帝国議会衛兵隊
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──帝国議会衛兵隊
アレックスたちが恐らくは魔導書『禁書死霊秘法』が所蔵されているだろう、帝国議会図書館第66分館を調査していたときだ。
エレオノーラたちは帝国議会衛兵隊について調査していた。
「帝国議会衛兵隊、か。警察軍でもそこそこの精鋭部隊だと聞いている」
「そうみたいですね、トランシルヴァニア候閣下。警察軍でも精鋭部隊にのみ配布される黄金に染めたグリフォンの羽根がベレー帽に」
黄金に染めたグリフォンの羽根というものはイオリス帝国皇帝から帝国陸軍及び警察軍の精鋭たちに授けられるものだ。
陸軍では近衛師団や“親衛”の称号を関する精鋭部隊。警察軍では帝国鷲獅子衛兵隊や同じく幻獣を利用している帝国灰色重装騎馬隊など。
そして帝国議会衛兵隊にも彼らと同じ精鋭の証があった。
「さて、どう調査したものかね」
トランシルヴァニア候は再び壮年の男性姿に戻っており、エレオノーラと並ぶさまは親子という具合だった。
「こういうときこそ貴族としての特権を活かすべきかもしれませんね」
エレオノーラはそういうと帝国議会図書館で警備に当たっている警察軍兵士の下に歩いていく。兵士は怪訝そうに近づいてきたエレオノーラを見る。
「フロイライン、何か?」
「お勤めご苦労様です。あなたは警察軍の方ですか?」
警察軍兵士が幾分か警戒して尋ねるのにエレオノーラが笑顔で尋ねた。
「いかにも本官は警察軍の隊員です」
「その階級章は伍長さんですね」
「ええ。どうかされましたか?」
警察軍兵士はエレオノーラが何を言いたいのか理解できずにしている。
「失礼しました。私はエレオノーラ・ツー・ヴィトゲンシュタイン。こちらはアルカード吸血鬼君主国の初代トランシルヴァニア候バートラム・ハーバート閣下です」
「これは。ヴィトゲンシュタイン侯爵家の方ですか?」
「はい。少しお話をよろしいでしょうか?」
「失礼を謝罪いたします。それでしたら上官に連絡いたしますのでお待ちを」
警察軍兵士は多くの貴族や皇族などと接する立場から儀礼について叩き込まれており、すぐに上官の将校に連絡を取る。将校は大抵の場合は貴族の血筋である。もっとも警察軍などに入るのは三男坊、四男坊ぐらいになるだろうが。
「エレオノーラ様、トランシルヴァニア候閣下。お待たせしました。私はピーター・リドレー警察軍大尉です。上官よりご質問にお答えするように命じられております。何なりとお申し付けください」
暫くして警察軍将校であるリドレー大尉なる長身の人物が現れた。
将校が寄越されたのは彼が情報管理について知識があり、高度な儀礼も身に着けているためだろう。決してエレオノーラやトランシルヴァニア候への優遇というわけではない。むしろ警戒しているというべきだ。
「この図書館を守っているのはやはり特別な部隊なのかね?」
「はっ。我々は帝国議会衛兵隊所属であります。帝国議会及び関連施設と議会開催中の議員の方々をお守りするのが任務です」
「おお。それは責任重大ですな」
トランシルヴァニア候がさも初めて知ったというように振る舞う。
「やはり特殊な訓練を受けておられるのですか?」
「詳しくは申し上げられませんが、警察軍の中でも一、二を争うほどに厳しい訓練を受けています。我々はこの魔剣を扱わなければなりませんから」
「魔剣をお持ちなのですか! 凄いですね!」
「とは言え、量産魔剣ですが。バルムンクと呼ばれる魔剣を我々は装備しているのです。量産魔剣についてはご存じで?」
「物質魔剣のことですね」
「その通りです。過去の天才魔術師が生み出した希少かつ強力な金属を使用した刀剣です。このバルムンクも遡れば7世紀前における伝説の錬金術師イブン・アル・ラーズィーまで誕生の歴史があります」
「凄いです。よろしければ見せていただけませんか?」
「ええ。どうぞ。とても重いですからお気を付けて」
