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密告

……………………


 ──密告



 ジョシュアが彼女に接触したのはアレックスたちが『神の叡智』の隠し部屋に押し入ってきてから翌日のことであった。


「イーストン先生?」


「はい?」


 ジョシュアが廊下で声をかけたのは第九使徒教会の聖騎士(パラディン)であるエミリー・イーストンだ。


「少しお話が。お時間はありますか?」


「ええ。何でしょう?」


「ここで話し難い話題ですのでこちらへ」


 ジョシュアはそう言ってエミリーを空き講義室に誘う。


「それで、話とは?」


「私自身も完全に把握しているわけではないですが、学園内に黒魔術を使う人間がいるようなのです。それについての情報提供を行いたいと思いまして」


「なるほど。それは確かにデリケートな話題ですね」


 ジョシュアの言葉にエミリーがそう言って頷く。


「具体的にはどのような黒魔術が使われていると?」


「悪魔に関するものだと思います。おぞましい悪魔が使い魔(ファミリア)として使役されているのを偶然ですが見ました。恐ろしいものでしたよ」


 エミリーはここで以前聖ゲオルギウス騎士団団長のアウグストと遭遇した使い魔(ファミリア)化された下級悪魔のことを思い出した。


「詳しく聞かせてください」


「ええ。順を追って説明しましょう」


 エミリーが求めるのにジョシュアが語り始める。


「目撃したの学生寮の付近です。異様なまでの硫黄の臭いがして、背筋がぞっとするような感触を覚え、周囲を調べました。私は黒魔術にそこまで詳しいわけではないのですが、ああいう感触が死霊や悪魔によるものだとは知っていましたから」


「正しい判断です。それで悪魔はどこに?」


「学生寮の方に怪しい黒い影が入っていくのを見ました。後を少し追うとやはり硫黄の臭いが。臭いを辿っていったのですが……」


「どうされたのですか?」


 ジョシュアが言葉を濁すのにエミリーが尋ねる。


「名前を言っていいのか迷っていまして……。もしかするとその生徒が悪魔を使役している黒魔術師かもしれないのです。一時の気の迷いで行ったことかもしれませんから、見逃すべきではないかとも……」


「ですが、悪魔は下級のそれであっても脅威になる。そのことはご存じでしょう。だから、こうして私に知らせてくださった」


「ええ。そうですね。では、お伝えしておきましょう」


 エミリーに説得されたかのような素振りを見せてジョシュアが告げる。


「アレックス・C・ファウスト。それが悪魔が入っていった部屋の生徒の名です」


 ジョシュアはアレックスの名を告げた。


 エミリーがそのような報告を受けていたとき、エミリーの聖ゲオルギウス聖騎士団が所属する第九使徒教会、その総本山である法王庁にて動きがあった。


「ザイドリッツ団長殿、こちらへ。枢機卿猊下がお待ちです」


「ああ」


 聖ゲオルギウス騎士団団長アウグスト・フォン・ザイドリッツは法王庁にあるアウレア法王宮殿で聖職者に案内されて部屋に入ろうとしていた。


「来たか」


 部屋の中で待っていたのは赤い枢機卿の祭服を纏った初老の女だ。白髪交じりの髪を肩までで切り揃えており、年齢を感じさせない鋭い眼光を有している。


「ザイドリッツ団長。無事の帰還を喜ばせてくれ。問題はあったそうだが」


「はい、トーレス枢機卿猊下」


 女性の名はカタリナ・トーレス。


 第九使徒教会の枢機卿。そして法王庁にて信仰と倫理ある行動の推奨を行いながら、黒魔術師や異教徒などの異端を取り締まる教理省長官だ。


「イーストン副団長からの書状での報告ではミネルヴァ魔術学園内に黒魔術師がいるという話だった。そして、それは必ずしもアルカード吸血鬼君主国の王女ではないとも」


「その通りです、猊下。我々を襲ったのは爵位持ちの上級悪魔。間違いなく伯爵以上と思われます。もしかすると公爵級の可能性も」


「まさかミネルヴァ魔術学園でそのような悪魔と出くわすとは。ミネルヴァ魔術学園は我々第九使徒教会に敬意を払い、教育においても協力し合っている関係だ。だからこそ疑いたくはないが、組織的な犯行である可能性は?」


