図書館泥棒作戦
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──図書館泥棒作戦
ジョシュアが魔導書『禁書死霊秘法』を求めているという話は『アカデミー』の会合の場でエレオノーラたちに伝えられた。
「ジョシュア先生が聖騎士にアレックスにことを密告しただなんて」
「だから迂闊に接触するのはやめようって言ったんですよ」
エレオノーラとアリスがそう感想を述べる。
「だが、堕天使が聖騎士を頼ったというのか? まるで山賊が憲兵にものを盗まれたと訴えるようなものだな」
「ああ。確かに奇妙ではあるし、ジョシュア先生自身も認めていない。だが、イーストン卿がジョシュア先生が密告したと嘘を吐く意味も分からない」
カミラが言い、アレックスがそう返した。
「情報の世界は欺瞞に欺瞞を重ねて、事実を覆い隠すものです。第九使徒教会の聖騎士が嘘をついているのか。あるいはジョシュアなる講師が嘘をついているのか。嘘だとすれば目的は?」
そう発言するのはこの中で恐らくはもっとも嘘つきに親和性の高い人物──トランシルヴァニア候だ。
「目的が重要です。どんな嘘かはあまり重要ではない。目的もなく嘘をつくことはないし、目的から嘘は見破れる。聖騎士が嘘を吐いた場合の目的とジョシュアが嘘をついた場合の目的を考えてみてください」
「イーストン卿が嘘をつく理由も目的も見当も付かないが、ジョシュア先生の方は明白だ。彼は我々からの誘いを断るためにイーストン卿をけしかけた」
「であるならば、深く考えるよりその目的を阻止する方向で動いた方がいいでしょうな。全ての嘘に対応する必要はなく、自分を貶めようとしているもののみ対処すればよろしいのです」
「なるほど、なるほど」
トランシルヴァニア候の言葉にアレックスは流石はプロの嘘つきだと納得した。
「それについては既に対処をしてきた。ジョシュア先生に加わる気がないなら引き下がると伝えたが、彼から提案があった。我々がある魔導書を手に入れれば、我々の仲間に加わることを考えてもいいそうだ」
「おお! なんて魔導書なの?」
「魔導書『禁書死霊秘法』だ!」
エレオノーラが尋ね、アレックスが答える。
「魔導書『禁書死霊秘法』? 聞いたことがないですね」
「私もだ。どういう魔導書で、どこにあるのか分かっているのか?」
アリスが首を傾げ、カミラもそう尋ねてきた。
「何でもこの世界の闇について記された魔導書だとか。私も知らないよ。しかし、蔵書されている場所は指示された。帝国議会図書館だ」
「帝国議会図書館。また大変そうな場所だね」
「ああ。私が知る限り、もっとも警備の厳重な図書館だろう」
エレオノーラが渋い顔をし、アレックスも頷いた。
「しかし、これを手に入れなければジョシュア先生は仲間にならない。それに我々にとっては多少の警備などないも同然さ!」
「また楽観的すぎる予想ですねえ」
アレックスが自信満々なのにアリスはため息。
「もちろん私だって根拠もなく楽勝だなどとは言っていない。帝国議会図書館について少し調べてきた。説明しよう」
そう言ってアレックスが帝国議会図書館について説明を開始。
「帝国議会図書館はまず帝国議会に付随する施設であるということ。あくまで帝国議会のための図書館であり、皇室とは無関係だということになっている」
「でも、実際は違うんだよね」
「そうだ、エレオノーラ。実際には皇帝や皇室が直接手にするのははばかられるが、必要な書籍を収集及び保管するために、帝国議会という名義を利用している、などというケースも少なくない」
エレオノーラが言い、アレックスが頷く。
「こと魔導書についてはその傾向が強い。魔導書であれば専門の研究機関を備えたこのミネルヴァ魔術学園に所蔵する方がいいが、帝国議会図書館に保管されるものもある。そのような魔導書は大抵本物で、強力なものだ」
