やるぞ、諸君!」
リドレー大尉が先陣を切ってサタナエルに向けてバルムンクを振るう。
「無駄だ、兵隊。残念だったな?」
「クソ!」
サタナエルは片手で『七つの王冠』の一本を振るい、バルムンクを退けた。リドレー大尉はすぐさま態勢を整えなおして、一度安全圏へと離脱。
「その程度のちゃちな破邪で俺をどうにかできるとでも思ったのか? 甘い考えにもほどがある。だが、無力な連中の浅ましい足掻きというものもなかなか楽しめるものだ」
サタナエルは愉快そうにそう笑うと『七つの王冠』を手に警察軍部隊に歩み寄っていく。警察軍部隊はリドレー大尉を含めて額に汗をにじませる。
「ふん。我々は警察軍の精鋭。そう簡単にはやられん。本気で行くぞ」
ここでリドレー大尉が構えを変えた。姿勢を低くし、バルムンクを背負うようにして片手で構え、もう片手は地面に付ける。
「ふうむ? 面白い構えだな。見たことがない。だが、構えを変えたところでどうにかなるとでも思っているのか?」
「ああ。思っているとも。これで駄目ならば、何をしても駄目だろうな」
リドレー大尉はそう言うと、その眼光が怪しく緑色のそれへと変わった。
「あれは……」
「人刀一体流の構えだ。確か『断頭のクリームヒルト流』と呼ばれた……」
警察軍の兵士たちはリドレー大尉の覇気に押されて動けない。
人刀一体流。
太古の時代、人はその未発達の文明で、強力な魔族や魔物、そして悪魔の相手をし、生き延びなければならなかった。その結果として非力な人がその力を最大限に発揮して、そのような敵に打ち勝つことが求められた。
そして生まれたのが人刀一体流。文明の力によらず個人の力量を最大限に発揮することで勝利を得る剣術の流派だ。
リドレー大尉の構えはまさにそれであった。
「その首貰うぞ、大悪魔──ッ!」
リドレー大尉の姿が一瞬消える。
「ほう。となると──」
サタナエルが瞬時に右手の方向を向いて『七つの王冠』を構える。
「ちいっ! だが、まだだ!」
『七つの王冠』は不意に側面に姿を見せたリドレー大尉のバルムンクを迎撃するが、再びリドレー大尉が姿を消す。
「単純な身体能力強化、ではないな。空間転移も組み込まれている。なるほど。魔術と魔剣による剣術の複合技か。人が自分たちを遥かに上回る脅威と戦うために生み出したもの」
サタナエルはそう冷静にリドレー大尉の攻撃を分析。
「訳知り顔のようだが、それだけではないぞ──!」
再びリドレー大尉が現れ、サタナエルに切りかかる。『七つの王冠』がそれを迎え撃つもぎりぎりとそれは押されて行っている。
「身体能力強化を超えているな。まさか……輪の解放か? それができる人間がまだ残っていたとはな! 面白い!」
「種が分かったところでどうにもなるまい!」
リドレー大尉は輪と言われる人間の力を制御する部位を解放していた。それによって常人の力を遥かに超え、身体能力強化での到達できないほどの身体能力を発揮しているのだ。
リドレー大尉とサタナエルはほぼ互角に斬り合いを続ける。
「魔術衛兵! リドレー大尉を援護しろ!」
「いつでも打てます、小隊長殿!」
「撃て!」
魔術衛兵小隊がリドレー大尉を援護するために魔術攻撃を実施。リドレー大尉が攻撃を加えている反対方向から生成した精神魔剣を投射する。
「邪魔をするな、雑兵が」
サタナエルはその方向を向きもせず、『七つの王冠』の刃を高速回転させて、放たれた精神魔剣を全て粉砕してしまった。
「クソ。防がれた!」
「まだだ。第二射を──」
魔術衛兵小隊の小隊長が指示を出そうとしたときその首が飛んだ。
「もう誰にも邪魔はさせない」
「もうひとりの精神魔剣持ちが戻ってきただと……!」
エレオノーラが自分に差し向けられた1個小隊を撃破し、敵主力とサタナエルの戦闘に乱入してきた。
「このままでは……」
「悪魔の召喚主を撃破しに向かった部隊がまだ生きている! 彼らがきっと……!」
アレックスの殺害を目指して送り込まれた1個小隊。それは──。
「残念だったね。彼らは死んだよ。何も成せずに、ね」
アレックスはけらけらと笑っていた。彼の周りには死亡した警察軍兵士の死体が散らばっている。あるものは裂かれ、あるものははじけ飛んでいた。
「馬鹿な。こちらは破邪の魔剣があるんだぞ!」
「だから何だというのかな? 破邪があれば私を殺せたとでも? はははっ! 馬鹿馬鹿しいぞ! 私はそのちゃちな破邪でどうにかなるほど矮小な存在ではない!」
警察軍の兵士たちが動揺し、アレックスがそう言って口角を歪める。
「さあ。このまま畳み込むぞ、エレオノーラ、サタナエル、そしてバビロン!」
バビロンも既に1個小隊の囮を撃破しており、その攻撃の矛先が他の警察軍部隊に向けて向けられた。
「おのれっ! だが、私は最後まで義務を果たす!」
リドレー大尉はサタナエルを相手に善戦しており、サタナエルも愉快そうにリドレー大尉と斬り合いを続けている。金属音が激しく響き、サタナエルの『七つの王冠』とリドレー大尉のバルムンクが衝突。
「リドレー大尉殿が戦っている! 俺たちも引くな!」
「帝国議会衛兵隊の誇りを見せろ!」
そのリドレー大尉の奮闘に他の兵士たちも鼓舞され、再びアレックスとエレオノーラに立ち向かう。
「努力は認めよう。だが、チェックメイトだ!」
アレックスがそう言うのと同時にバビロンが向かってくる警察軍の兵士たちの前に立ちふさがり、そして火炎放射を浴びせた。
バビロンを引き付けていた警察軍の1個小隊は既に壊滅しており、バビロンは行動の自由を手にしていたのである。
「くっ……! 全滅は避けられないか……。ならばひとりでも道連れに!」
リドレー大尉は決死の覚悟でサタナエルに大きく踏み込んで切りかかった。
「残念だったな。ゲームオーバー。もうリトライはなしだ」
そこでサタナエルの周りの宙に浮いていた『七つの王冠』の刃がリドレー大尉に襲い掛かる。踊るように刃が舞い、四方八方からリドレー大尉に迫った。
「そう簡単にやられてなるものか──ッ!」
彼は迎撃を試みるも、あえなく八つ裂きにされてしまった。リドレー大尉の肉片が周囲に飛び散り、彼の死体が崩れ落ちる。
「まあ、楽しめたぞ。ほどほどにはな」
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