「否定はできません。まず我々を襲ったのは上級悪魔ですが、畳みかけるように次は使い魔(ファミリア)化された下級悪魔が襲ってきました。これが連携した行動であるならば犯人はふたり以上」


「組織的である可能性もあるわけか。どうしたものか……」


 アウグストの報告にカタリナが考え込む。


「既に報告にあったかとは思いますが、帝都教区の判断でこちらから講師及びスクールソーシャルワーカーとしてイーストン卿を学園に派遣しました。何かあれば彼女から新しい報告があるものと思われます」


「それが理想ではあるな、ザイドリッツ団長。しかし、黒魔術師は汚い手を平気で使う人種だということを忘れるな。イーストン卿が精神操作を受ける可能性はある。殺すよりもそうした方が騒ぎにならないと理解しているだろうしな」


「ええ。ですが、ご安心を。現地にはフロスト卿もおります」


「ガブリエルか? ああ。留学していたのだったな。ならば、イーストン卿の身の安全も多少なりと確保できそうだな」


 アウグストが自分も残らず、エミリーだけを学園に派遣したのは学園にガブリエルという聖騎士(パラディン)がいるからにほかならない。何かあればエミリーをガブリエルが支援するだろう。


「しかしながら、爵位持ちの上級悪魔が地上を徘徊しているというのはぞっとする。いち早く対策を取らねばならないが、場所が場所だ。帝都に聖騎士団の大部隊を派遣することは帝国が拒否するだろう」


「間違いなくそうでしょうな。今回の件でも帝国は第九使徒教会に不信感を持っています。現に彼らは我々の報告の後で学園において黒魔術師を捜索した気配が全くありません。信じていないのでしょう」


「昔のことをいつまでも引きずっているのだろうな。女々しいことだ」


「ゾウは踏んだアリのことを忘れても、踏まれたアリはそのことを忘れないものです」


 カタリナが忌々し気に言い、アウグストは肩をすくめた。


 自分たち教会をゾウに、帝国をアリに例えるさまは教会を中心とした世界観をアウグストが有していることを感じさせた。


「問題は仮にこちらか、あるいは帝国が戦力を動員したとして、その爵位持ちの上級悪魔を撃破できるかだ。それが不可能であれば、我々は悪魔を使役している人間の方を探さなければならない」


「難しいですな。戦闘は決着がつくまでは行われず、かといって我々が優勢であったわけでもない。いや、優勢だったどころか我々は押されていました」


「なるほど。お前ほどの聖騎士(パラディン)とイーストン卿が押されたのか。それなり以上の脅威だな。お前たちは教会の最大戦力に近い」


 アウグストの報告にカタリナがそう言って考え込んだ。


「ここは対悪魔戦のセオリー通りにやるべきでしょう。つまりは悪魔そのものは相手にせず、召喚者を叩く。そのための調査をイーストン卿に指示する許可をいただきたい」


「許可する。帝国には通知しなくていい。向こうの当局が絡むと余計に問題がこじれる可能性がある」


「了解」


 第九使徒教会と帝国間の協定ではお互いの権限に関わる事案を扱う場合には通知し合い、協力し合うことが定められているが、しばしばそれは無視されていた。


「現時点で増援などの必要はないか、ザイドリッツ団長?」


「現時点ではあまり大規模な戦力は投入すべきではないかと。我々はまず敵を知らなければなりません。それは少数の部隊でも実行可能です。それから、ですが」


「何だ?」


 アウグストが何かを告げようとするのにカタリナがそう促す。


「教会の最大戦力は私とイーストン卿ではありませんよ。最大戦力はガブリエルであり、彼女は今まさに学園にいるのです。心配はご無用」


……………………

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