エレオノーラが求めるのにリドレー大尉が両手で腰に下げていた量産魔剣バルムンクをエレオノーラがに差し出す。エレオノーラも両手でそれを受け取り、ゆっくりとそれを観察した。
帝国鷲獅子衛兵隊が装備していたものと似た黒い刃の両刃の剣だ。歩兵が運用する目的で作られているようであり、ショートソードの部類に入る長さを有している。
「破邪の効果があるように見えます。魔力が言葉となって妖精に呼び掛けるのを常に阻害し、打ち消し続けている。そのような効果ではないですか?」
「申し訳ありません。それについてお答えすることは許可されていないのです。機密情報となりますので……」
「ああ。そうですか。こちらこそ申し訳ありません。お忙しいところ、ありがとうございました」
エレオノーラはそう礼を言ってバルムンクをリドレー大尉に返す。
「それではまた何かありましたら遠慮なく声をおかけください」
リドレー大尉は丁寧に頭を下げて立ち去った。
「今の魔剣、やはり破邪の効果がありましたね」
「抜かずに腰に下げているだけで効果があるものですな。彼らが責任を有しているものが呪いによって外部に影響を及ぼすと考えるならば当然かと」
「厄介ではありますけど場違いではない、ですか」
破邪は文字通り、魔術を妨害する魔術だ。
これにはいくつかの種類がある。どの段階で妨害するかによる区分を紹介しよう。
魔力が妖精、神、悪魔といった願望をかなえる存在にその願望を伝える言葉を形作る段階で妨害を行うもの。
次にその言葉が伝わるまさにその瞬間の段階で妨害するもの。最終的なものは願望が叶えられるのを妨害するもの。
一番最初のものはやりやすく、一番最後のものが一番困難であるが、エレオノーラによる呪いの上書きはまさに一番最後の最難関のものを実現している。
「帝国議会衛兵隊のこの施設で警備に当たっている部隊の規模は私が調べておきましょう。ここは長居せずにそろそろ行った方がいい」
「何か不都合でも、トランシルヴァニア候閣下?」
「まさに、だ、エレオノーラ嬢。我々はついこの前警察軍と喧嘩したばかりでね。彼らは警戒し、そして嫌がらせをしてくるだろう」
「であるならば、退散しましょう」
そしてアレックスたちに遅れることエレオノーラたちも帝国議会図書館を去った。
しかし、警察軍と国家保衛局がスパイとしてマークしていたトランシルヴァニア候が帝国議会図書館に現れたという報告は、帝国議会衛兵隊司令官に届いていた。
「つまり、トランシルヴァニア候が帝国議会図書館に? それもヴィトゲンシュタイン侯爵家のご令嬢と一緒に?」
「はっ! その通りです、ヴォルフ中佐殿」
帝国議会議事堂の傍にある帝国議会衛兵隊本部で部下から報告を受けるのは、以前は国家保衛局に所属していたアルトゥール・ヴォルフ中佐だ。以前は少佐だったものが、いつの間にか中佐に昇進していた。
彼は部下の報告を受け、額に深いしわを寄せると、報告書に目を通す。
「奴らの目的は?」
「分かりません。何かしらの攪乱が目的の可能性もあります」
「ふむ。トランシルヴァニア候は間違いなくアルカード吸血鬼君主国の情報機関と関係がある。だが、今の段階でそれは証明できない。以前取り逃しているからな……」
部下の報告にヴォルフ中佐が唸る。
「いかがなさいますか?」
「警備を強化する。奴らが目撃されたのは帝国議会図書館だったな? 今の警備の規模はどの程度だ?」
「1個小隊が常に」
「その規模を増強し1個中隊とする。余剰戦力は全てここに投入する」
警察軍の警備といっても暴動でも起きなければ図書館を組織的に襲撃する人間など現れるはずもない。普段警備が警戒しているのは窃盗や不法侵入などの犯罪だ。
「しかし、それを交代で当てるとなりますと……」
「いいか。1個中隊だぞ?」
「りょ、了解」
そしてヴォルフ中佐率いる帝国議会衛兵隊は迎撃の準備を整える。
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