黒魔術師狩り
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──黒魔術師狩り
アレックスたちはまだ黒魔術や悪魔の件で第九使徒教会が動いていることを知らず、いつものように過ごしていた。
それゆえにそれを予期していなかった。
「君がアレックス・C・ファウスト君?」
突然声がかけられたのにアレックスが振り返ると、そこには聖ゲオルギウス騎士団の聖騎士であるエミリーがいた。
「いかにも。私がアレックス・C・ファウストだが、何か御用かな?」
「少し話がしたいのだけど、付き合ってくれるかな?」
「いいとも! 付き合おうじゃないか」
アレックスはこの時点でいくつかの可能性を考えていた。
ひとつは以前のサタナエルの襲撃の件でエミリーが事実に辿り着いたということ。つまりは襲撃者がサタナエルでありアレックスがそのサタナエルと協力関係にあると知った可能性だ。
それかあるいはカミラ絡み。国家保衛局が第九使徒教会に捜査協力を依頼しただろうことはアレックスも把握しており、その件に絡んだことかもしれない。
はたまた自分たちが黒魔術師だとシンプルに知られたかだ。
アレックスはそのような予想をしながらエミリーに続く。
「さて、単刀直入に話しましょう。あなたが黒魔術師だとジョシュア先生から密告を受けた。あなたは黒魔術師だったりする?」
「おやおや。随分と唐突な話題にびっくりですな!」
これは予想の斜め上だ。
ジョシュアが本当に密告したとしても彼の名前を出してエミリーがそう尋ねてくるなど予想できるものだろうか。
「答えはノー。当然です。まあ、魔術師として全く興味がないわけではありませんが」
「ええ。多少の興味を持つことくらいなら昔と違って許容される。それにこの密告はどうも妙だからこう尋ねさせてもらった」
「妙といいますと?」
最初からその答えを予想していたようなエミリーにアレックスはそう尋ねる。
「ジョシュア先生についても調べた。彼は生徒のことに全く興味がない研究メインの講師であり、授業がいい加減ならば、生徒指導もろくにしていない。それどころか生徒の名前すら憶えていない」
「そんな彼がどうして私が黒魔術師だと思ったのか、ですかな?」
「そう。言っては悪いけど生徒の繊細な変化に気づけるような人間じゃないのは明白だし、生徒のことに関心を持ちもしない人種だと思ってる」
「彼も否定はしないでしょう」
率直すぎるエミリーの人物評に思わずアレックスも苦笑。
「彼との間にトラブルでも?」
「いいえ。授業を真面目に聞いていないことに腹を立てられていたならば仕方ないと思いますがね。でも、彼の授業には情熱を感じなくて」
「ふむ。となると、彼は本当に何か掴んだのか、あるいは盛大に勘違いしたのか」
エミリーはジョシュアが何かしらの腹いせのためにアレックスは黒魔術師だと捏造したのかと考えていた。
「アレックス。聖騎士などと何をしている?」
そこで不味い人物が現れた。サタナエルだ。
彼女は以前エミリーと交戦しているが、その時には竜の頭蓋骨で姿を隠していた。声もある程度変えていた。だが、それでも正体を見破られる可能性があったのだ。
「そちらは?」
「あ? なぜ俺が聖騎士なんぞに挨拶せねばならんのだ」
エミリーが尋ね、サタナエルがエミリーを睨む。
「失礼、イーストン卿。彼女はサタナエル。私の親戚だ」
「聖騎士。俺の親戚に何か用事か?」
アレックスが代わりにサタナエルをエミリーに紹介し、サタナエルがそれをよそにエミリーにそう尋ねてきた。
「黒魔術師を探しています。そういう話を聞かされましたから」
「ほう? 異端者狩りか? 聖騎士らしいことだ」
「黒魔術は危険なものです」
サタナエルが嘲るのにエミリーがそう言い返す。
「何故だ? 何故数ある魔術の中で黒魔術だけが危険だとする? 教えてもらおうか、聖騎士の女?」
