帝国議会議事堂・百鬼夜行
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──帝国議会議事堂・百鬼夜行
アレックスたちは帝国議会図書館襲撃計画を立案。
それに従って動き始めた。
「では、よろしく頼むよ、アリス、カミラ殿下、トランシルヴァニア候閣下」
「はあ。乗り気ではないですが、一応頑張りますよ」
アレックスたちは密かに学園を抜け出し、帝国議会議事堂や帝国議会図書館のある帝都の政治中枢を訪れていた。
そこでアリスたちが行動に出ようとしている。
「準備はいいか、トランシルヴァニア候?」
「ええ、殿下。派手にやりましょう」
「では、やるぞ」
カミラとトランシルヴァニア候は空中に魔法陣を描き、地獄とのパスを生成。そして地獄に蠢く悪魔たちに自らが望む邪悪な欲求を伝えた。
すなわち──。
「悪しきものたちよ、我々に力を与えよ。死者を冒涜し、意のままに操る術を。死霊術を。死霊たちよ。その姿をあらわにするがいい」
発動したのは死霊たちを操る邪悪な魔術。死霊術だ。
カミラとトランシルヴァニア候を中心として半径15キロの範囲。その範囲にてこの世に留まり続けている死霊が魔力による肉体を与えられて動き出した。
人や動物の魂は適切な処理をすれば、それぞれが安らぐ場所に向かうと信じられているし、それはある程度は正しい。
だが、この帝都ではその適切な処理が行われていない死者が大勢いるのだ。
身元の判明せず、共同墓地に葬られた名無しの死体。望まぬ妊娠の結果、ゴミ箱に捨てられた赤子の死体。馬車に引かれ、そのまま放置されている犬猫の死体。
そういう死体から生じる死霊が。、今まさにカミラたちの手によって再びこの世に干渉できる力を以て蘇った。
「目標、帝国議会議事堂。進め」
カミラが命じ、蘇った死霊たちが一斉に帝国議会議事堂へと前進を開始。
「さあ、私も行きますよ。悪魔たちよ、来たれ!」
さらにアリスが下級悪魔たちを総動員して人型を形成する。土くれでできた人型たちは雄たけびを上げるかのように天を仰ぐと、帝国議会議事堂へと前進していく。
かくして議事堂に死霊と悪魔の軍勢が押し寄せ始めたのだ。
「まるで百鬼夜行だな」
無数の死霊たちが呻き声を上げて這いずるように進み、下級悪魔を宿した人型がその巨躯を誇示しながら前進するのを見てアレックスがそう感想を述べる。
「ひゃっきやっほー?」
「百鬼夜行。とある国で言い伝えられる悪魔と死霊の大行進だよ、エレオノーラ。どこか賑やかで、どこか楽し気で、そしてとても恐ろしいものさ」
エレオノーラが聞きなれない言葉に首を傾げ、アレックスはそう答えると、エレオノーラとともに帝国議会図書館を目指した。
この時点で警察軍の帝国議会衛兵隊は議事堂が悪魔たちによる襲撃の危機にあることを把握していた。
司令官のヴォルフ中佐はすぐさま部下たちを集めた。
「第2機動衛兵大隊を主力としてこの防衛線を死守する!」
ヴォルフ中佐は迫りくる死霊と悪魔の大軍勢を防ぐべく、臨時の防衛計画を策定し、指揮下の部隊に命令していた。
「既に警察軍本部に応援を要請している。だが、到着までには時間がかかるのが現実だ。諸君には死を恐れることなく、帝国の象徴である議事堂を防衛してもらいたい。帝国は諸君に期待している!」
「了解!」
警察軍は帝都の政治中枢で起きた事件に対処すべく、緊急即応部隊として指定されている特別衛兵連隊の出動を急いでいた。
さらには警察軍の精鋭部隊である帝国鷲獅子衛兵隊も出動しようとしている。
警察軍の注意はもはや完全に議事堂の方を向いている。そのはずだった。
「中佐殿。帝国議会図書館の警備が増員されていますが、引き揚げさせますか?」
「いいや。万が一に備える。1個中隊の警備はそのままだ。もしやすると図書館の方でもテロが行われる可能性がある」
ヴォルフ中佐は以前はまんまとカミラとトランシルヴァニア候に出し抜かれたが、今回は少なくともアレックスの思惑には気づくことができた。もっとも完全に彼らの計画を見抜いたわけでもないが。
