帝国議会図書館
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──帝国議会図書館
週末。
アレックスたちは学園を出て帝国議会図書館に向かった。
「ここが帝国議会図書館だ」
「立派な建物だね。学園の大図書館に似てるけどもっと壮麗」
帝国議会図書館の正面には古代ギリシアの神殿を模したがごとき石柱が並んでおり、石造りの白い建物は頑丈さを感じさせながらも美しさを同時に有していた。
そしてその建物には黒い警察軍の制服を着た衛兵たちがいる。腰にはかつての秀でた魔術師が生み出した金属によって作られた黒い刃を有する量産魔剣。
彼らが帝国議会衛兵隊だ。
「さてさて。入館許可を貰わないといけないね。行くとしょう」
アレックスがそう言い、彼らは帝国議会図書館のエントランスへと進む。
「おおー。凄い本の数ですね……」
アリスがそう感想を述べたように帝国議会図書館の蔵書の数は大図書館以上のものであった。これを見れば帝国内外で出版されたほぼ全ての本が集められているといっても驚きではない。
「ここからは役割分担だ。私、アリス、カミラ殿下は内部の構造の把握。エレオノーラ、トランシルヴァニア候は配備されている帝国議会衛兵隊の調査を」
「了解です」
ここで役割分担。アレックスたちは地形把握で、エレオノーラたちは敵戦力把握だ。
「では、始めよう」
アレックスたちは帝国議会図書館内を進み、その構造を把握しようとする。
「本館の建物は5階建てで、問題の第66分館には渡り廊下で渡られる」
「けど、分館は基本的に施錠されていて入れない、と」
「そこで君の出番だ、アリス!」
魔導書『禁書死霊秘法』が所蔵されている第66分館には立ち入れず、その中の構造を把握することはできない。
だが、アリスならば把握可能だ。彼女にはドローンのごとく便利な下級悪魔の使い魔がいるのだから。
「はいはい。偵察は私の仕事ですね」
アリスもこれは想定していたようで下級悪魔を宿した人形を準備していた。そして、それを放つと第66分館の空調ダクトから忍び込ませる。
「内部の映像が来ますよ」
アリスたちは閲覧用の個室にぎゅうぎゅう詰めになって映像を見る。
「便利なものだな。アリス、お前は私に個人的に雇われるつもりはないか?」
「スパイならしないですよ」
カミラがアリスを勧誘するのにアリスは渋い顔。
「いいぞ。地形を把握していこう。それから魔導書『禁書死霊秘法』を探し出してくれ、アリス! 我々にはそれが必要なのだ!」
「騒がないでください。見つかりますよ」
アレックスが急かし、アリスが第66分館内を探っていく。
「別にこれといって特殊な作りではないようだが、まだ目的の『禁書死霊秘法』は見つからないのかね?」
「さっきから文句ばっかりうるせーですよ。頑張ってるのは私だけなんですから口を閉じて待っていてください」
「ううむ」
アレックスたちがアリスがいつまでも『禁書死霊秘法』を見つけ出せていないのに焦りを覚える中で、アリスはもくもくと人形を動かして第66分館内を探る。
「おや? 地下室があるみたいですね……?」
「間違いない! そこだ! 突撃!」
「だから、うるせーです!」
アレックスが喚き、アリスも叫び返す。
「失礼。図書館では静粛にお願いします」
閲覧室の扉がノックされ、司書から警告が来た。
「怒られてしまったよ」
「騒ぐからだ、馬鹿が」
アレックスとアリスが気まずい表情を浮かべるのにカミラが一言。
「地下室に入れたですよ。けど、どうもこれ以上は進めそうにないです」
アリスは無事に第66分館の地下に人形を潜り込ませたが、地下室の廊下には鉄格子の柵があり、さらには魔術師と思しき警備の人間が警戒していた。
これ以上人形を進めることはできないだろう。
「まあ、他に怪しいところがなければここで決まりだ。ジョシュア先生は第66分館に収められていると言っていたし、この帝国議会図書館でもっとも怪しいのは確かに第66分館だ。ここだけ警備が妙に硬い」
「ですね。ここだけ帝国議会衛兵隊ではない魔術師が守ってますし」
「もう場所は確認できたようなものだ。うむ」
アレックスたちはおおむね『禁書死霊秘法』の位置を把握した。
「私の魅了で司書をコントロールして手に入れるか?」
「いいや。無理だろうね。魔導書を扱う人間は精神汚染に備えている。抵抗されて警報を鳴らされたら、準備をしていない我々は一網打尽だし、二度目のチャンスもなくなる」
「確かにな。だが、情報を引き出すぐらいのことはできるぞ。ほぼ確定したとは言えどしっかりとしたソースで確認はしておきたいだろう?」
「それはそうだね。お願いしましょうか、カミラ殿下?」
「任せておけ」
そして、カミラが動き始める。
カミラはアレックスたちを引き連れ、カウンターにいる司書の下へ向かう。
「おい、お前。少し聞きたいことがある」
「何でしょう?」
司書が顔を上げた時、カミラの瞳が赤く輝いた。その瞬間魅了が発動し、司書の精神が汚染される。
「聞くが、あの第66分館には何がある?」
「……主に魔導書などです。一般的に危険な書物が所蔵されています……」
「そこに『禁書死霊秘法』はあるか? それも魔導書だ」
「魔導書であれば恐らくは第66分館ですが……」
「分かった。今の会話は全て忘れろ」
「はい……。忘れます……」
そう言ってカミラはカウンターを離れ、アレックスたちもいそいそと続く。司書は暫く虚ろな表情をしていたが、やがて意識がはっきりしたかのように目をぱちぱちさせ目を覚ましたようだった。
「間違いなく第66分館だね。決定だ」
「でも、どうやってこんな警備の堅い図書館から魔導書を盗むんです?」
「それはこれから考える」
「はあああああ……」
相変わらず無計画なアレックスである。
「まだまだ情報が少ないからな。エレオノーラたちが警備の情報を手に入れて、それらを統合して考える必要があるだろう。私としては帝国にちょっとした混乱をもたらしてやるのは嫌いじゃない」
「もちろん帝国はパニックに陥るとも、カミラ殿下。世界に1冊しかない魔導書が盗まれるのだからね。計り知れない損失だ!」
カミラが意地悪気にそう言い、アレックスもにやりと笑ってそう返した。
「今の段階では捕らぬ狸の皮算用というか盗らぬ魔導書の感想文ですけどね。どうやって盗み出すのか。まるで計画が存在しないんですから」
「それはこれから立てればいいのだよ、アリス。君は本当に塩を掛けられたナメクジのように後ろ向きだね」
「誰がナメクジですか」
アレックスが笑い、アリスは渋い顔。
「さてさて。エレオノーラたちに合流してここからとんずらだ。どうにも学生というのはこの場で目立ってしまう」
「いろいろとやらかす前に警戒されるわけにはいかんな」
「全くだ。さあ、撤退、撤退」
そう言葉を交わし、アレックスたちはいそいそと帝国議会図書館を去る。
今のところ帝国議会図書館の警備に当たっている帝国議会衛兵隊には気づかれておらず、第66分館には恐らく『禁書死霊秘法』が存在する。
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