「黒魔術はそれを行使するのに悪魔の力を借りています。悪魔が危険な存在なのは言うまでもありません。悪魔は人間から欲望を引き出し、それを糧に強大化する。それゆえに黒魔術は危険なのです」
「なるほど。しかし、魔術によって人の浅ましい欲望をかなえるのは悪魔だけではない。妖精、そして神が悪魔と同じように危険でないと何故言える?」
「妖精はともかくとして神を疑うと?」
「そうだ。神は何故危険でないと言える? 神もまた欲望を糧としている存在かもしれない。そして、強大化した結果この世を滅ぼすかもしれない。神というのは罰や試練と称して人に災いをもたらしてきた。それを考えれば、だ」
エミリーが険しい顔をするのにサタナエルはそう言ってにやりと笑う。
「なるほど。神の無謬性を疑っているというわけですか。神が正しいということをどのようにして証明するのかと。では、聖騎士としてお答えしましょう」
エミリーがそう言って語り始める。
「神が正しいかどうかを疑う必要はありません。神は正しいから神なのです。人が守るべき正しさを示された存在であり、人間によっての正しさは神の正しさを元にしている。よって神は正しいのです」
「神が正しいから神になったとは面白い考えだ。だが、俺はそうは思わない。神は正しさを強要したのだ。戦争の勝者がその勝利という暴力によって敗者に押し付ける正義のようにな」
「剣で押し付けた正しさは長続きしない」
「する。まさに歴史とはその積み重ねなのだからな。第九使徒教会とてこれまで醜い争いに勝利してきたからこそ、今の地位があるのだろう? 他者を殺し、略奪し、富を蓄え、勝利してきたからこそだ」
サタナエルの言葉からは神は正しいと信じるものへの侮蔑が見て取れた。
「まあまあ。宗教というのは正しさを規定するためのものだと私も認識しているよ。人は無秩序には生きられない。そして人間は生まれ持って倫理というものを持っている存在ではなく、それは外部から教育しなければならないのだと」
「あなたもさして信仰心はなさそうね」
「信仰が必要だと理解することが信仰心ではないのかな?」
「それはひとつの信仰のあり方ではあるでしょうが、信仰に厚いものにとっては侮辱となる場合もあるということを記憶しておいてください」
「もちろん。私は他者の信仰を侮辱したり、軽んじたりするつもりはないよ」
エミリーが注意するのにアレックスはそう言って頷いた。
「くだらん」
サタナエルはそんなお手本のような信仰の話にうんざりした様子で立ち去った。
「彼女は信仰に問題が?」
「少しばかりロックでパンクな生き方が好きなだけですよ。面白いことに信仰に対して冒涜的に、そして攻撃的に生きようとすればするほど信仰に対しての感情は大きくなるのですからな」
「好きの反対は無関心、というもの?」
「一般的にこういうことに使わない言葉でしょうが、その通り。なかなかユーモアがあられるようだ」
「信仰に熱心であるほど不満も生まれるし、それをジョークにしたくもなるのですよ。聖職者ほど冒涜的な冗談を知ってる人間もいないでしょう」
「それは興味深い。覚えておきましょう」
エミリーの言葉にアレックスが小さく笑う。
「さて、問題はなさそうなのでそろそろ失礼しましょう。ジョシュア先生についてはこれから調べていきます」
「私としてもどうして彼に恨まれたのか知りたいですよ」
そう言ってエミリーは分かれたが彼女が調査するのは決してジョシュアだけではないことをアレックスは悟っていた。
彼女は引き続きアレックスについてある程度の調査はするだろう。今のところ、以前のサタナエルの襲撃の件を解き明かすヒントはこれぐらいしかないのだから。
「さてさて。まさかジョシュア先生がこんな手段に出るとは思わなかったが。しかし、それでも彼は必要だ」
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