「であるならば、魔導書『禁書死霊秘法』というものも真作で強力か」
「そう考えているよ、カミラ殿下。少なくとも偽物で、何の効果もないものをわざわざ帝国議会図書館が収集はしないだろう」
帝国議会図書館には魔導書が少なくなく所蔵されているとの情報もアレックスたちは掴んでいた。魔導書『禁書死霊秘法』の他にも危険であったり、力のあるものだったりする魔導書があるのだ。
「そういうわけなので帝国議会図書館は魔導書の取り扱いについてノウハウがあるし、それを防衛するための警備戦力も有している」
アレックスは説明を続けた。
「帝国議会衛兵隊。警察軍のこの部隊が帝国議会図書館も警備している」
帝国議会衛兵隊。
帝国議会とその周辺施設を警部する警察軍部隊のひとつ。帝国議会開会中は議員の安全を確保することも任務であり、また帝国議会を訪れる外国の要人たちを出迎える儀仗隊も保有している。
「帝国議会衛兵隊ってやっぱり精鋭なんですよね……?」
「そりゃあ、当然精鋭だよ。帝国鷲獅子衛兵隊のように魔物を使役しているわけじゃないが、彼らも帝国鷲獅子衛兵隊同様に魔剣を有している。物質魔剣でリジルという名前だったかな。精鋭の証だよ」
「うへえ。それをどうにかしないと魔導書は当然手に入らないと」
「当然、くれと言ってくれるものではないだろうからね!」
アリスが心底いやそうな顔をし、アレックスは自棄になったように笑った。
「帝国議会衛兵隊の規模は分かっているのか?」
「いいや、全く! の手の機密性の高い警備部隊は規模を明らかにしていない。規模がばれれば襲撃者にとって計画を立てやすくなってしまうからね。帝国議会を襲撃しようとする人間は内にも外にも少なくないはずだ」
「役に立たない男だ」
カミラはアレックスの無計画さにほとほと呆れている。
「というわけで、まずは偵察だ。私自身も帝国議会図書館そのものに行ったことがないからね。どんな場所で、どの程度の警備があり、そもそも魔導書『禁書死霊秘法』はどこに所蔵されているかを確認しようではないか!」
「まずは情報収集だね。今週末にみんなで出かける?」
「うむ。そうしよう」
いつものようにエレオノーラだけはアレックスの作戦に好意的だ。
「私も週末は珍しく予定が空いている付き合ってやろう」
「はあ。私もいかなくちゃいけないですよね?」
カミラとアリスも一応同意。
「私も帝国議会図書館には興味があります。同行させてください」
トランシルヴァニア候もそう申し出てきた。
「よろしい。全員で向かおう。楽しい遠足になりそうだ!」
ということで、アレックスたちはまず偵察のための帝国議会図書館に向かうことに。
「また本探しか? よくもまあ飽きないものだ」
サタナエルは寮の部屋にてアレックスたちが帝国議会図書館に行くと聞いて肩をすくめた。彼女が言うようにカミラとトランシルヴァニア候を仲間に引き入れたときと同様にまたしても魔導書がカギとなってくる。
「まあ、本の1冊、2冊で解決する問題なら安いものだろう。ところで、サタナエル。君は魔導書『禁書死霊秘法』というものについて聞いたことは?」
「あるにはある。この世界に潜む害虫について記したものだ。神が作り、俺たちが壊そうとしている世界に寄生している寄生虫の話、とでもいうべきか」
「なるほど。君たち悪魔にとっては堕天使が深海の闇と評するような恐怖とて、そのような存在というわけだ」
「恐怖とは俺たち悪魔がもたらすものだ」
アレックスに言葉にサタナエルが小さく笑った。
「恐怖は無知が生むものだよ、サタナエル。しかし、そんな無知を引き起こす本というものは存在するのだろうかね?」
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