それを知らないアレックスたちは精鋭1個中隊が待ち受ける帝国議会図書館に向けて進んでいたのだった。
しかし、彼らが図書館に突入する前に、まずアリスたちの陽動部隊が警察軍と接敵。
「来ました! 死霊多数! 下級悪魔を使い魔として利用していると思しきゴーレム複数! 真っすぐこちらに向かってきます!」
「来たか。奴らを通すな。魔術師は指定された地点を敵が超えた段階で突撃破砕射撃を実行。他はここを通すことなく、全員を切り捨てろ。魔剣バルムンクの威力をテロリストどもに見せつけてやれ!」
「了解です!」
未だ火砲と呼べるものが攻城戦にしか使われないこの世界において、野戦における火砲の役割を果たすのは魔術師たちだ。
特別な製造技術や負担の大きい兵站面での事情なしに、火砲と同じくらい強力な火力を発揮する魔術師の存在は、この世界における火砲の進歩を遅らせていると言えた。便利さはときとして発展を阻害する。
「第1魔術衛兵隊、構え!」
軍属の魔術師はローブを纏わない。ローブは迅速な行動の上で邪魔であり、かつ敵に魔術師がここにいるのだと宣伝しているようなものだからだ。
彼らは普通の兵士たちとほとんど同じ軍服を纏い、ただ胸に魔術師であることを示す杖とフクロウの部隊章を付けるのみ。
「一斉射撃を実施する! 撃ち方用意!」
魔術が定量化できないという問題を抱えながらも、この世界では魔術を軍事に利用する。ひとりの天才が一騎当千の働きで戦局をひっくり返すこの世界においても、軍隊として組織された無数の凡夫の力は決して馬鹿にならない。
まして相手が魔術に何の備えもしていないならば当然。
「全中隊、射撃準備完了です、大隊長殿!」
中隊ごとに魔術攻撃準備ができたことが大隊長に報告される。
魔術を砲撃として利用する場合、重要なのは距離を一定にすることだ。遠すぎず、近すぎず、目標を捉えて砲撃することが重要だ。威力を一定にするのは二の次だ。
その点では海軍の艦隊運動に魔術砲撃は似ている。戦艦であろうと、空母であろうと、駆逐艦であろうと、艦隊はあたかもひとつの生き物のように纏まって動かなければならない。軍艦はそうすることで最大の戦力を発揮するのだから。
その際に重要なのはそれぞれの艦の速力とベクトルだ。主砲の大きさではない。
「よろしい。撃ち方始め!」
そして一斉に魔術砲撃が実行された。
前にも述べたように軍などの魔術師は魅せる魔術を好まない。直接、そして素早く殺しに来る。事前に自分たちの攻撃の内容が察知されるようなことはしないのだ。
今回の攻撃もそうだった。
魔術師たちは特定の地点において膨大な熱を発生させた。目に見えない熱は一瞬で核反応で生じる温度に匹敵せし熱となり、周辺の大気が一斉に膨張。それによって近代火砲の砲撃に準じる爆発が生じたのだった。
シンプルに熱を発生させたことで生じた爆発が死霊や下級悪魔を薙ぎ払い、きのこ雲を立ち上らせる。
「効果大なれど敵はなおも進んできます!」
それでも死霊と下級悪魔たちが前進を続ける。
死霊も下級悪魔も死を恐れない。死霊は既に死んでいるし、下級悪魔には死という概念が存在しないのだから当然だ。
彼らは魔術砲撃で友軍が薙ぎ払われるのを見ても前進を続ける。
「引き続き突撃破砕射撃を継続! 魔力がなくなるまで撃ち続けろ!」
「了解!」
警察軍の野戦マニュアルでは突撃破砕射撃は友軍へ肉薄しようとする敵の捨て身の突撃を魔術を以てして文字通り破砕するものである。それは一度や二度ではなく、敵が致命的な打撃を受けるまで繰り返される。
その距離は友軍から5メートルの地点に敵が進出するまでとされていた。かなりの至近距離に迫るまであのような魔術砲撃が繰り返されるわけだ。
しかし、その5メートルに死霊と下級悪魔の軍勢は迫りつつあった。
「総員、白兵戦準備! 抜刀!」
指揮官が叫び、第2機動衛兵大隊を主力とする部隊が一斉に魔剣バルムンクを抜く。
「警察軍の誇りを見せろ! 一歩も引くな!」
「了解!」
激突。
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